第5話 神奪戦争 開催前日談②

 ミストガル街にある食事処。

 そこには、レフィと馬車の中で一緒に居た女の傭兵が2人、

 同じ席で、夜の食事中であった。


 「ねぇ……レフィ?明日がその神奪戦争ぉ?だっけ?その開催式みたいのに行くんだろ?」

 食事と一緒に酒を実に幸せそうに飲みながら、レフィに話しかける。


 「………」

 チラっと少し横目でその女の傭兵を見ただけですぐに自分の食事へ戻る。


 「レフィ、あんたって意外とクールというか、内向型というか……」

 ちょっと呆れたように女の傭兵が言う。

 ちょっとボーイッシュな茶髪な髪で少しだけ褐色気味の肌。

 腕は普通の傭兵より少しだけ勝っているというのがレフィの印象。


 「そう……別に自分の性格も貴方にも私は興味が無い」

 実につまらなそうにレフィがそう返す。


 「……相変わらずというか、なんとなーくあんたの事はわかってきたんだけどさ、それでもさ、あんたのような女傭兵の強者の知り合いになれたってのは私にとっても結構な人生の転機な訳で……」

 手をグーから親指と人差し指だけを伸ばし拳銃を形どったような手で人差し指を私に向ける。


 「あんたの行く末、私も興味が沸いて来た訳ッ!」

 さらにそこからウィンクまで決めてくる。


 「でさ、あんたも最強を名乗るならそれを見取る証人ってのが必要な訳だろ?あたしもさ、あんたに着いて行っていいかな?」

 目の前の女傭兵がそうレフィに頼む。


 ……正直興味は無い。

 ……それを私が判断する事も、彼女の願いを叶える事も。

 ……それよりも、そもそも……



 「……あんた誰?」

 ようやく口を開いたと思えば余りの衝撃的な言葉に目の前の女傭兵は目を見開いて固まっている。


 「えっと…レフィさん、私名乗りましたよ?何度も貴方に名前を名乗りましたよ?」

 信じられませんと言わんばかりに、再度レフィの手を両手で握る。


 「ほら、思い出してタリスちゃん、ね?聞き覚えあるでしょ?タリス……タリスちゃん、覚えたよね?」

 割と面倒くさいタイプかもしれない……

 

