第10話 アンチ正義③
最果ての村…… マイトから全てを奪った英雄が誕生した日から数日が過ぎた。
全てを奪われたマイトはその空虚感から、その傷が癒えても、
剣の稽古をする事も、ハンター試験を取るための努力も放棄し、ただ部屋で眠るだけの日々が続いた。
僕が、努力をして得るものは全てアイツが手に入れてしまったんだ。
僕が今更、血の滲む努力をしてさえ得られるかわからない者を手にした者が居る。
そして、もう誰も僕に期待などしていない。
その男が誕生した英雄がその希望を背負っているから。
何日……ただ眠っていたのだろうか。
傷はとっくに癒えているのに……僕はあの日の負傷を理由に一度も外に出ていない。
何日もカーテンを閉めっぱなしで、今が何時なのかもわからない。
眠りすぎてボォーとしている頭を起こす。
疲れていない健全な身体はいくらこれ以上眠ろうとしても、それを許してはくれない。
そして何もしていなくても空腹は訪れる。
眠り続けたまま……何日、食料も水も口にしていなかっただろう。
そう思い、コップに水を注ぐとそれを一気に飲み干した。
腹の音が空腹を知らせ、食料を入れてあるボックスに手をかける。
食料は底を尽きている。
当然だ……ここ数日……何もせず……ただ、食欲と睡眠欲だけを満たしてきた。
どうしもうない、この命を繋ぐだめに。
家の出口へ目をやる。
暫く触れることの無かったドア。
まだ、回転していない頭……その頭で考える。
頼るべき相手など最初から1人しか居なかった。
ドアを開け……数日ぶりに外に出る。
日は暮れかかっていた。
足は自然と村に唯一ある酒場に向かう。
ギィと酒場のドアを開く。
「お、おぉ……マイトか?、き、傷はよくなったのか?」
何やら気まずそうにマスターが声をかける。
「……、はい、それよりリィラは……?」
擦れる様な声でマイトは尋ねる。
「……今は休憩中で二階の部屋で休んでるところだが」
そうマスターは返すが、
それだけを聞いて、マイトは2階にあがるため階段を登って行く。
「あっ……ちょっマイト……今は……」
何やら歯切れ悪そうに言うマスターに今のマイトはそれを理解するだけの余裕など無い。
リィラの部屋に立ち、ドアを開けようとするが……鍵がかかっている。
無作法にノックもせず開ける自分の行動も、前の自分なら理解にかけるが、
この時間帯に部屋に鍵をかけているリィラも前の彼女からなら考えられなかった。
だが、それの意味することすら今のマイトには理解が及ばない。
少しドアの前で呆然としていると、ガチャリと鍵の開く音がして、
ドアが開く。
出てきたのは……リィラではない。
金髪の男……
上半身が何故か裸で……
何やら息が上がっている。
……理解できない。
……わからない。
……横目で通り過ぎる金髪の男。
そして、頭の中は自己防衛により次の言葉に変換される。
理解しなくていい。
わからなくていい。
今のお前には思考は決して追いつかない。
追いつかせてはいけない。
真っ暗な廊下。
ドアの隙間から毀れる部屋の明かりを避けるように、
マイトは後ろに後退した。
そして、何事も無かったように……酒場の出口を目指した。
「マイトっ!!」
酒場のマスターから話を聞いたケイトが駆けつけ、
出口に向かうマイトを呼び止めようとしたが、
その声など届かない。
正直家から出てから家に戻るまでの記憶なんてほとんど無い。
家に帰り、部屋の真ん中で……
明かりもつけず、ただ……天を仰ぎ立ちつくす。
何時間そうしていたかわからない。
ただ……何時間もそうしていた。
コンコンッと叩かれる家のドア。
反応しない。
無視をした訳ではない。
反応の仕方がわからない。忘れてしまった。
ガチャリと鍵の閉めていないドアが開かれる。
「居た……久しぶりだね……」
長く綺麗な髪が夜風に揺れた。
それは、誰なのか?どうしてそこに居るのか?
