第3話 各々の正義と戦う理由②

 世界最北の村……

 最果ての地と呼ばれる場所で。


 その最果ての地には、最も最北の地の立ち入り禁止とされる区間には、世界の重罪人が今も隔離されていると呼ばれている。

 そんな場所の近くにある、何も無いただの村。

 そんな村にも神に選抜されし戦士が誕生した。

 なんの変哲も無い村が突如得た、神への願いの権利

 村は総出で喜んだ。

 彼が一体何者で、一体何故このような村にその権利を与えたのか。

 知るものは今は存在しない。



 英雄の機嫌を取ろうと毎日、村はその英雄を称え祝いの祭りのような場を設けた。


 「ウオォォォォーーーーーン」

 夜、村の中心で大きな火を囲いながら、酒を飲んでいた英雄と呼ばれる金髪の男は、その奇妙な動物の鳴き声のような雄叫びを聞き、その場に立ち上がる。


 「マイト様、どうしましたか?」

 寄り添うようにしていた同じ金髪の長い女性が英雄に話しかける。


 「毎度、懲りない客人のようだ……何が目的か知らんが、立場を弁えない愚かな化け物が……」

 手にしていた酒の入った皿を女に手渡すと、

 弓を手にする。


 「少し狩りに出る、リィラ、お前はここで待っていろ」

 そう言って、マイトは雄叫びが聞こえた方へと歩いていく。



 「ウオォォォーーーーン」

 再び雄叫びが聞こえる。


 「わざわざ、自分の位置を知らせる愚かな化け物が」

 村の外へ出て、村に被害が出なさそうな場所まで移動する。


 途端、マイトの上より何者かが勢い良く落下してくると、振りかざされた拳が地へ突き刺さる。


 隕石が落下したかと思うような穴が地面に広がる。



 「弁えろ、貴様が俺を追い込んだ訳ではない、俺が貴様をここへ誘導したんだ」

 すでに、射程外へと回避していたマイトはそう見下すように化け物に言う。


 人型の体系をしているが、黒い包帯を頭に巻いており、

 目元からは真っ赤な目が見える。


 「マァーーィーートォーーーーッ」

 唯一知っている言葉かのように、マイトの名前を叫ぶ。


 「ユ……ァ…サ……ナイ……」

 「コロ……ス……」

 懸命に……まるで言葉を一つ一つ思い出すかのように、

 苦労するように言葉を発している。



 「マァーーーイーートーーーッ」

 化け物は自分の空けた穴から走るように登り上がって、マイトの元へ近づく。


 「くだらん……弁えろ、貴様が俺に届く事は一生無い」

 矢を持たぬマイトは化け物へ弓を構え弦を引く。

 不意に青白い矢が現れる。

 マイトの魔力で生成される矢が、

 まるで、レーザー砲の様に化け物に向かい飛んでいく。

 突進することだけしか頭に無い化け物の足を貫くと、化け物がその場に倒れこむ。


 「アァーーーーーッ」

 「マィ…ト、コロ……」

 それでも、這うようにマイトの元に近づこうとする。

 知能の持たぬ、言葉の知らぬ化け物が、ただこの英雄だけは許せぬ何かがあるかのように、ただマイトの元へと近づく。


 「くだらぬ、再生能力だけは相変わらずだな」

 いくら、貫こうと、破壊しようと化け物は幾度と無く、高速再生で回復し、

 何度もマイトに襲い掛かってくる。

 現に貫いた足もほぼ完治し、再び立ち上がる。


 「ガァーーーッ」

 立ち上がった瞬間、マイトの矢が額を狙い、その勢いで自ら作り上げた穴へと転がり落ちていく。


 「ふん、やはりあの包帯が巻かれた頭だけはやけに頑丈と言うわけか」

 分析するようにマイトが言う。

 「さすがに頭だけは早々再生できないだろうが……」

 自分には、それが不可能では無いと思うが、

 これが、神奪戦争というものの、誰かの刺客かも知れない。

 自分の力を早々に見せてやるのも癪な話だとマイトは思う。

 それに、毎回こうしてあしらうのは、容易な話だ。



 「そうして、地で暫く這いつくばって、己を弁えろ化け物よ」

 再度、マイトの矢は化け物の両足を貫き、その場で動けなくする。


 「マァーィーーートォーーーッ」

 腕の力だけで懸命に穴を抜け出そうとするが余りにもその速度は遅い。


 「ユ……サナ……イ」

 「ゼ………イ……コ…ロス……」


 「マァーーイーーートーーーッ」

 すでにそこから姿を消した英雄には届かない叫び。

 

