第4話 神奪戦争 開催前日談①

 この世界には神が居た。

 神と呼ばれる少女は、誰もが望む世界を造ろうと思った。

 だが、いくら造り替えても、誰もが望む幸せな世界は作り出せなかった。

 そんな世界のパズルは、幾ら組み立てても、いつの間にか形を変え、

 準備したピースが全て組み合うことは無く、幾度も幾度もピースを造り替えた。

 それでも、いつまでたっても完成させることができず、

 少しだけ苛立ちを覚える。


 それでも自分は続けなければならないと思った。

 だって、自分は神なんだ。

 理由なんて知らないが、自分がそういった存在である事を理解している。

 だから、幾度も組み立てたパズルをひっくり返しては、

 納得するまでそれを組み替える。

 終わりなんてものは到底見えなかった。


 次第に変わる人の思考に神は考えるのを放棄した。

 だから、それを人自身に考えさせようと思った。

 だが、それらを全員に聞き入れるのは不可能だと思った。

 だから、神奪戦争というシステムを組み込んだ。

 それは、人が考えた名前ではあるが、

 その中の1人の意見を聞き入れ、この世界に取り込めば、

 そうすれば、誰もが望む世界に、近づくんだとそう思った。

 それを繰り返すことで、きっとこのパズルは完成するんだ、そう神である少女は思った。






△△△



 オーガニストにある、離れた孤島にある建物内。

 少し緊張した面持ちで、自分が派遣されたその場所に足を運ぶ。


 入り口に入るとすぐに地下に続く螺旋の階段が続いており、

 そこを降りると、小さな部屋にテーブルと椅子が一つ、

 そのすぐ隣には鉄格子の柵が有り、その奥には少年が1人退屈そうに壁を背に座り込んでいるだけだった。


 手にしていたランプで一応、牢の中を確認する。

 ランプの光に照らされた少年がこちらに目を向ける。


 「よぉ、おはよー、おっさん」

 緊張しているこちらを他所に、気楽な拍子で少年は挨拶をする。


 「あ、あぁ……」

 少年を確認すると、余り関わりたくなさそうに、

 準備された席に座る。


 「なぁ……おっさん、ここ何でもいいから何かないの?」

 ぐっと腕を上に伸ばし、軽い運動を始める。

 「こう、1日中何もしないで居たら、さすがに気が狂いそうになる」

 


 「お前、今の状況をわかっているのか?」

 再度、少年を横目で確認しながら中年の男は言う。


 「まぁ……さすがにね、こんな状況なら……でもなる様に任せるしかないだろ?」

 こんな状況で、こんな扱いをされても何故、この少年はこう落ち着いていられるのだろうか?

 持たぬ者がわからない、持つ者だけの余裕……のようなものなのだろうか?



 想像もできない。

 この少年は“魔王”という異名を持つ。

 彼の力はそれだけ恐ろしい能力を秘めているものなのだ。

 誰もが羨むほどの……下手をすればこの神奪戦争を容易に勝ち抜けるのでは無いかと噂もされている。

 なのに、彼はその力で人を征服しようなどとこれっぽっちも考えていない……

 そうさえ思える。


 

