第12話 魔王討伐編①

 開催の儀のあった数日後、その日は突如訪れる。

 解散したメンバーの6名は再度聖都へ集められ、その6名は急遽停戦を強制させられ、今は選ばれたメンバーの1人、魔王の異名を持つアストと呼ばれる男の討伐を神の使いより命じられる。


 何でも数日前に国一つが滅んだ。

 オーガニストと呼ばれる国はたった1日でアストと呼ばれる少年の力で滅んだ。

 誰より争いを拒んだ少年の暴走は国一つでおさまる事は無く、

 次の狙いを聖都へ移し、自分達の身の危険を感じた神の使える者たちは、

 一時、自分の身を守るため神奪戦争のメンバーを集結させ、魔王の暴走を喰い止める事を優先させた。

 いったい……何があったのか……

 



△△△



 熱い……熱い……

 ボーとする頭の中でアスは熱いという感情だけを理解していた。

 不意にバシャっとバケツの水をかけられようやく意識がはっきりとする。


 手足が動かない……

 鎖に繋がれていて、数名のオーガニストの兵士が鉄の棒を持っている。

 状況を思い出し、ため息を漏らす。


 何度目になるか……

 自分を神奪戦争に参加させ、その権利と優位関係を取ろうと、

 幾度もこうして拷問を受けた。

 だが……そんなモノは何の意味も無い。

 俺はこんな奴らのために力を使わない。


 ブレンが目を伏せ、じっと牢の外から耐えている。


 なぁ……おっさん……

 おっさんは俺の事を気にせず、この俺の力の使い道……

 使い方を考えてくれ……

 この拷問が終わればまたその話をしよう。

 おっさん、あんたとあんたの家族の小さな幸せのためなら、俺はこの力……

 惜しまず使ってやるからな。


 何度目かの鉄の棒を振り回された後、アストは意識を失った。




 再び目を覚ますと、牢の外からおっさんは心配そうに俺を見ていた。

 兵士達はすでに立ち去った後のようだ。


 「……アス、大丈夫か?」

 申し訳無さそうにおっさんが言う。


 「……心配すんなよ、おっさん、俺はおっさんと俺の夢のため……こんなことぐらいで意思を曲げたりしない……この力の使い方をあいつらの思い通りに使ったりなどしない」

 そう再度自分に言い聞かせるように言う。


 「そんな事よりさ、この前言っていた本……持って来てくれた?」

 アスはそうブレンに尋ねる。


 「あ、あぁ……しかしこんなモノ……」

 いったい、何に使おうとしているのか。

 死した者の魔力を抜き出す方法。

 そんな方法を記した本。


 「サンキュー、これさえあればもうすぐで完成する」

 その本を受け取って、今までの魔術回廊の学習したものをまとめたノートを取り出す。

 そして、数日が立つ。

 拷問に耐え、魔術回廊の勉強……そんな日々を繰り返し、

 そして……その日が訪れる。



 その日も1人、牢の中で懸命にノートに必要な情報を書き留めていたところ……

 階段から足音がした。

 おっさんが来たと思い、アスが嬉しそうにそちら向く。


 「おっさん……あと……少しで……」

 嬉しそうな顔が言葉を途中で閉ざし表情が曇る。


 おっさんは、何時もの兵隊とは少し違った上級と思われる兵士と共に立っていた。

 もう少しだったのに……

 もう少しで……

 それが、何を意味しているのかはアスも理解していた。


 全てを察したように、一冊のノートを手に取る。

 この国は、神奪戦争への参加を放棄した。

 そのために必要な事は俺という人間を処分する他に無い。

 何時かはこの日が来るとわかっていた。


 だから……来るべき日のためにこのノートをおっさんに託そうと思った……

 ちょっとだけ……間に合わなかった。

 けれど……きっと無駄にならない……だよなおっさん?

 この続き……きっとおっさんが完成させて、この俺の魔力であんたたち家族を少しでも幸せにしてやれたなら……俺はきっと、おっさんとの約束を果たせた事になるんだよな?


