第8話 アンチ正義①

 4人による討論を終え、イシュトは聖都の聖堂を後にするため出口へ向かった。


 「少し待て、魔女の使いよ」

 出入り口のすぐ右の壁に背をつけるように金髪の男、マイトは立っていた。


 「……今度はなんだ?」

 次から次とやたらと絡まれる。



 「少しだけ、愉快な話をしていたな……魔女の使いよ」

 どこか、上からな発言に少し不快に思う。


 「何が言いたい?俺は自分の意見も……いま話した3名の意見も……否定する気は無い、それを勝手に盗み聞いて笑うという奴が居るというなら、俺は許しはしない」

 そうマイトを睨みつけ言った。



 「弁えろ、俺が言うことは、この俺を差し置き、自分が正義の味方などとほざいている愚かな者にその発言を自重させようと思っただけのこと」

 口元を緩ませ、マイトがそう言う。


 「自分が本物の正義の味方だとでも……?」

 そうイシュトが投げ捨てる。



 「無論だ……小僧、この世界に置いて、正義とは何か、正義の証明とは何か……考えたことはあるか」

 マイトは得意げな顔でそう語る。

 「力……力こそが全て……貴様は聞いたことがあるか?正義と名乗る男の言葉のみで心を入れ替える悪を……己より遥かに劣る正義に屈する悪を聞いたことがあるか?結局は力でねじ伏せる……完膚なきまでに逆らう意思を叩き壊す、それこそが本来の正義のあるべき姿」

 その理論が成立する世界であることで自分が本当の正義の味方だと、マイトはそうイシュトへ告げる。


 「……かもな」

 意外とあっさりと認めたような発言をする。


 「あんた、みたいのを結局認めさせるためには、力が必要だ……少なくとも対抗するためぐらいの力は……そのための努力はしている、だが……そんな正義など認められる訳がない、認められるはずがないっ……叩き潰す、俺の信念で、この俺の正義であんたを否定してやる」

 マイトが表情を曇らせ、イシュトを睨みつける。


 「弁えろ、小僧……この俺と対等に口が聞ける立場と思っているのか?」

 この場で貴様を仕留めてやろうか?という威圧でマイトが言う。

 「誰もが理想とするこの俺様の力……それこそが正義、貴様ら底辺の人間が目指す正義……その完成体となるこの俺こそが正義そのものだ」

 マイトがそうイシュトに告げる。


 「……くだらない、あんたみたいな自分の力に溺れた人間、己を過信した人間に、真の正義など語れない、語らせないっ!」

 そうイシュトは返す。


 「くだらぬ……」

 マイトはイシュトの言葉を繰り返すようにそう言い、



 「「俺が正義の味方だっ!!」」

 二人の言葉が重なると同時に……天から隕石が落下したかのようにもの凄い衝撃が落ちる。



 「コロ…ス……コロス……」

 「マイ……ト……セイギ……コロス」

 憎むべき者……憎むべき相手……

 朦朧としている……

 繰り返される言葉……それが今の己を操る言葉。

 殺せ……正義を許すな、正義は全員殺せ。

 何時の間にかそう変換された言葉は、

 目の前のマイトに留まらず、その標的を隣のイシュトにも移る。


 「こんな場所まで追ってきたか……」

 いつの間にか化け物と距離を取っているマイト。


 「なん……なんだ?」

 不思議そうに化け物を見るイシュト。


 あの顔に巻かれる……顔の黒い包帯……

 たまたまの偶然なのだろうか……

 あの黒きオーラを右腕に纏った女……

 ヒリカと名乗った女……


 「セイギ……ミカ…タ……コロ…スッ」

 そう言って化け物はイシュトを見ると人の姿形からそこだけが逸脱している腕、

 獲物を狩るために伸びたような爪と大きな手を振りかざす。


 器用にその一撃を避ける。

 混乱する頭を落ち着ける。

 いったい自分が今何に襲われているのか……


 「右腕が回復している……そこまで再生させるというのか……」

 マイトは前に落とした腕がすでに再生されている事に少しだけ驚く。


 「文字通り、あの頭ごとふっ飛ばさないといけないって訳か」

 マイトは構えると、弓を化け物の頭に標準を合わせる。


 「マァーーーィーーーートォーーーーッ!!」

 それに気がついた化け物は、今度はマイトに向かい走り出す。

 