 「アスト=レイ、俺の名前……なぁ、おっさんは?」

 そんな空気も読まず、少年は自己紹介を始める。


 「ブレン、ブレン=ガリアスだ」

 少なくとも今の少年より2倍近い年数を生きている。

 どんな相手であれ、名乗られれば名乗り返すくらいの礼儀は持っている。


 「なぁ……おっさん、それは?」

 名乗ったにも関わらず、相変わらずの呼び方で、

 アスの指す指先を追ってみる。


 「……あぁ、魔術回廊……の本だ」

 監視役と言う暇な仕事の合間に読もうと持ち込んだ数冊の本。

 後に今の職を離れ、魔術エネルギーを利用し、社会や生活の役立つ魔術技術の職へ就こうと考えていた。


 「ねぇ……俺にも貸してくれない?」

 目をキラキラさせながら、アスは言う。


 「……たぶん、お前が見て楽しいものでもないぞ?」

 会話を続ける内、少しだけアスへの恐怖が薄れたブレンは、

 手にしていた本を、鉄格子の間から受け渡すと、

 予備のランプを取り出し、少年の側に置いた。

 さすがに、ランプが通る程の隙間はない。



 そして、30分間無言の時が続き、アスは黙って本を読み続ける。

 ブレンは幾度かアスに目線を送るが、集中して本を見るアスを見ると、

 黙って、自分の手にする本に目を落とした。



 「なぁ……おっさん?」

 アスがその沈黙を先に破る。


 「……俺の魔力もさ、こんな風に人の役に立つために活用できるかな?」

 何を思ってそんな事を口にしたのか……

 日の光も入らないそんな場所で、ランプの光に微かに照らされ見える横顔は、

 何処か寂しそうにも見えた。


 「なぁ……おっさん、俺、決めた!」

 なんて声をかけるか迷っていると、アスはそう告げる。

 

 「俺さ、俺のこの魔力……今後、誰かの役に立つために使えないか考えたい」

 ブレンが状況を読み込めていない中アスは続ける。


 「世界の全員をぶっ殺すような魔力よりさ、世界の皆を少しでも幸せに出来るような魔力の方がさ便利だろ?」

 その使い方を自分が決めるとアスは言う。


 今の状況で、今後どうなってしまうかも解らないのに、

 何故、この少年は前向きで居られるのだろうか……



 「どうしてだ……?」

 それだけは質問してはならないと、何処かでそう自分に言い聞かせていたはずであったが聞かずにはいられなかった。


 「そんな力を持っているなら、もっと他に使い道はあるだろ?この国一つ支配するくらい容易なモノなんだろ?」

 持つ者への嫉妬だろうか?少し苛立ちさえ覚えた。


 「なぁ……おっさん、おっさんは今から言うどっちの世界で住みたい?」

 そうアスはブレンに問いかける。


 「自分の力で支配された、誰もが言いなりになる贅沢な世界と、それとそれなりに豊かではあるけど、日々苦労しながらも幸せを手に入れる世界」

 そう問いかけた。


 持たぬ者からすれば、前者を選択するのが当然の答えだろう。


 「……俺さ、人間が好きだ……って、俺も人間なんだぜ?」

 へらへらと笑いながら自分の言葉に自分で突っ込む。



 「……多分、日々苦労して少しの幸せを頑張って手に入れようとしている人からすれば、贅沢な世界を選ぶんだろ?だったらさ……その逆もあるんじゃない?」

 一瞬アスの言ってることを理解できなかった。


 「そんな力を持ったせいで、人から恐れられて……そんな小さい幸せを手に入れることも許されない、そんな少年はさ、そんな生活を手に入れたいって思うのはさ、やっぱ傲慢なのかな」

 笑いながら、なのに凄く悲しそうにアスは言う。

 少年の苦痛がブレンの胸に突き刺さる。


 「なぁ……おっさん、俺さ……やっぱ、誰かに怯えられながら、そんな世界で生きていくのは嫌だ、それで、俺にそんなすっげぇ魔力が在るって言うならさ……そんな使い方じゃなくて、できるだけ誰かを幸せにできるようなそんな使い方をしたいんだ」

 恐怖が消えたと言えば嘘になる。

 彼がいつ心変わりして、人を殺めるかはわからない。


 「なぁ……おっさん、そんな方法がきっとあるんだよな?」

 彼が魔力回廊という技術に託す思い……

 すべての財産を捨ててまで得ようとする価値があるのかは解らない。

 それでも……


 「あるっ絶対にある!!」

 ブレンはアスの言葉に心を打たれ、涙ぐみながらそう叫ぶように言った。


 

 適うかわからない……そんな2人の小さな幸せの日々を手に入れるため、

 その日から、2人の魔術回廊の勉強の日々が始まった。

 




△△△





 レジストウェルのホテルの一室。

 ナヒトと名乗った少年は窓の外をぼぉと眺めている。

 太陽は沈みかけていて、やがて外に闇が広がっていく。


 安いホテルとは言え、今の所持金でいつまでここに居られるのだろうか?

