第3話 犯人は、お前だ!


 四時十五分。出来上がった器を眺めて、職員たちはため息を吐いた。


「ねえ、なんとか形にはなりましたけど、絶対にばれますって」


 吉田の言葉は最もだ。器にはヒビが入り、あちこち欠けている。粉々になった部分があるのだ。まったく元通りというわけにはいかない。


「ねえ。どうするんですか」


 尾形は氏家を見る。こういう時だけ課長補佐として頼りたくなるものだが、彼は責任を求められる場面には脆弱だ。

 なにを言い出すのかと一同が見つめていると、氏家はポンと手を打った。


「これは仕方ない。緊急的措置が必要である」


 いつもにもなく真面目な回答に、一同は緊張した。氏家が親父ギャグを言わないだなんておかしい話だからだ。


「こういった場合、多くを守るためには、小さい犠牲が必要だ——」


「ぎ、犠牲?」


 隣にいた蒼は、ごくりと喉を鳴らした。


「そうだ。この中であみだくじで選ばれた者が犯人として名乗り出る。で、課長に叱責される任を受けるのだ」


「え~! そんなの嫌だ~」


 尾形は駄々っ子のように足を踏み鳴らした。だが、氏家は「しッ」と人差し指を口の前に立て、尾形を遮った。


「ただし! その任を受けた者は英雄である。みなはその者を讃え、来週一週間、一人ずつに昼飯をおごってもらう権利を得るというのはどうだ?」


 氏家の提案は食いしん坊の尾形にとったら魅力的である——とは言うものの。


「でも、やっぱり課長に目をつけられるのは嫌です~」


「だから、くじを選ぶ順番はじゃんけんという公平性を保つためのツールを使うのだ」


 ——じゃんけんが公平かどうかはわからないけどな。仕方ないよねぇ。


 吉田と蒼は感心したようにうなずく。高田もこくりと一つ首を縦に降った。——そうだ。ここにいる全員がこの氏家の提案に同意をしたのだ!


「よーし! 諸君、準備はいいかね?」


「ま、負けた人ですよね?」


「最初はグーですか?」


 おろおろと狼狽え始める一同を眺めて、吉田はなんだか腑に落ちない気持ちになった。



***



 水野谷の会議は思ったよりも長引いたようで、彼が事務所に姿を現したのは、定時も近い五時過ぎだった。吉田は緊張をした面持ちで、彼を待ち受ける。


「悪い、悪い。今日は随分長引いてねえ」


 水野谷は自分の鞄をデスクに載せた。それを合図に立ち上がった吉田は彼の目の前に立った。


「なんだ? 吉田」


「課長——すみませんでした」


 吉田は神妙な面持ちで頭を下げた。事務所内が静寂に包まれた。


 そうだ。あみだくじでババを引いたのは吉田だった。もうショックで立ち直れないくらい青ざめた彼だが、尾形に慰められた。


『こういう場合は、いつも問題を起こさない奴のほうがいいんだって。初犯だと許される部分ってあるじゃん? おれなんていつも怒られてばっかりだもん。おれだったら大目玉だよ』


 彼の言葉は慰めにもならないが……。高田にも言われた。


『来週、毎日昼食おごるからさ。な? 頼むよ~』


 頭を下げてから、星野がなんとか修復を試みた盆栽の器を両手で差し出す。星野の技術は優秀だが、どうしても欠けて紛失したものが見当たらない。なんとか原型は留めているが、ボロボロなそれを見て水野谷は固まっていた。


 ——やばい。めちゃくちゃ怒っているじゃん!


 「頑張れ」という必死の形相のみんなの顔が見える。吉田はじっと押し黙ってともかく謝罪しておいた。


 そのままの態勢でどのくらいいただろうか? ふと水野谷の雰囲気が変わったかと思うと、彼の声が下りてきた。


「そうか。わかった。……吉田。お前、日勤だろう? 話がある。一緒に来なさい」


 はったとして顔を上げると、時計の針は五時十五分。定時を回っていた。吉田はしぶしぶと荷物を抱える。事務所職員たちは気の毒そうな顔をしていた。


 いつも温厚な水野谷が黙り込むということは、相当なお怒りが想像できる。しんと静まり返った事務所内は気まずい雰囲気に包まれていた。


 ——これは、昼飯おごりだけでは割に合わないじゃないか!


「僕はもう帰りますよ。みなさんも帰るように」


 いつもとは違った緊張感のある声色に、彼の怒りが尋常ではないことが理解できた。ふと視線を上げると、高田が「ごめん」という顔をしていた。


「吉田。行くよ」


「は、——はい」


 お怒りモードマックスの水野谷の後をくっついて吉田は歩く。


 ——もう泣きたい。おれどうなっちゃうの? 話ってなに? 弁償しろとか言われるのかな……。それとも外に出て殴られる? まさかの暴力沙汰!?


 自分が辿るであろう最悪なシナリオを想定しつつ、吉田は泣きそうになって歩いた。

 水野谷は職員駐車場へは向かわず、そのまま道路を横切った。


 ——これはますますヤバイ! どこに連れて行かれるんだろ……。


 吉田はガタガタとなる膝を押さえながら、やっとの思いでついていった。


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