 「化け物が……軽々しく俺の名を口にするなッ!」

 マイトの放つ魔力の矢。

 化け物は、その一撃を回避するように高く飛び上がる。


 宙に上がった化け物に一撃を与え、瞬時に化け物の攻撃範囲から姿を消す。

 そのマイトの一打を受け苦痛に悶えながらも、即座に標的を探す。

 今度は目に入ったイシュトへ標的を移す。


 すでに次の一撃の標準を合わせていたマイトだったが……

 「なるほど、よくわからないが、目先の獲物を優先する愚かな化け物のようだな」

 イシュトに上手く標的を擦り付けた事がわかると、

 弓を下ろし、そのまま後方へ飛び上がり、その場から姿を消す。



 「あの……エセ正義……このアンチ正義を人に押し付けやがって……」

 エセ正義はマイトにつけたイシュトの仮名で

 アンチ正義は目の前の正義を憎む化け物にイシュトがつけた名称。


 「セイギーーーーコロ…スッ」

 突進してくるアンチ正義。

 その一撃、一撃を回避し、時に短剣で受け止めながらやり過ごす。


 隙を見て反撃の一撃を入れるが、

 たいしたダメージにはならず、その傷はあっという間に傷が回復している。


 「どうしたものか……」

 少しだけ困る。

 その瞬間、イシュトの頭上に黒い火の玉が通り過ぎると、アンチ正義を捕らえる。


 「戻りが遅いと思えば、こんな場所で何を遊んでいたのかしら」

 後方で右手を構え、アリスが立っている。


 「……素直に助かった、いきなりこのアンチ正義に襲われて、正直困っていた」

 そう素直にアリスに礼を言う。


 「存分に感謝なさい……それで何なの、その馬鹿みたいなセンスの名前?この目の前に居る化け物の名前なのかしら?」

 アリスが俺の命名した名に困惑したように尋ねる。


 「正義を殺すみたいな事を抜かしながら急に襲われた、だからそう名付けた」

 率直にそう告げる。


 「馬鹿なの……これを機にあなたのその生き様を改めるべきってことじゃないかしら」

 襲われる要因が俺にあるとアリスは迷惑そうに言った。


 何度目かになる化け物の攻撃を回避し、化け物を斬りつけるがやはり決めての一打とはならない。

 魔女の黒い炎がさらに化け物を捕らえるが、一時的にその炎に苦しむだけで、

 化け物は攻撃の手を緩める事をしない。


 ちらりとアリスの方を見て、互いにその意図を読んだかのように……

 地を蹴り、もの凄い勢いで駆けてくる化け物。

 目の前の標的以外何も見えていない……そんな化け物。


 手にした短剣すら構えず、イシュトはじっと化け物を眺めている。

 動かずただ、じっとそこへ化け物を誘うように……


 信じているから……彼女のその力があの化け物を防ぐだけの力があると。


 メキメキッともの凄い音……

 少し恐ろしい形に首をへし曲げるように見えない壁に激突した化け物がズルリと勢いを止められ、地に落下する。

 冷静なら目視できる魔女の結界に気がつかず、化け物は己の最大スピードで頭から激突し、その場に崩れ落ちた。


 「駄犬……何してるの?早く、ここから離れるわよ」

 あえて、とどめを刺そうとはせず、アリスがそう告げる。


 「あぁ…わかっている」

 イシュトは少しだけ、意識を失った化け物を観察するように眺めながら、アリスの後を追う。




△△△




 「……マイト、ねぇ、マイトってば?」

 最果ての砂漠の地にある小さな村。

 そこにある小さな森、貴重な資源として、

 維持された場所で木刀の素振りをしている少年に長い金髪の女性が話しかける。

 語尾に様なんてつけられることは無い。

 髪は灰色……何の特徴もない、それが英雄なんてものでもない少年の名前。


 「どうしたの、リィラ?」

 素振りの姿勢を崩さないまま、ただの少年のマイトはリィラに顔を向けた。


 そんなマイトにリィラは手にしたタオルを顔を目掛け投げつける。


 「どうせ、朝からずっとここに篭ってたんでしょ!」

 ちょっと叱るような仕草で両手を両脇腹あたりにあて、礼をする角度まで腰を曲げながらリィラが言った。

 