 それに、召喚した英雄のフーカ。

 魔力の持たぬ僕が彼女をこの世界に維持させるには、魔力を持つ道具を媒体に彼女に供給していく必要がある。

 それを日々、調達して食いつないでいく必要があるんだ。

 もちろん、その魔具を調達するのにも、金が必要だ。

 課題が山ほどある。


 僕は後、何日……生きていられるのだろうか?

 神奪戦争の前に、自分の家族さえも敵にまわした今、僕に安全な場所など無かった。

 神の使いが僕の前に現れ、正式に神奪戦争への参加を認められた。

 現に認められたのはフーカではあるが、僕もマスターとして、

 念願どおりに事が運んだが、同時に実の家族に指名手配される存在にもなった。

 もちろん、覚悟しての現状だ。

 ただ、不安が無いといえば嘘になる。


 ガチャリと部屋の浴槽のドアが開く。

 褐色の女が頭をタオルで拭きながら現れた。


 「たく、相変わらず、まゆをハの字にして、難しい顔をしているな貴様は?」

 そう言ったフーカの方へナヒトは目線を送るが……


 「な……おま、え、あ……ちょ……」

 顔を真っ赤にしたナヒトの動きが停止する。


 「どうした?我を召喚した時より、さらに動揺しているではないか?」

 指先だけをフーカに向け固まっているナヒトに言った。


 「ふっ……服を着ろっ、それかタオルで身体を隠せっ!!」

 裸で堂々と現れたフーカに慌てて顔を反らすナヒト。


 「難しいことを言うな、身体をふかねば服は着れぬ、タオルを身体に巻いては髪をふけぬではないか」

 正論とばかりにフーカは言う。


 「それに、我と貴様とは何の関係も無い、問題がないのではないか?」

 さらにフーカは続ける。


 「普通、逆だろーーがッ!」

 突っ込むのに目線を思わずフーカに送るが慌ててまた目を反らす。


 「ふむ……時に少年、1つ貴様に問う」

 フーカがナヒトに問う。


 「な、なんだよ……」

 右下を見ながら、強がるような口調でナヒトは返す。



 「お主……もしや童貞か?」

 そんな躊躇ない問いに思わずふき出す。


 「なっ、そんなの、関係ないだろっ何を言い出すんだ!」

 この動揺、間違いないな……とフーカは思う。


 「関係なくも無い……我と今後命をかけ戦う相手が童貞となるとそれはそれで考えさせられるものがあるの」

 淡々とナヒトの傷をえぐっていくフーカ。


 「考えなくいいっ!!この世界だったら僕ぐらいの年なら経験がないのは別に普通だっ!!……」

 たぶん……と小さな声で付け足す。


 「わかった、わかった、そう叫ぶな……まずは我の方をきちんと見て話せ」

 そう言われ、フーカの方を向くが。


 「だからっ、服を着ろよっ!」

 すぐに振り出しへ戻る。


 「いちいち、反応の面白い奴よの」

 からかうのが実に楽しそうにフーカが言う。


 「早く寝るぞっ、明日は金銭や魔具を確保する方法を探さないとならない」

 そう言ってナヒトは逃げるように布団に潜り込む。


 「別に律儀に取引などせずとも、この間の店にあったもの強奪すれば済む話ではないか?」

 さらりとフーカが言う。



 「馬鹿か、お前は、只でさえ僕は実の家族にさえ命を狙われる身なんだ、そんな目立つ真似すればすぐに居場所がばれてしまう!」

 布団の中からそう叫ぶ。


 「ふむ、なんともじれったい話よの」

 そう言ってフーカも隣のベッドへ潜り込む。





 よく朝、近くのハンターギルドに訪れる。

 各地に出没する凶悪モンスターがランク分けされており、それぞれに討伐報酬がかけられている。

 それらの討伐依頼を受諾し討伐すれば、報酬を得られる形だ。

 その討伐モンスターが張り出されている掲示板に張られた紙をナヒトは眺めている。

 フーカはその仕組みの理解がめんどくさいから、一番報酬のいいものを取り合えず受けろとだけ言って、近くの席で酒を注文しながらナヒトが依頼を受けるのを待った。


 「やっぱ、最初はこのあたりか……」

 一番報酬のいいものと言われたが、まずはA級のモンスターを選び、その依頼書を剥がし持って行こうとするが、剥がそうとした依頼書に別の手が横から現れ、剥がせないよう押さえつけられる。