あぁ……理解が出来ない。
虚ろな目をその女性に向けることしかできない。
「ヘインも、ケイトもね……心配してたよ……」
目の前の女性はそう言った。
「……私も……もうそんな資格……無いのかもしれないけど……」
うっすらと涙を流しそう告げる。
理解ができない。
「……お腹空いていたんだよね……」
そう言って、見慣れていたはずの籠を突き出す。
本能的にそれを奪い取るように受け取ると、
中に入っていたサンドウィッチを一気に頬張り、飲み込むようにそれらを食していく。
あっという間に半分以上を食すと、ゲホゲホとむせ、コップの水を一気に飲み干す。
「うぅ……おぇっ……」
吐き気がし、洗面台にフラフラと向かう。
「うっ……おぇーーーーーっ」
何日ぶりの食事だっただろうか……
食したものを全て吐き出す。
リィラが優しく背中をさすってくれている。
吐き続け、吐くものが無くなるとようやく落ち着いた。
そこで、ようやく思考が周りだす。
全てを思い返す。
全てを理解していく。
だけど、さらに思考は答えに辿り着かない。
僕はどうすればいいのだろう……
そこで、ようやく再び眠気が訪れる。
僕は彼女に支えられながら情けなく寝床に向かうと、
再び眠りに落ちた。
彼女は残ったサンドウィッチを空いている皿に移すとラップにかけ、
テーブルの上にそっと置いた。
空になった籠を手に持ち、家の出口へと向かう。
「またね……」
そう寂しく笑い彼女は立ち去った。
そして、再び数日が立った。
この数日の間、再び彼女が訪れることは無かったが、
ドアの前にそっと籠が置かれていて、サンドウィッチやおにぎりが詰められていた。
それらを食しては、またドアの外へそっと返した。
そんな日が数日続いていたが……
ある日、何時ものようにドアを開けるが……
いくら探せど、籠は見当たらない。
困っていたが……
考えてみれば当然だ。
彼女にこんな僕を養う理由も必要も全く無い。
ドアを閉めようとしたその時、
「マイトーーーーッ!!」
閉めかかったドアをヘインが必死に止める。
死んだ目のマイトへヘインは告げる
「リィナがいなくなっちまったんだッ!!皆探してるけど、村にも周辺にもどこにも居ないッ!!」
後、頼れるのはお前だけだとヘインはそう目で告げている。
昨夜から探しているがだれも彼女を見つけられていない。
そう……あいつにもだ。
僕……僕なら……彼女を……
キマイラを倒した時の報酬で手にした剣と弓矢を持つと僕は彼女の元へと向かう。
自然と足はそこへ向かっていた。
当時、僕が彼女の両親の仇を討つために剣の稽古をしていた、この砂漠に唯一ある自然のある場所。
丁度、リィラはそこに済む魔物に追いかけられていた。
階級的には最弱に値するモンスターだったが、戦闘能力の無い彼女には逃げる他に方法は無い……
でも、今の彼女は村に助けを求める訳にもいかなかった。
追い詰められそうになるリィラ。
途端に、ズバッと矢がモンスターを捕らえ、その場に崩れ落ちた。
その矢に少しだけ嫌悪感を感じたが……
「よかった……無事……だったんだね」
その声の主に驚く。
「……マイト?」
金髪ではない……灰色の髪……
「……皆、心配してるよ」
早く帰った方がいい。
僕と一緒に居るところを見られないほうがいい。
と、マイトはその場を立ち去ろうとする。
「やっぱりマイトは強いね」
背を向けたマイトにそうリィラは言う。
ただ、今の彼にそれは酷く残酷な言葉だ。
これまでの努力を全て無駄にされた男に。
これまでの成果を全て無駄にされた男に。
その言葉はきっと届かない……
そう彼女も理解している。
ただ……今を逃せばもう二度と訪れない事も理解している。
だから……彼にとってそれが酷い言葉であったとしても、
その告白が残酷であったとしても……
悔いを残さないよう……彼女は言うのだ。
「私はね……私に……こんな事を言える立場は無い……マイトにこんな事言えない……それくらいに私は……貴方を裏切り……汚れている……の」