 牢に入ってきた兵士達に大人しく手枷をかけられる。

 

 「ちょっと待って……」

 俯き、アスの顔を見れないおっさんの横を通りかかった時に、

 抵抗せず大人しく連行されていたアスはそう一つだけお願いをする。


 「おっさん……今までありがとな」

 こんな状況で……この少年は何故こんなにもその運命を受け止めようとするのだろうか……なぜその力で抗おうともしないのだろうか。

 それが出来るのに……その事に少しだけ苛立つ。

 そんな少年に何もしてやれない自分にもの凄く腹が立つ。


 「これ……まだ未完成だけど、俺の魔力……きっとおっさんが使ってくれよな」

 「こうやって会話はできなくなるけど……それを叶えてくれたらきっと、俺はおっさんとその家族と一緒に居られる……そんな気がするんだ」

 そう、最後までアスは笑って別れを告げる。


 「……アス、俺は……」

 すでに階段の奥に姿を消した少年にブレンが話しかける。

 パラパラとそのノートをめくり、最後のページに……

 おっさん……家族の事だけは絶対守ってやってくれよなそう書かれていた。



 孤島、多くの木に覆われたその島の中央に立てられた牢獄。

 神奪戦争の儀いらいの外。

 今回は処刑台へと向かうためだけの外出であるが、

 この孤島からオーガニスト王城に行くためには、

 転移ゲートを通る必要があり、牢獄からしばらく東に向かったその転移ゲートを目指し歩いていた。


 こんな力を持ったせいで、物心を着く前には両親から引き離された。

 国はただ、この力を恐れながらも、どうにか自分らの所有する力に出来ないかを思考していたが、それらを全てアスは拒絶した。

 後悔はしていない……こんな俺の命でも尽きても残る魔力がきっとおっさんの役に立つ。

 あぁ…少しだけ後悔があるとすれば……

 おっさんの奥さんと娘さんに一度会って見たかったかな……


 そう考え歩いている内に……転移ゲートが見えてくる。

 整理された道の無い険しい草木を掻き分けながら歩いていく。

 死など怖くない……覚悟を決めた……

 誰かを殺めるためにこの力を使わないつもりだったのに……なのに。



 「アァーーーース!!」

 転移ゲートに向かうため草木の坂を下っていたところ……

 その頭上から自分の名を呼ぶ声がする。

 しかし、振り向くことが出来ない……

 なんで……なんで……

 足だけがそこでピタリと動かなくなった。


 「おいっさっさと歩けッ!」

 兵士がそうアスを殴りつけるが……


 「アス……お前と過ごしたこの時間……凄く凄く短い時間だった……それでもな、俺に取ってはお前と過ごしたこの時間はこの人生に置いて一番に充実した……家族との時間とも置き換えられる事ができない……そんな時間だった」

 ブレンがアスの背中に告げる。


 「……アス……本当に望むお前の答えを聞かせてくれ……」

 そんな事は決まっている。

 そうノートに書いただろ?


 「……家族を大切にしてくれ」

 こんな俺のために危険を犯す必要は無い。

 あんたは、しっかり自分の守るものを守るんだ。

 そのために……俺は……


 「……わかった、それがお前の答えだな」

 ブレンは覚悟を決める。

 本当に、短い時間……

 嫁、産まれたばかりの娘……守らなければならない。

 ここで危険に身を転じる訳にはいかない……

 懐から剣を抜く。


 「アーーーースッ!アスをッ俺の家族を放せッーーーーッ!!」

 坂を勢い良く下りてくる足音。

 なに……している?

 やめろ、やめろ……そんな事は望んでいない……

 反応できないアスを他所に、

 アスを取り囲んでいた兵士が数名同じように剣を抜くと、

 転移ゲートと逆に向き直り、坂から来る男を待ち構える。


 アスとの約束を果たさなければならない……

 それでも……嫁、娘……同様に……

 もうアスは彼にとっては家族の一員だった。


 周りに居るのは戦闘にそれなりに特化する兵士。

 ブレンはせいぜい護身用に身につけた剣術しかない……

 その結末などわかりきっている……

 だから……そんなことを望まなかったのに……


 周りの兵士達が突き出した剣が何かに突き刺さるような音がする……


 ヤメテクレ……ヤメテクレ……

 ようやく、振り向いたアスの元に数本の剣を突き刺されたブレンが歩いてくる。

 血だらけの大きな手をそっとアスの顔に置く。


 「……アス……約束……しただろ……?このノートの……実現はありえん、死した……お前から……魔力だけ抜き出すなど……もう一度……約束……してくれ……俺が望んだのは3人で幸せになる方法なんかでは……ない……4人一緒……にしあわ…に……」

 ……なろう。

 ズルリと頬に添えられていた手が重力に引っ張られ、

 その大きな身体ごと地に倒れた。


 「……うそ……だよな?」

 どうして……あんたにはもっと大切なモノがあったはずだろ……

 俺を見捨ててでも、守るべきものがあったはずだろ……

 どうして……あんたは俺の心をかき乱すんだ……

 望まないのに……こんなの……絶対……

 望まないのに……


 「あーーーーーーーーーーーーッ!!」

 アスは天を仰ぐように上を向く。


 「くだらん、なんのつもりだったんだ」

 兵士共が、平然とブレンに突き刺さった自分達の剣を抜き取ると、

 「さっさと戻るぞッ!」

 そうアスに投げ捨てる。


 そう言った兵士がぎょっとする。

 天を仰ぐように空を見ていたアスの目が何時の間にか自分に向いていた。

 全く光の宿していない瞳がギロっと睨みつけるように……


 「何をしてるっ早く歩けと言っている」

 その恐れを悟られないように強く兵士が言う。


 「……黙れッ」

 ぼそりとその全てを呪えるような目で睨みつけたままぼそりと呟く。


 「きさ………!?」

 罵倒を浴びせようと口を開いた兵士から言葉が発せられなくなる。


 「吹き飛べッ!」

 そうアスが命令するように言葉を発する。

 

