第9話 アンチ正義②
小さな村……最果ての村と呼ばれるその場所。
カンカンッと村に緊急事態を知らせる鐘が鳴り響いている。
燃えがある村。
化け物の襲撃……
巨大なキマイラと呼ばれる化け物。
一瞬で村は崩壊状態に落ちた。
化け物の前に立ったヘインも武器を構えるが、すぐに腰を抜かしその場に崩れ落ちる。
無理も無い、初めての実践がB級クラスに相当する化け物。
それなりのエリートの傭兵ですら、1人で相手するには危険とされるクラスだ。
現に先輩に当たる保安所の年配者は深い傷を負って、壁にもたれる用に倒れている。
「く…くるなっ!」
尻餅をつきながらもヘインは懸命に剣を振るって、化け物を追い払おうとする。
「ヘインッ!!」
村で唯一、保安所で働いている女性。
ケイトが、ヘインにすぐにその場を離れろと言わんばかりに叫ぶ。
「ケ…ケイト……逃げるんだっ……ここは僕がっ」
情けない格好のまま、それでもケイトを逃がそうとヘインがそう返す。
「はぁーーーーーッ!!」
そんな二人の後ろから駆けつけた少年は二人の前に立つと高く飛び上がり、キマイラの頭に手にした剣を突立てる。
「マイトッ!!」
ケイトがその少年の登場に嬉しそうに声をあげた。
「離れてっ、ここは僕が引き受ける、2人は負傷した人たちを安全な所までっ」
痛みに苦しむキマイラがマイトを振り下ろそうと頭を激しく揺すり、
口から炎を吐き出す。
突き刺した剣を強く握り振り落とされない様に耐える。
隙を見て、突き刺していた剣を引き抜くと、再度その剣をキマイラの目に突き刺した。
さらに激しく暴れるキマイラであったが、さらにその剣を逆の目に突き刺した。
キマイラが激しい雄叫びをあげ、その場に激しく崩れ落ちる。
「今だッ!!」
その様子を見ていた、村の者たちが大きな網を手にして、崩れ落ちたキマイラを捕獲する。
その後、他所から駆けつけた傭兵団に捕獲されたキマイラは引き取られ、村に平和が戻るが、その傷跡は大きなものだった。
化け物が居なくなった村を眺め、復旧にあたる人たちを横目に、自分にはその手伝いができそうになく、少し後ろめたさを感じる。
「お疲れ様、英雄、マイトさま!!」
茶化すように、リィラがマイトに敬礼する。
「ご苦労様、大活躍だったみたいだね」
自分ごとのように少し嬉しそうにリィラが言った。
「いや……まだまだ力不足だ……」
村の被害……
それに、結局化け物を完全に仕留めた訳ではない。
「でも、マイトってこんなに強かったんだね……」
意地悪そうに笑うリィラ。
「出会った頃は少しばかり頼りなかったけど、いつも頑張って訓練してもんね、努力ってやっぱり大事なんだね」
そう努力だけを重ねた。
産れ持った天賦の才能なんて無い。
それでも、理想の英雄をイメージした。
そんな理想に近づけるように努力をしてきた。
「っと、そうだった」
お馴染みの籠を差し出す。
詰められたサンドウィッチを近くのベンチに二人で座りそれを食べる。
「そういえば、酒場の方は大丈夫?」
心配しそうマイトは尋ねる。
「うーん、ここ暫くは開店は難しいかも……」
少し考え込むような仕草でリィラは言う。
「まぁ、お陰でこうしてマイトと居られる時間は増えるけど」
意地悪そうに笑ういそう言う。
「おーーーーいっ、マイトぉーーー!」
ケイトは自分の位置を知らせるように上げた右手を左右に大きく振りながらマイトの元へとやってくる。
「やっぱ、マイトは凄いなぁ、私、すっごい感動したよ」
「今度さ、私の稽古にも付き合ってよねっ」
なんだか嬉しそうに話すケイト。
と、マイトの様子を見たケイトは途端にバツ悪そうな表情をする。
「……っと、あ……リィラと一緒だったのか」
隣でマイトと同じサンドウィッチをパクリとかぶりついたリィラを横目にそう言った。
「お一つどうですか?」
リィラはまるで先ほどまでとは別人のように、籠をケイトへ向ける。
「あ……ありがと」
そう言って、一つそれを受け取ると……
「あの……もしかして私、邪魔だった?」
少し居心地が悪そうにケイトが言った。
△△△
「オォォォォーーーーー」
黒き包帯を頭に巻いた化け物が叫ぶ。
何かの記憶を思い返すように……
捨ててしまった記憶を思い出すようにーーー
否定する。
正義を全部否定する。
己が望んだ正義を否定する。
己が望んだ力を否定する。
全て捨てる。
全て捨てて、手にしたこの力。
それを持ってしても……
今もまだ……己の理想を越えることは敵わない。