そう彼女は告げる。
聞きたくない。聞きたくなんかない。
「……あのね、マイト……」
想いを全て吐き出す。
「私は……少し頼りない、それでも強くなろうとする…マイトが……」
リィラは語る。
「自分のためではない……いつも誰かを想い強くなろうとする……マイトが……」
リィラは語る。
「自分の限界に立ちながらも……男が泣くのは全てを諦めた時と……諦めず立ち向かう……マイトが……」
リィラが……
「そうやって、強くなっていくマイトが……」
「強くなっても優しいままで居るマイトが……」
リィラは……
「私がね……」
涙が流れ出す……上手く口が回らなくなる。
「私が……両親を失って……この村に来たとき……」
マイトに抱く想い、感謝の気持ち。
「……私の両親の仇のために強くなるって約束してくれたマイトが……」
今まで言えなかった言葉。
今逃せば一生言えないと思ったから……
「私は…そんな、マイトが……大好き」
立ち去ろうとしたマイトの足が止まる。
今……僕はここから逃げ出せば、もう……後が無い。
僕が強くなろうと思ったきっかけ。
そう……思い出した。
リィラがこの村に引き取られた日。
泣き続ける彼女に僕は約束したんだ。
あの日、幼き僕がリィラに言った言葉。
思い出すように口にする。
君の両親の仇は僕が取ってやる。
僕が強くなって必ず仇をとってやる。
そして……
「これからずっと、君とことを僕が守ってやるッ!」
過去の自分とリンクするように、その言葉を力強く放つ。
そして、リィラの手を取ると走り出す。
ここを抜け出すには村に一度戻らなければならない。
そして、村の皆に見つからないうちに、二人で抜け出そう。
僕が彼女を守る。
二人だけで生きて行く。
村に戻ると、出口までのルートを目で辿る。
リィラを探し人々が巡回している中……抜け出すのは難しそうだった。
「マイトっ」
小声で誰かがマイトを呼んだ。
見つかったと思いビクリとするが……
「……静かに、こっち!」
ケイトが村人の誰よりも早くマイトとリィラを発見すると、誘導する。
少し離れた場所にはヘインも居て、ケイトと何やら目配せをしている。
そして、ヘインはケイトの合図で、三人から遠く離れていく。
「私が合図したら、村の外まで全力で逃げてッ」
ケイトはそう言って、
「……どうか、幸せにね」
きっと、もう出会うことはなくなるだろう二人にそう別れの挨拶をする。
「マイトとリィラが居たぞーーーーッ!!」
ヘインが大声で村人達に呼びかける。
「この森の奥だっ早くこっちに来てくれっ!!」
ヘインは今マイト達が降りてきた森の奥へ村人の半分以上を誘導する。
「今ッ!!走ってっ」
チャンスは一度きり……
そのたった一度のチャンスをマイトが本当に心を許す友人二人が与えてくれた。
きちんとお礼もできず少し躊躇ったが……
この与えられたチャンスを無駄にする訳にもいかない。
マイトはリィラの手を取ると、一気に村の門に向かい駆け出した。
村を一望できる崖の上。
「フンっ」
金髪の男が鼻で村の様子を見ながら鼻で笑う。
「いかがなさいましたか?」
村長の目には何も確認できなかったが、
全てを見ていた英雄は笑いながらだが少し苛立つように言う。
「少し泳がせてやる……そして存分に弁えよ、己の不甲斐なさを」
門の外を眺める英雄。
「いったい……何を」
……不思議そうに村長は英雄に尋ねる。
「少し、村を出る……」
そう言って、門の外へと歩いていく。
「何処へ?」
村長が訪ねる。
「貴様らが、まんまと逃した二人の後を追う」
……そんな筈はという顔をする村長を他所に
「あと、あの二人を捕らえろッ」
そう言って、天に向かい光の矢を2本放った。
「この俺に楯突いたことを悔い改めさせろ、もしそれを聞き入れない場合……処分しておけ、方法は任せる」
英雄がそう村長に告げる。
「いったい何を?」