 許さない…許さない……

 あいつだけは許さない……

 その憎悪の心だけが今の自分を支配している。

 今の自分を制御している。


 薄れていく、記憶も……

 薄れていく、恨みの理由さえも……

 それでもいい。

 それで、この恨みをはらせるなら……

 



 

△△△







 遥か南に位置する国 アクレア。

 そこでは、今より5年ほど前に召喚されて居た男が、

 この国の騎士として仕えていた。

 名はレクスと言ったが、

 誰もがこの男が今回の神奪戦争に選ばれるとは思っていなかった。


 腕は確かにそれなりの実力はあったが、

 何分、優しすぎる性格で、争いや人を殺めることを嫌い、

 騎士としての成果を挙げることはほとんど無かった。

 

 

 誰もが見ぬ力を秘めているのかは解らなかったが、

 神の選抜には逆らうことは許されなかった。



 そして、この国にある町外れの、お世辞にも綺麗と呼べない教会では、

 多くの孤児たちを引き取り共同で生活する教会があった。

 彼は騎士として得た給料のほとんどをそこへ寄付していたが、

 それでも、その教会で孤児たち全員が生活するのはやっとであった。

 逆に言うと、レクスが現れていなかったら、

 この教会はすでに存在が出来ていない。

 孤児たちもこうして暮らせていなかった。


 その教会でシスターとして勤めながら、ほぼ孤児たちの面倒を見ている女性。

 修道服に身を包む女性が訪れたレクスに話しかける。

 「こんにちは、レクスさん」

 

 「こんにちは、リースさん」

 レクスは修道服に身を包んだ女性に軽く会釈すると、封筒を取り出して手渡す。


 「……本当にいいんですか?いつもこんなに……」

 申し訳無さそうに、それを受け取るのを躊躇するも。

 受け取らなければ、自分だけと言わず、ここに居る孤児たち全員を殺す事にもなる。

 彼に甘えることが許されない事とわかっていても、その優しさに漬け込む以外に自分と孤児たちを無事に生活させることができない。


 「……いえ、いつもこれ位しか渡せなくて、出世してもう少し貰えるようになれるといいんですが」

 申し訳無さそうにレクスが言う。


 「……いえ、レクスさんには、言葉では言い表せない位の感謝を私達はしています」

 そう言って、本当に申し訳無さそうに封筒を受け取る。


 きっかけは、自分が召喚された5年前。

 神奪戦争なんてものとは関係無しに、ここの孤児たち、

 シエルと言う少女が見つけた魔方陣により、たまたまこの世界へと召喚され、

 何となくこの5年間を過ごすことになった。

 召喚された自分を彼らは戦士としてでは無く、1人の人間として僕に救いを求めた。

 ただ……生きる、生活できる場所を求めた。

 そんな彼女たちを守る、そうすることが自分がこの場に召喚された意味。

 自分が成す正義の意味だと理解してきた。


 そんな自分が今回は、神奪戦争なんて大それた舞台へと招待された。

 自分が負け、この世界に居られなくなれば、

 彼女たちはどうなってしまうのか……

 自分は彼女の為に誰かを殺めたり争うことができるのだろうか……


 わからない。

 わからないが、もしも自分が神に選抜されたせいで、

 国に彼女たちに危険が及ぶというなら、剣を取らねばならない。

 絶対に守らなければならない。



 「レクスぅ、来てたの?」

 急に誰かに手を握られたと思うと白い長い髪の女の子が、自分の横に立っていた。


 「シエル、うん今来たところだよ」

 汚れた服、所々汚れた顔……

 自由にお風呂に入ることもお洒落をすることも許されない。

 自分の不甲斐なさにその場で泣き崩れそうにさえなる。


 「れくすーっうんとね、シエル、今植物育ててるの?凄い?偉い?」

 目をきらきらさせながら、シエルが言う。


 「えーーっ、シエルが?凄いね!」

 少しワザとらしいくらい驚いて見せ、頭を撫でる。

 嬉しそうに笑顔になるシエル。


 「こっちだよ」

 レクスの手を引っ張り、そこへ誘導しようとする。

 恐らく、自分の手を握るために一度置いたであろう、ボロボロのジョウロを逆の手に取る。

 水が通わぬこの教会で、どこかでそのジョウロに入れるだけの水を懸命に探してきたんだろうか……

 そんな事さえ考えてしまう。

 そんな事を考えていると、いつの間にかその場に到着していて、

 懸命にシエルがジョウロの水を与えている。

 そして、その植物をよく見てみると……

 思わず青ざめる。


 それに気がついたのか、側に来たリースが、レクスへそっと話しかける。

 「シエルは自分が何を育てているのかは気づいてないんです」

 優しく笑っている。


 「観賞……見る事を楽しむだけの植物だと教えています」

 何かに一生懸命になっている彼女からそれを取り上げるのは……

 それはそれで酷な話だろう。


 彼女が育てているのは猛毒草。

 別名では復活草と言われているが、ただの猛毒の草で。

 人間の唾液と混じることで猛毒を発生させ、

 