僕は越えなければならないのに……
せめて、僕が終わらせないとならないのに……
悪魔に魂を売ったこの身体でさえ、
それに並ぶことは許されない。
「マーーーーィーーートォーーーーッ!!」
雄叫びをあげる。
否定しろ……否定しろ。
理想も正義も全部……
それらを消し去る事ができるなら、僕は全てを捨てよう。
それが、僕が出来る償いだ。
△△△
「マーーーイト♪何してるの?」
まさか、ここで声をかけられると思わなかったマイトは、驚いたように後ろに振り返る。
「リィーーーラ?どうしてここに?」
村から少し外れた場所、1人で来るには少し危険な場所だ。
「だって、マイトって最近こそこそ私に内緒で何かやってるじゃない?」
リィラが頬を膨らませむくれた顔でマイトに言う。
「なにそれ?」
その表情はすぐに崩し、マイトが手にする水晶に興味が変わる。
「ここを開ける扉の鍵になるんじゃないかと思ったんだけど」
そう言って、閉ざされた扉の前にある台座にその水晶を乗せてみる。
が、ドアが自動に開く事は無かった。
「……なんか合言葉があるとか?」
リィラが扉の前に立つ。
「アラビアンナイトの盗賊団風に合言葉を唱えてみようか?」
何やら本気に大ボケをかましそうなリィラを他所に、
隣に立った、マイトは扉を押してみると、
ヘインと来たときには全く動かなかった扉は簡単に開いた。
台座に置いた瞬間、意味深に輝きだした水晶。
恐らく、この水晶がスイッチになっていたのは間違い無さそうだ。
「わーーーすごい、どうなってるんだろ?」
中をそっと覗くリィラ。
「おじゃましまーす」
小声でそう言いながら、少しだけ開いた扉の隙間をリィラが滑り込んでいく。
「ちょっリィラ!」
取り合えず、扉を開ける手段を探っていたマイトは、
中に入るのはヘインに知らせてからと思っていた。
「入らないの?」
中からひょっこり顔を出すリィラは不思議そうにマイトに尋ねる。
「リィラは危険だから村に帰るんだ」
そう言うマイトの言葉に、
「そうやって、また私だけ抜け者にするんだ」
再びぷくぅと頬を膨らませるリィラ
「平気ですーーー、危なくなったら正義の味方のマイトが助けてくれるもん」
そう言って、くるりと180度身体を回転させて中へと進んでいく。
「リィラ、わかったから待ってッ!」
慌てて、マイトがその後を追う。
マイトは手にした松明に火をつけ先に進む。
「あー、あーーー」
洞窟の奥に進み、出した声が響くのが面白いのか不思議なのか、
自分の声の反応を試すリィラ。
「ねぇ、マイト……この奥に何かあるの?」
リィラがそうマイトに尋ねる。
「……本当かわからないけど、理想の力を具現化させるだけの秘宝があるって」
ヘインから聞いた話しをそのまま伝える。
「そういえば、酒場のマスターも同じこと言っていたかも……でも……同時に使用者に災いを起こすって言っていた気がする」
少しだけ怖そうにリィラが言う。
「ねぇ……その秘宝って、マイトみたいに努力をせず、その秘宝に願うだけでその力が手に入っちゃうってこと?」
リィラがさらに不安そうに言う。
「……わからないけど、話が本当であるならそういうことだと思うよ」
マイトがそう答える。
「……ねぇ、もしその秘宝が本当にあったら、マイトはどうするの?」
リィラがそう尋ねる。
「……いいや、少しだけ興味があったからそんな秘宝があるなら一目見ようと思っただけ、そんな大それた物を僕なんかが使うのはさすがに……」
苦笑いでマイトが言う。
そっかとリィラは少し安心したように笑った。
そんな会話をしていると、洞窟の奥へと辿り付いた。
いままでの道のりとは全く別世界のような神秘的な場所。
どこからか引かれた水路、ピラミッド型の建物を半分に切ってその正面に天辺へつんがる階段が繋がっていて……
太陽の明かりも、周辺を照らす灯りも無いのに……
その場は松明の明かりが必要ないくらいの明るさだった。
「綺麗……」
素直にリィラがそう漏らす。
吸い込まれるようにリィラはその奥へと進もうとするが、
「帰ろう……」
マイトはそうリィラを止める。
多分、これ以上は踏み入れるべきじゃない……そうマイトは思った。
「うん、そうだね」
リィラもその言葉に従うが……
すでにもう……手遅れだった。
激しい地響きが起こる。
天井から、瓦礫が落ちてくる。
咄嗟にリィラを庇い、地響きが収まるのを待つ。
再度、目の前を見て青ざめる。
「出口まで走って逃げろッ!!」
マイトはリィラそう叫ぶ!!
