第2話 犯人は素直に手を上げなさい。
こういった細かい作業を得意とする星野だが、さすがにこの作業は時間を要する。土と陶器に分け、陶器だけを応接セットのテーブルに敷いた新聞紙の上に置く。お手本のないパズルを解くくらいの難易度の高さだ。
星野の隣に座った吉田や蒼も必死に繋がる場所があるかどうかと試行錯誤をしていた。尾形は手を出したいようだが、なにせ指が太い。先ほど、「お前がやるとせっかくくっついた場所まで壊れるからな。触るな」という星野からのお達しに、おもしろくなさそうな顔をして椅子に座っていた。
幸い、器はそう粉々というわけでもない。なんとかなりそうだと星野は言った。
その間、おじさん二人はぶつぶつと犯人捜しの話題になる。
「しかし、誰だよ~。こんなことした奴は」
「そうだそうだ」
「朝の掃除した奴は誰だよ?」
高田の言葉に尾形は反論した。
「おれですけどね。でも壊れてなかったですよ。多分——。それに壊れていたら課長が一番に気が付くでしょう?」
「それもそうだな」
「やっぱり、犯行時刻は一時から二時半までの間ですよね」
蒼のコメントに吉田は笑った。 新人である蒼はサスペンスドラマを良く見ているらしい。
「あのね。お前はサスペンスの見過ぎ」
「だって~……」
不満そうにしている蒼だが、吉田は「そうか」と思いついた。
「でも、そうしたら。その一時から二時半までの一時間半の間に課長の席の近くを通った人が犯人ってことですよね?」
「そういうことだな」
器を貼り付けながら星野が同意した。
「トイレに立ったのは氏家さんでしょう? 高田さんも出ましたよね」
「おれは第一練習室のエアコンの調子が悪いって言うからさ。見に行っただけだよ。別に課長のエリアに入ってないし」
「そういうおれだって、トイレにいっトイレ!」
氏家の必死の親父ギャグには付き合いきれない。吉田が冷たい視線をやると、彼は閉口した。
「後は——やっぱり尾形さんでしょう?」
「だから……いやね。確かにおれは太っていますよ。太って。だけど、課長のところの盆栽を割るほど鈍感じゃないです」
「え~。じゃあ、誰なんだよ? 割ったのは! つうーかさ。わかった。よし」
高田は「おほん」と咳払いをした。
「怒ったりしないからさ。いいか? みんなで目を閉じて、犯人は素直に手を上げなさい」
「なんだか小学校みたいですけど」
「いいから。さっさと瞑れ」
高田の指示に仕方なく。吉田は持っていた破片を新聞紙の上に置いてから目を瞑った。しかしふと思う。
「高田さんが犯人を知るってことですよね?」
吉田の問いに彼は「おれも目を瞑っている」と答えた。
——え! 嘘でしょう!? じゃあ誰が確認するの? 全員、目閉じてるんですけど!
「高田さん!」
「なんだよ~? 吉田」
「みんなで目瞑って、手上げたって誰が犯人か結局、わからないですよね?」
一瞬の間。
——もしかして、なにも考えていないとか?
「いいではないか。——挙手をすることで、自分への戒めとなるのだ」
「意味わかんねえし」
隣に座っている星野が怒り出す。
「あのねえ、高田さん。そんなくだらないことしてないで、こっち手伝って——」
「わかった! じゃあ一同。目を閉じて。『犯人だと思わしき人間を知っている奴は手を上げろ』」
「ねえ、無意味なことしてないで、手伝ってくださいよ!」
星野はかなりイラついているようだ。吉田だって同感だ。こんな無意味なことに時間を割くなら、器の修復に時間を費やしたい。
「あ、はい。すみません」
高田はしょぼんとしてしまったが、目の前の氏家は「なーんだ。無意味なの?」と残念そうに目を開けた。
「ってかさ。もっと現実見て? あのね。課長が帰って来るのって何時なの?」
「あ、そっか」
——なんで壊してもいないのに、こんなに苦労するわけ?
もう投げ出したい。素直にみんなで怒られればいいだけの話ではないか——そんなことを考えてしまうが、星野は止められないのだろう。彼の習性だ。壊れたものを見ると直す。ぐちゃぐちゃのものは整頓する。彼の性格がなせる業。
こうなってしまうと、星野はやり切るまで止まることはない。だったら、さっさと修復作業を終わらせたほうが賢明だと吉田は思った。
「えっと。今日の本庁での会議は四時半までですよ」
尾形の声に一同は一斉に時計を見た。もうすでに三時半を回っている。タイムリミットは一時間。目の前の器は半分しかできていない。
「もう、無駄口なし! こっからは本気だ」
星野の必死の形相に、さすがに氏家や高田も黙り込んだ。
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