 「なぁ……坊主?お前がこのモンスター討伐できるわけ?」

 眼帯をした、金髪のツンツン頭のいかにもというガラの悪い男に絡まれる。


 「離してよっ」

 怯むわけには行かない……決めたんだ。


 「ねぇ?このモンスターさ、俺らも狩りたいけど手が出せてない奴だよ?舐めてんの?てめぇみたいなガキがどこが俺より勝ってるのか教えてよ?」

 わからなくもない、名を上げるために日々、ギルドに貢献してきて、

 よく解らない、見るからに自分より劣る人間が自分達でさえ手に負えなかったモンスターを横から挑戦しようとするのを見れば、面白くないのも解る。


 「覚悟だっ」

 背を向け酒を飲みながら、フーカはそう答える。


 「あぁっ?」

 眼帯の金髪男の仲間と思われる男の1人が今度はフーカに絡む。


 「覚悟が違うっ、聞こえなかったか?」

 首を掴みそのまま顎から頭上に掴み上げながらそう告げる。

 苦しそうにする男を解放すると、フーカはナヒトの元に近づく。


 「まぁ……そやつらがそんなにそいつに挑戦したいというならくれてやるが良い」

 フーカはそう言うと、その場を立ち去ろうとする。


 「ナヒトよ、我が最初に何と言ったか覚えているか?その右隣の依頼を剥がして来い」

 そう言われ、ナヒトと眼帯の金髪の男は隣に目をやる。


 「ちょ、これ、S級モンスターだぞ!」

 ナヒトが慌ててそうフーカに告げる。


 「我を誰だと思っておる」

 この世界のモンスターを知らぬフーカは、それでもその自信は揺らぐ事無くそう告げその場を後にする。

 手にしていた依頼書から手を離し、その右隣の依頼書に手をかけるが、眼帯の金髪の男は何も言わずそれを唖然と見ている。

 実際にその実力を見ていない……

 それでもナヒトに彼女の敗北する姿は想像できなかった。





△△△




 最果ての村……周辺は砂に覆われた砂漠が広がっていた。

 そこから、少し離れた崖の上。

 

 盛り上げられた二つの砂山。

 そこに突き刺されている二つの棒。

 不器用に作られた墓のようなもの。


 その二つの墓の前に誰かの足が立ち止まる。

 どこかで摘んできたのだろう、花を摘むという動作が難しいのか、

 不器用に抜き取られた花を数本墓の前に並べる。


 「オォォーーーン」

 そして化け物は一声泣く。


 まるで、化け物はその場に土下座をするように、崩れ落ち、

 その墓の主に許しを請うように頭を抱えもがき苦しむ。


 「アアアアァーーーッ」

 記憶なんてほとんど残っていない。

 在るのはここに眠る二人への罪悪感。

 そして……


 カラカラと遠くから馬車の走る音が聞こえる。

 地に着けていた頭をゆっくりとそちらに動かす。

 遠くに走る馬車……

 誰が乗っているかなんてわかる訳がない……

 なのに……どうして……



 「マァーーーイーーートォーーーーッ!!」

 黒い包帯を頭に巻きつけた化け物は起き上がると、

 もの凄いスピードでその馬車に向け走り出す。

 直感。

 それは、今の彼を動かすには十分であった。


 「ユ……ルサ……イ」

 「コ……ロ……ス」

 花を摘む事すら難しかった両手を今度は器用に使って、

 走りにくい砂の道を、正真正銘獣の様に、四本の足のように素早く駆けて行く。



 走る馬車……中には化け物の直感の通りマイトの姿がある。

 そして、リィラと呼ばれていた長い金髪の女性。

 数日後に神奪戦争の開催の儀へ参加するため、開催される世界の中心の神都へ向かうため馬車を走らせていた。

 