 「!?」

 途端に言葉を発っすることの出来なくなった兵士は身体がひと1人くらいの高さまで宙に浮くと、そのまま何かに引っ張られるかのように、凄いスピードで疾走する。

 凄いスピードで木に叩きつけられ、背骨が砕けると同時にようやく身体は地に落ちた。


 「貴様ッ何をしたッ!!」

 別の兵士がアスに近づく。


 「跪けっ……」

 今度はその兵士を睨むとそう呟く。


 「うがっ!?」

 その兵士が不意に両足の膝が砕けたかのようにその場に崩れ落ちる。


 「そのまま……燃えろ」

 さらに、その兵士に告げると……

 その兵士はその場で勢い良く発火し灰となる。


 「貴様ら、全員砕け散れッ!!」

 残りの兵士達に告げるようにそう叫ぶと、

 次々と兵士達の身体が弾け飛んだ。

 一瞬だった。

 右手で手枷の一部を触れると、


 「外せ……」

 そう言葉にすると、

 手枷が触れた場所がパキッと裂け、アスの両手が解放される。

 自由になった両手でブレンを抱きかかえると、そっと一本の木に寄りかける。


 その場に立ち上がると……

 行く必要の無くなった処刑場へ続く転移ゲートへ自ら足を運ぶ。



 そのままゲートを潜り、王城へ向かう……

 堅く閉ざした鋼鉄の門。

 あらゆる上位魔法でさえ受け付けないとされているが……関係ない。


 「通せ……」

 右手を扉にあてそう呟く。

 まるで、その意思に従うように簡単に扉が開く。

 

 出迎える数多くの兵……雇われた傭兵……

 だが、それらも何一つ意味を成さない。

 彼の前に置いて、生半可な力など……彼の言葉には何一つ抵抗することが許されない。

 魔王の異名を持つその絶対的な魔力の前では……

 その国一つが滅ぶのは半日もかからなかった。



 城を滅ぼすだけのつもりだったが……

 街にまで被害が及んでいた……

 関係ない……とぼとぼと歩く。

 次は何を壊そうか……


 そうだ……聖都へ向かおう。

 全ての原因である……聖都へ。

 聖域と呼ばれる世界の心臓と呼ばれるあの場所を……壊せば……

 きっと皆救われるんだ……


 燃える家……

 泣き声が聞こえる……


 どうしてか、そこが気になった。

 家が崩れ、木屑に囲まれ燃え上がる中、赤ん坊を抱え……家の中で蹲る女性……


 「火よ消えろ」

 そう呟くと、激しい火があっという間に消えた。


 そっと、その女性に近づく。


 「……大丈夫ですか?」

 アスはその女性に声をかける。

 

 「…あっ…ありがとうございます」

 何が起きたかわからず……ただいつの間にか消えている火を見てそうお礼を言う。


 「……可愛い、女の子ですね」

 産まれたばかりの赤ん坊を見る。

 何故性別がわかったのか女性は不思議そうだったが……


 「キノ……この子の名前です」

 女性は……そう言って、

 「夫が……あいつの名前がアスだから、この子はキノだって聞かなくて……」

 女性は夫のこだわりがわからないと言うように……


 「ダァーダァー」

 赤ん坊は何だか嬉しそうにアスに向かい手を伸ばしている。

 アスはそんな赤ん坊におそるおそる手を伸ばす。

 アスの伸ばした手の平にキノは小さな手の平をあわせると、


 「あぅーーーー」

 とても満足そうにキノは笑った。



 「ぐっ……く……」

 何時の間にか流れ出した涙……


 「絶対……絶対守ってやる……キノ……兄ちゃんがお前のこと必ず守ってやるからッ……」

 何となく何時もつけていた首飾り、それをそっとキノの胸の辺りに置く。

 意味は無い……ただ、彼女と繋がる何かを残したかったのかもしれない。


 「あぅーーー」

 その首飾りを嬉しそうに見つめながら、お礼を言ってるかのようにアスを見て微笑んだ。


 この2人だけは命に代えて……守ってやる。

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