 「うーーーん……そうかも……、そんな事よりどうかした?」

 一日を振り返るマイトは確かにここで素振りをした記憶しかない。

 だが、その質問よりもリィラが態々ここまでたずねて来た理由を聞くが、

 何故か、リィラの機嫌はさらに悪くなる。


 「お腹っ!……空かせてるんじゃないかって思って!」

 不機嫌なまま、眉を吊り上げ、両目を瞑ったリィラは手にしていた籠をマイトへ突き出した。

 中にはリィラが作ったお握りが二人分詰められている。


 「わぁ、ありがとうリィラ!丁度お腹がペコペコだったんだ」

 片目を開き、目の前の男の様子を伺うリィラ。

 無邪気に笑い、嬉しそうに感謝をのべる男の笑顔に少しだけ頬を赤らめる。


 なんの取り得も無い……ただ、努力だけを惜しまない、そんな懸命さだけが彼の取り得、そして、それが何よりもの彼の魅力でもあった。

 マイトは近くの手ごろな高さの岩に腰を下ろすと、


 「わぁ……随分と入ってるね、こんなに食べられるかなぁ」

 素直に少し困った顔をするマイト。


 「私の分も入ってるのッ!」

 一緒に食べるつもりだった事くらい気づきなさいっと、

 さらに眉を吊り上げながら、二人座るには少し狭そうな、

 マイトの隣に強引に座ると籠から自分で作ったお握りを一つ奪い取ると、

 むしゃむしゃと食べ始める。


 

 小さな村。

 そこには一つの保安所みたいな者があり、村のほんの数名の力のあるものが集まるだけで、そのほとんどが実践など未経験な者だった。

 何の資源も持たぬその村は争いとは無縁ではあったが、村の外には化け物は生息している。

 その襲撃に備え、最低限の村の戦力は必要だ。

 世界に名を残すような英雄じゃなくてもいい……マイトはこの村を守る、そんな英雄は必要だと考えた。

 だから、そんななり手もいない保安所に就職を決め、力をつけて、ハンター試験も受け村の外の化け物を狩り、周辺の平和と同時にその報酬でこの村を豊かにしていこうそう思った。