 猛毒草が復活草なんて呼ばれるようになったのは、

 過去に意識の無い仮死状態の人間に、別の人間がこの毒草を変わりに食べその猛毒を口移しで飲ませたことで、その猛毒のショックで意識を取り戻したことにより、そう呼ばれるようになっただけで、その猛毒草を口移しした側の人間は変わりに命を落とし、口移しされた側の人間も一度命を吹き返しはしたが、長くは持たなかったと言われている。


 シエル自身、自分が懸命に育てている植物を食べたりはしないだろう。

 他の孤児たちも、リースさんがしっかり監視している。

 心配する事はない。

 自分は、この場所を懸命に守る。

 なんとしても、守るんだ。


 そして、来月もまたここに自分の少ない給料を寄付しにこよう。

 それが、自分ができる、彼女たちのために出来る、唯一の事だ。


 「自分が……ここを必ず守りますから……」

 思わず口にした台詞。


 「……はい、お願いします」

 2人で懸命に水遣りをするシエルを眺めそう言った。






△△△




 世界の中心地より少し北西の国 バレルバント。

 そこに、最後となる神に選抜されし者。

 薄紫色の髪におでこのあたりにゴーグルのようなものを被っている女性。

 

 ハレール・マッジーナと呼ばれる大盗賊。

 通称ハレと呼ばれ居て、世界の武器を集めて周る大盗賊である。

 彼女が収集する武器は数は知れず、

 彼女が所持する次元を操る道具で、その次元の狭間に、

 彼女のコレクションを隠している。

 ある一世一代の目的の為にこの武器を集めて周っており、

 たまたま滞在していたこの国で、彼女は選抜され、

 特にマスターにこだわりが無かった為、

 この国にマスターの権利を渡した。



 オーガニストにも着ていた、神の使いが着ており、

 ハレとバレルバントの王に、神奪戦争への選抜を告げる。


 「長かった……本当に長かった……坊ちゃん」

 ハレはここに居ない誰かに報告するように呟く。


 「本当にいいのですか?産まれた場所でもないこの国に貴方の権利を与えると?」

 神の使いがそうハレに尋ねる。


 「関係にゃいなーー、誰がマスターだろーがあたしには関係ないにゃーーー」

 コレクションの拳銃をばらばらに机の上で手入れをしながら、そう言った。


 「本当に、何の条件も無く我々にマスターの権限を渡すというのか?」

 バレルバントの王はそうハレに尋ねる。


 「いいよーー、あたしはさーーーっ大盗賊のハレ様なんだぜーーーっ」

 「神さんだか、なんだかしらねーけど、願い事1つで満足するかってんだっ」

 ケラケラと笑いながらハレが言う。


 「神への冒涜へと取れる発言は許さんぞっ」

 神の使いがハレにそう告げる。


 「黙れよっ」

 急に鋭い口調で、組みなおした拳銃を神の使いに突きつける。


 「私に指図できるのは、産まれてこれまでただ1人……」

 今にも引き金を引きそうな……表情で

 「それは、てめぇでも……まして、神さんでもねぇッ」

 陽気なようで、誰よりも心を閉ざしているようにさえ思える。

 いったい、誰のために何をしようとするのかさえ、

 きっと神にすらわからないのであろう。



 「さぁ……間もなく一世一代の大イベントだ……膨大に決めていこうぜぃ」

 まるで、1人で開催式を始めるように、頭上にその場にあったグラスを投げると、

 手にした拳銃の引き金を引いて、頭上からクス玉のようにパラパラと天からグラスの破片が砕け落ちる。

 そして、ハレの思惑通りに間もなく選抜者は全員で揃う。


 まだ、神の使いが、選抜メンバーの告知に出向いていない者も居るが、

 数日後……始まる神奪戦争。

 それぞれの思いが交差する中、

 各々の正義と戦う理由が交差する。


 勝者は1人、生き残るのは1組。

 選抜された者は、逃げることも許されない。

 


 「さぁ……始めようぜ、神さんよぉ」

 ハレはそう呟く。


 「……坊ちゃん、私が必ずこの物語を書き終えて見せますからね」

 そして、また誰かわからぬ何者かにそう呟いた。



 

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