「えっ!?」
困惑するリィラを突き飛ばすように
見たことのない化け物……
キマイラの亜種かと思うような似た容姿ではあるが、
真黒で明らかに、この世界の化け物を超越した存在だと、
即座に認識した。
戸惑うリィラの手を引くと、急いで外へと走る。
強引に引っ張ったリィラはマイトの速度に追いつけるわけも無く、
途中の瓦礫に躓き転倒する。
「リィラッ!」
慌ててリィラを起こすが、
黒い影が素早く二人の前を通り過ぎる。
通路を塞ぐようにその化け物が立ちふさがっている。
「くっ!」
マイトは覚悟を決めたようにその化け物に剣を構え飛び掛る。
化け物はその場から動くことすらせず、長い尻尾を振り回すと、
手にしたマイトの剣が真っ二つに割れ、
今までに受けた事のないような衝撃で遥か後方へ吹き飛ばされた。
立ち上がらないと……
リィラが……
早く……
まだ、化け物の目の前に居るリィラを……
頭ではそう思っているのに……
全く身体がいう事をきかない。
まるで、全身の骨が砕けたように全く身体が動かない。
霞む目を開く。
神秘的な場所、祭壇のような階段の天辺を見渡す。
赤く輝く石……
今の僕に迷っている暇など無かったんだ。
それ以外に方法なんてなかったんだ。
這うように、その石の場所に向かう。
かろうじて動いた右手を伸ばす。
それが正しかったのか……
彼女を助けるために最善の選択だったのか……
その最悪は必然であったのか……
今となってはわからない。
わからないけど……僕は願うしかなかった。
手にした秘石へ。
僕は願った。
僕の描く英雄。
僕が目指した理想の力。
僕は願う。
あんな化け物さえ簡単に倒せるだけの力を。
秘石は眩しく輝くと姿を消した。
そして、今にもリィラに襲い掛かろうとした化け物の左前の足を光の矢が吹き飛ばす。
僕が理想としていたその理想の方法で光の矢は化け物を貫いた。
化け物は標的をこちらに移すと失った足を気にせずもの凄いスピードで駆け寄る。
だが、理想とする僕の力はそれを恐れることは無い。
すっと構えた弓……そこに光の矢が精製され、一直線に飛ぶ矢は化け物の頭を吹き飛ばした。
そう、それが僕が理想とした力だ。
そう、僕が理想とした力が具現化され、化け物を吹き飛ばした。
そう、その理想の力を、今も僕は地べたに這いつくばりながらそれを眺めていた。
そう、その秘石は使用者にその理想の力を宿すわけでは無く、
僕の理想の力を持った者が、別な身体にその力を宿しそこへ誕生した。
そうなりたいと願った、理想の自分が別の身体でそこに立っていた。
その理想の自分は自分に代わり英雄になった。
それは、予想以上に残酷な話だったんだ。
僕の全てを失った日……
空虚感だけが僕を支配する。
その存在は僕の全てで完成体で在り、
僕の努力を……全て無駄にする。
僕の存在は……必要を無くす。
そう、僕は何もしなくてもそいつが全部持っている。
その日……僕の全ては終わりを告げた。
リィラが呼んで着てくれた村の人たちの手で僕は救われ、
何とか一命は取り留めた。
家のベッドで眠る……外は賑やかだった。
英雄の誕生。
タイミング良く、数日後に開催される神奪戦争への参加も認められ、
そのマスターの権限を英雄はリィラに渡した。
英雄……僕の理想の力を持ち。
英雄は僕が欲しいものを欲した。
「英雄様……貴方様の事はなんとお呼びすれば」
村長は完全に英雄に媚びるように接している。
「マイト……そう名乗ろう」
英雄は少しだけ考えそう告げる。
少しだけ困惑する村長に。
「よかろう……奴にはこの名すらもはや不要だろ?だったらこれも俺が貰ってやる」
英雄は何やら1人で納得し自分をマイトと名乗る。
「おい……それより女は何処だ?」
少しドスの効いた声で英雄マイトは言う。
「リィラ、リィラはどこじゃ!早くマイト様の隣へ座らんかッ!!」
村長の叫ぶ声。
そう……僕の大事なものを全てアイツが奪っていく。
△△△
「オォォォーーーーーン」
黒い包帯を頭に巻いた化け物は雄叫びをあげる。
目の前の二つの墓がある。
あの日、あの時はまだ……こんな最悪を想像なんてしていなかった。
あの悪夢にまだ先があるとは思いもしなかった……
不器用に添えられる花……
強い風が吹く、強い砂嵐が視界を奪う。
晴れた景色に再度、墓に目を送る。
雑に置かれた花は砂嵐と共に風に飛ばされ、
化け物は慌ててその花を探すが……それは叶わない。
「オォォォーーーン」
悲しく一声鳴く。
怨め…怨め……
己が理想を……
己の正義を……
もう……失ったものは返ってこない。
もう……捨てたものは戻らない。
それでもいい。
あの男だけは……アイツだけは。
「マーーーーーィーーーートォーーーーー」
最果ての砂漠の地で、化け物の悲痛の叫びが響き渡る。
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