 「また、迷惑な客人か」

 マイトはそう言うと、一度馬車を止めるよう命じる。


 「しばらく、顔を見ないで済むと思っていたのだが……」

 臆する事無く、馬車から飛び降りると、

 まだ見えぬ化け物に弓を構える。

 矢の無い弓の弦を引き……まだ見えぬ相手に狙いを定める。

 魔力の矢が精製され、矢が化け物に向かい一直線に飛ぶ。


 「マァーーーィーーートォーーーッ!!」

 化け物は憎き名を叫ぶと、その場に大きく飛び上がり、

 矢を回避し、空中からマイトに狙いを定め突進する。

 マイトは軽くその突進を回避しようと、その場を離れようとするが、


 「ちっ!」

 少ししくったという顔を、後ろの馬車を確認しその場を動くことを諦める。

 ならば、逆に的にしてやろうと再度弓を構え空に居る化け物に矢を射る。

 一本の矢は途中で数十本の矢へ変わり、幾度も化け物を貫いていく。

 腕で×の字を作りガードの体制でそれを耐える。

 

 得意の弓を生かしマイトは敵の攻撃範囲内には決して入らない。

 そんな用心深い相手が今、化け物の攻撃範囲内に居る。

 チャンスは二度と無いかもしれない。

 知能を失った化け物は、本能的にそう感じる。


 「マァーーートォーーーッ」

 右腕を再度振り上げ、落下する身体の力を全てその拳に注ぎこむ。


 凄い衝撃が走る。

 弓を盾にその一撃を防ぐが、

 この英雄に取ってもその一撃は中々に屈辱のものだった。


 そんな事は関係ない。

 今……目の前に奴が居る。

 手の届く範囲に憎き英雄が居る。


 殺せ殺せ殺せ。

 頭にその言葉だけが支配していく。


 例えこの場で相打ちになろうと、

 目の前の男に今出来る全ての力を……



 「マイト様ッ!?大丈夫ですか?」

 身を案じてか、リィラが馬車の中から身を乗り出した。



 「アッ……リ……ラ……ァ」

 わからない。

 化け物の動きがピタリと止まった。

 化け物自身理解が出来ていない。

 

 ただ、憎しみ一色に染まっていた頭が一瞬で真っ白になった。


 「アァ……ア…」

 自分が何を言いたいのかわからない。

 今、この時、昔の自分は何を伝えたかったのだろう。


 「アア…ァ」

 懸命に言葉を思い出す。

 必要ないと捨てたはずなのに……


 「アァ…リ……ラ……」

 自分の言葉が彼女に届かない事を理解する。

 英雄を殴ろうと振りかざした手を気がつけば、

 何かを伝えようと彼女に向かい手を伸ばしていた。


 マイトもその様子がさすがに理解できないように、

 ついに完全に気が狂ったか……

 間近で化け物の腹部に矢を射ると、

 化け物は情けなく吹き飛ばされる。


 それでも、リィラに向けた右手を下ろすことをしなかったが、

 空からマイトの放つ矢が化け物の右腕を貫き右腕が吹き飛ばされる。


 「アァーーーーーッ」

 それは、腕を失った痛みか、言葉が発せられない苦しみか、

 化け物はその場に泣き崩れるように、

 地に這いつくばり、嘆きの声を上げる。


 そんな光景が前にも一度あった気がした。



 マイトは気が反れたように、馬車に戻ると、

 再度馬車を走らせた。

 「ウアーーーーーッ」

 化け物はただ叫ぶだけで追ってくる様子は無い。


 少し疲れたと言い、馬車の住みで座ると目を閉じるように休む。


 リィラは化け物が見えなくなった外をしばらく眺め、

 少しすると同じように、マイトとは逆の壁に背を向け座り込む。


 「ねぇ……マイト、あなたは本当にこんな英雄になりたかった?」

 ぼそりと、リィラがそこに居る英雄じゃない人物に話しかけたようにも思えた。


 「何か言ったか?」

 自分の名前を呼ばれたように感じマイトがそうリィラに話しかける。


 「……いえ、何も」

 優しく微笑みかける彼女の目はまるで違う誰かを見ているようだった。

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