村長がそんな言葉ばかりを繰り返す。
「この俺に逆らう不届き者だ……」
そして、光の矢が村の中に落ちていく。
「なっなんだっ!?」
「なに??」
ヘインとケイトの前に光の矢が落ちる。
それが、何を意味しているかは、理解できなかった。
△△△
2人の逃走劇。
2人はその壮大の砂漠を渡り歩き、別の街を目指した。
今、何処を歩いているのか、どれだけ歩けば、
知らない街へと辿り着くのか、2人には検討もつかない。
それでも、マイトとリィラに取っては、
一度失ってしまった2人の大事な時間を取り戻せたのだ。
サバイバルのような日々。
獣を狩っては、火をおこせるような場所を探し、
その肉を食らい、昼間とは逆に冷え込む夜は、
その狩った獣の皮で作った毛布に2人仲良く包まって眠った。
そんな酷く、幸せとは言えない日が何日か続いたが、
マイトもリィラも何一つ文句を言わず、
今こうしていることを、後悔など何一つしていなかった。
……だが、運命はそんな不自由な日々さえも2人で過ごす事は許さない。
2人で知らぬ街を求め歩き続ける事、5日目。
その日も日差しは強く、昼間の砂漠は猛暑であった。
不意に頭上に大きな影が現れ、
強い日差しが遮られた。
不意に天候が崩れたのかとも思ったが……
バサッバサッと大きい翼の羽ばたく音。
空を見上げるリィラが凍りつく。
巨大なドラゴン。
漆黒の巨大な竜。
リィラの悪夢が蘇る。
思えば、幼きリィラが両親と襲われたのもこの辺りだった。
それを考えれば、この竜こそが、リィラの復讐と言える相手。
マイトがリィラのために腕を磨いてきた対象となる相手とも言える。
イメージしろ、これまで何度もこの日のために、
イメージを固めてきた、どうやってこの竜に立ち向かうのか……
そうして、剣の腕を磨いてきたんだ。
竜の大きさに手にした剣が到底相手に届く訳がない。
弓矢を構える。
竜の頭上を目掛け矢を放つ。
が、羽ばたいた竜の翼に呆気なく弾かれてしまう。
竜が威嚇するようにその場で激しく羽ばたくと、
巻き起こる強風に、マイトとリィラが激しく吹き飛ばされる。
そして、竜は翼を使わず2本足を使いズンッズンッと地響きを起こしながら、
2人に近寄ってくる。
どうする……
考えろ、イメージを思い出せ。
イメージする……強い脚力で、
竜の頭上に届くくらいの飛躍でそこから矢を構え、
その竜の頭を矢で射抜く。
遥か巨大な竜……このまえのキマイラとは訳が違う。
とても、自分にできる技ではない。
どうする……
その間にも、竜はまた一歩、また一歩と近寄ってくる。
「……どうやら、そこが貴様の限界のようだな」
全く気がつかなかった。
気がつけば、そこに男が立っていた。
いや、最初からずっと……2人をつけていたのだろう。
いつでも、2人を捕らえることなどできたのであろう。
金髪の男は威嚇する竜の羽ばたく強風を諸共せず、実に不快そうにそのドラゴンを見つめている。
「弁えろ、そうやって地に伏せ、己の弱さを実感しろ」
英雄はそうマイトに吐き捨てると、
地を蹴り上げ、高く飛躍する。
その高さはあっという間に竜の頭上に到達する。
あぁ……そうだ、こいつの存在は……
弓を構える英雄に竜は息を吸い込み口から炎を吐き出そうとするが、
それよりも早く、放たれた光の矢が竜の頭を貫く。
それは先ほどのイメージをそのままなぞる。
スタッとそのまま着地する英雄。
そして、苦しみ羽ばたく竜から巻き起こる爆風を諸共せず、
そのまま弓を構えると、
がら空きの胸部に向かい……強大な光の矢を放った。
矢は竜の胸部に大きな風穴を空け、空の彼方へ消えていく。
ドスンと竜は呆気なくその場に倒れ、動かなくなる。
唖然とするマイトとリィラに……英雄は向き直る。
「少しは己を弁えたか?」
今だ頭の整理が追いつかないマイトにそう言い捨てた。
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