 そんな何の取り得も無い少年は、ただ日々の剣術の稽古に励み、人一倍その努力を欠く事は無かった。

 常に理想像を頭に描きながら……剣術の稽古に励む。

 いずれ、手に入れた報酬で弓を手に入れ、その技術も磨こうと思った。

 自分が理想とする戦い……遠くから敵を射るその姿は、少年が描く理想の英雄の姿であった。

 ただ、今はこうして剣術の稽古に励む、そしてその姿をそっと見守るそれが、今の二人の日常だった。



 二人で村に戻る。

 日が暮れかかっていた。


 この村唯一の酒場で彼女は、働いている。

 元々、彼女はここでは無い別の街の住人であったが、

 旅商人の父の元で育った彼女はその旅先でドラゴンに襲われ、

 家族を失い、彼女だけがこの村に保護された。

 女性が少ない村であったが、

 元々、美人で気立てのいい彼女は、人気が高く、

 別の街からも彼女目当てでこの酒場に訪れる傭兵も居るくらいだ。


 マイトの前だけ気を許しているのか、素の自分、少し意地悪い姿を見せるが、

 マイトの前を離れると豹変するように、一切の汚れのないような笑顔に変わる。

 弁当のお礼を言い、リィナと別れる。


 自分の家に帰る途中。


 「おーーーーいっマイト!」

 1人の少年がマイトを呼んでいる。

 白い髪のマイトと同い年の少年、マイトと共に今年から保安所で働いている。


 「ヘイン、どうかしたの?」

 マイトがその少年に返事をする。


 「まだ、少し時間あるだろ?」

 そうヘインがマイトに聞くと、理解する。


 この村の言い伝え、この村の何処かに眠る秘宝。

 その秘宝に願えば、望む力が具現化される、そんな言い伝え。

 ヘインに乗せられ興味本位で探していた。

 二人で時間を見つけてはこうして情報を探っては、それらしい場所の検索をしていた。

 そして、二人はようやくそれらしい洞穴を見つけ、そこの探索を始めた。

 だが、その洞穴の入り口は固い扉に覆われており、まずはその扉を開くために、また情報を集めなければならない……二人の新たな課題となる。

 




△△△



 「おいっ聞いているのかアスッ!!」

 上機嫌にアストに話しかけるブレン。

 神奪戦争の開催の儀の後、再びこの幽閉の地に戻されたアスは、

 少し不機嫌そうにひたすら、魔術回廊の勉強をしていたが、

 そんなアストにお構い無しに話しかける。


 「うん、何度も聞いたよ、娘が産まれたんだろ?」

 呆れたように、アスがそう言う。


 「あーーー、そうなんだ、俺に似てそれは可愛い娘なんだ」

 嬉しそうに語るおっさん。


 「悪い、おっさん……俺にはとてもごっつい赤ん坊しか想像できなくなった……」

 思わず、おっさんからイメージされる画像をそのまま赤ん坊の身体に合成処理をしてしまう。 

 「こうして、お前と毎日のように魔術回廊の勉強もしている、これが成功すれば十分に家族を養っていける」

 おっさんは嬉しそうにアスを見る。

 自分の人生もようやく好転したと思った。


 「あぁ……そん時はこの俺の魔力を存分に利用してくれよ」

 そうアスはブレンに頼む。


 「……それでな、アス、その、それで……なんだが……」

 ブレンは頬を書きながら天を眺め、アスと目線を反らしながら歯切れをわるそうにしている。


 「お前、もし……ここを釈放される事になれば、行くあてはあるのか?」

 おっさんの質問の意図が掴めず、思わずきょとんとその少し照れたようなおっさんの顔を不思議そうに眺める。


 「その……なんだ、家に来るか?」

 初めての彼女を家に誘うかのように初心に恥じらい……


 「俺を雇いたいってことか?」

 おっさんの奇妙な問いにアスなりに答えを導き出す。


 「……いや、雇うとかそうではなく……息子として共に暮らさないか?」

 さすがに、予想を超えた答えにアスは戸惑う。


 「……嫁におまえの話をしたら、嫁の奴もおまえの事を気に入ったみたいでな……なんなら、いまから俺のことをお父さんと……」

 そんな突拍子も無いおっさんの言葉に、アスは大笑いしながら、

 「……あはははっ無理だろ、おっさんをお父さんとか……」

 嬉しかった。

 もの凄く。

 おっさんの奥さんが本当にそう思ってくれたかわからない。

 一方的に自分に肩入れしてくれたおっさんが、半ば強引に説得したのかもしれない。

 それでも……ただ嬉しくて……


 「……そうか、残念だ……お父さんと呼ぶのはまだ先でもいい、ただ共に暮らすのは悪い話ではなかろう?」

 おっさんの強引なアプローチに。

 

 「あぁ……そんな日が来ればそれも悪くないかもしれない」

 アスは笑いながらそう答えた。


 「……約束だ、私と嫁と娘とアス、4人での小さな幸せ……そんな生活を手に入れるため、手を貸してくれアス」

 ブレンは大笑いするアスにそう真剣に告げる。


 「あはははっ笑い過ぎて涙でてきたっ」

 いつの間にか流れ出した涙を、笑ってるせいと誤魔化すように大笑いを続け、

 不器用な彼には今の関係を崩すことはできないが、

 そんなおっさんの想いを息子として受け入れてみたいとそうアスは思った。

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