 「別に勝手につきまとうくらいなら構わない、貴方が途中でどうなろうと私は気にしないし、責任も取らない……勝手にすればいい」

 多分、彼女なりの答え方であった。


 「そっか、そんじゃ勝手にさせてもらうねッ」

 少しだけ、嬉しそうにタリスは答える。


 「それは、さておき、名前ぐらいは覚えてよね、またあんた誰?って言われるのは勘弁して」

 そう訴える。


 「……、わかった…… ……タリア?」

 再度、目の前の女が目が点になる。

 ジョーク?と思いながらも……


 「……タリス。私、タリスちゃんです。レフィちゃん?」

 少し涙ぐみながら訴える。


 正直、覚えていない。

 自分がどう呼び間違えたかさえ……

 どうでもいい。


 私はようやく目的が達成できる。

 この髪奪戦争を勝ち残り、それを証明することで、

 神に何を願う訳でもなく、

 私は私の目的、願いが達成される。


 最強になる。

 あの復讐を達成された日。

 私のあの日までの目標が達成された日に。

 私が生きる目的を失ったあの日に。

 男の目的を奪ったあの日に。

 私は男に呪いを受けた。

 生きる目的を与えられた。


 最強になる。

 それが、私がこの呪いを退き放てるただ一つの方法だ。





△△△



 場所は移りアクレア。

 シエルはリースに手を引かれ街を歩いていた。

 リースはシエルの手を左手で繋ぎ、

 右腕で買い物袋を抱え歩いている。

 泣け無しの金で買ったここ数日生きるための食料。


 教会に収入なんてものは無い。

 寄付する人間も1人を除いていない。

 その寄付のお金だけで今を生きている。


 思えば、この子のお陰なんだと思う。

 シエルがたまたま見つけた魔法陣、5年前にたまたま彼をここへ召喚した。

 それまでは、まだあの教会に信仰心を持っている人が数名だけ残っていて、

 裕福とは言えないが、今同様に生きるだけの収入があった。


 でも……今は。

 このお金の権利だって本来は彼女にあるのかもしれない。


 リースは店の一番安いチョコレートのお菓子を手に取ると、

 泣け無しのお金でそれを買う。


 普段、お菓子見てももちろん食べたことのないシエラは、

 まるで自分の縁が無いモノを見るようにその光景を不思議そうに見ている。


 「今日……買い物に付き合ってくれたお礼、他の子には内緒ね」

 リースが人差し指を唇に当てながらそのお菓子をそっとシエルに手渡す。


 「……いいの?」

 目が点になってるシエルにリースは優しく頷く。

 今、こうして居られる事を彼女なりのシエルの感謝の気持ちでもあった。


 嬉しそうに受け取るとそれを口に頬張る

 「美味しい……リース、ありがとぉ」

 そう言って、何度もシエルは味わうように噛み締める。


 そうして、買い物を終え教会へと向かう。


 途中、川を跨ぐ陸橋から、王城が見えた。

 

 「あっレクスが居る!」

 嬉しそうに指を指すシエルの方向に、後方でじっと整列するレクスの姿。

 その先頭では、女性騎士が何やら王より首飾りのようなモノを受け取っている姿。


 「何してるの?」

 不思議そうにシエルがリースに尋ねる。


 「勲章が授与されているの……この国が立派な騎士に与える名誉ある勲章なんだって」

 そう、リースが答える。


 「……レクスも貰うの?」

 貰う基準を理解するにはシエルにはまだ少し難しかったが、それがレクスにも与えてもらえるのかが気になった。


 「ううん、レクスさんは……きっと貰えないかな……」

 そう言ったリース自身もやる切れないそんな顔でシエルに告げる。


 「どうして……?」

 純粋で単調な疑問。


 「どうして……だろうね……レクスさんは立派な騎士なのにね、この国に評価されるには、レクスさんは優しすぎるみたい」

 悲しそうに笑顔でリースはシエルへそう告げる。


 それを聞いてむすっとした顔で王城へ顔を向けるシエル。

 理解できない。

 騎士とは誰かを守る正義の味方みたいな存在だ。

 教会で暮らす孤児である自分達みたいな人間にも平等に救いを与えるレクスこそが、優しさと強さを持ち合わせたレクスこそが、シエルに取って正義の味方そのものだ。


 「皆、馬鹿……レクスが一番なのに」

 少し怒った口調でシエルが言う。


 「そうだよね……私達がそれを理解してる、今はそれで我慢しよ」

 リースはそう優しくシエルの手を握る。


 シエルは不服そうにそれでも頭を縦に振った。





△△△





 バレルバントの王城の一室。

 ハレは客間の大きなテーブルの席でテーブルに突っ伏す様にいつの間にか眠っていた。


 「っと、いけね」

 ぐいぐいと右手でヨダレをふく様な動作をしながら、頭を上げる。


 古びたノートを枕にする様に、眠っていた。

 

 ……ぼぅとまだ寝ぼけているかのように、そのノートの表紙を眺めている。



 「ねぇ、ハレーーー聞いてよ、物語の続きを書いたんだっ!」

 えっ?

 声のした方を慌てて、ハレは顔を向ける。

 居るはずの無い存在の声。


 幻聴……幻覚……見せられるのは過去の記憶の断片。


 自分に話しかけた少年は楽しそうに、自分の描いた夢物語を語っている。

 それを、少し迷惑そうに眺める過去の自分。

 この世界の物語は神様が書いているんだよ……

 それが、彼の口癖だった。

 当時、無愛想だった私によく教師じみた口調で偉そうに語っていた。


 神様みたいに、世界全体の物語は書けないけど、

 僕は僕の物語を書くんだと言っていた。

 ハレ……良かったら君の物語も僕が書いてあげる。

 そう少年はハレに告げた。


 「……いいですよ、そんな恥ずかしいこと」

 過去のハレは少年の言葉をそんな風に吐き捨てた。


 「ちがーーーうッ!!」

 思わず現実のハレが叫ぶ。

 「書いてくださいッ!!続きを……物語の続き、私達2人のッ!!」

 椅子から転がり落ちるように、幻覚の少年の元へ縋りつく様に手を伸ばす。



 「何事だ?」

 ハレの1人芝居を不思議そうに見る少年と、それを警護する2人の兵士。

 この城の王子だろうか。


 「オマエ、何してるんだ」

 小馬鹿にするような笑みでハレを見ている。


 「なんだコレ?」

 テーブルに置かれた、ノートに興味を示す少年。


 「触るなッ」

 すくっと立ち上がったハレは、その姿を恥じる事無く、

 これ以上、この事に触れるなという意味も含めた様にそうぼそりと呟く。



 「はっなんだこれ!?」

 ぺらぺらと少年はノートをめくりその中身を見て、

 警備兵と3人で馬鹿にするように笑っている。


 「まさか、これ……オマエが書いたの……かぁ?」

 その台詞を言い終える寸前に、銃声が響く。

 

 「あっ……え?」

 少年が不思議そうに自分の腹部を理解できないまま流れる血を止めるため、

 無意識に手で傷口を押さえる。


 何も言わずいつの間にか握られていた拳銃の持つ手を少年へ向け、

 躊躇なく引き金を引いた。


 「王子ッ!!早く救護班を呼べッ!!」

 そう警護兵が叫ぶ

 その場に倒れこむこの国の王子の後頭部に手を添え、

 介護にあたりながら警備兵の1人がハレに叫ぶ


 「貴様ッこの国の王子にこんな真似してただで済むと思ってるのかッ!」

 ……聞こえているのか、全く聞こえていないのか。

 そっと、右手をおろす。


 「おいっ貴様……聞いて……」

 警護兵の声など全く気にも留めていない。


 「あぁっあっ……やめて、助けて、お願いします!」

 現状の傷の心配など吹き飛ぶように、目の前の女に許しを請う、バレルバントの王子。



 黒い影がバレルバントの王子へ被さる。

 前に立つ、大盗賊の女。

 冷たい目で、バレルバントの王子を見下ろし、

 無言で拳銃を向ける。


 「ヤメテ、ヤメテ、お願いしますッ」

 必死で訴えるバレルバントの王子。


 「謝罪しろ、坊ちゃんの物語を馬鹿にしたこと……」

 冷たく目の前の少年に告げる。


 「貴様……いい加減にッ」

 警護兵の1人がハレへ飛び掛るが、

 どこから取り出した剣で右手の手のひらごと壁に突きつけられていた。

 あえて殺さず、貴様は黙って見ていろっと言っているようだった。


 「すいません、もう言いませんっだからっ」

 状況を把握して懸命に命乞いをする。


 「私にじゃない……」

 冷たくハレが目の前の少年へ告げる。


 えっ?という顔をハレ以外の全員がする。


 「……死んで、あの世で直接、坊ちゃんに謝罪して来いッ」

 そう言うと、容赦なく引き金を何度も引く。

 残酷なまでに、何度も銃弾がバレルバントの王子を貫いていく。


 「……貴様、何をしたかわかっているのかッ」

 警護兵は目の前に起きた大事件を前に、そうハレに叫ぶように言った。


 「貴様のマスターである王、その息子にあたる王子に貴様はッ」

 躊躇なくそのような行動を取った女に警護兵が言う。



 「……勘違いすんな、あたしは産まれて生涯、従う相手は1人だけ……それは、ここの王でも、まして神でもねーんだ……坊ちゃんの描く物語の邪魔をするってなら、容赦しねーーーそう、ここに居る全員に言い聞かせておけッ」

 そう言って大事そうにテーブルの上のノートを手に取る。


 「必ず完成させます……待っててくださいね……」

 開かれるページには笑顔で笑う、少年と女性が描かれていた。





△△△



 今まで語られることの無かった何処か。

 赤い髪の、少し男っぽい見た目の女性。

 何処かの無人の建物……廃墟のような場所で目を覚ます。


 はぁーーーと一つため息をつく。


 「イシュトーーーあんたはまた同じことを繰り返すのか」

 そう独り言を呟く。


 「後悔したんじゃなかったのか?」

 「学習したんじゃなかったのか?」

 そう呟く。


 「だったら……」

 私が解るまで教えてやる。

 私が何度もあんたを止めてあげる。


 「つぅ……」

 右手が痛む。

 黒き包帯が巻かれていて、そこから黒い臭気が漂う。


 「もう……終わりにしよう」

 あんたには色々教わった。

 あんたに私は何度も救われた。

 だから、今度は私があんたを助けてあげる。


 それが敵対という形であっても……

 それがあんたに怨まれるような形であったとしても……


 それが私が貴方にできる恩返し。


 「さぁ……これが最期の殺し合いだーーーイシュトッーーー」

 不気味に笑い、女は何処かを目指し歩き始めた。

 

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