第3話 GAGUが止められない



 並んでいる携帯電話(ガラケー)、電卓、名刺入れ、携帯用ゲーム、得体の知れない電子機器X ——。


 その中で一番に除外されたのは名刺入れだった。そして……。

 

「おいおい。今どき電卓を持っている奴なんていないだろう」


 氏家が次に目を付けたのは電卓だ。新品だなんて違和感だらけ。高田もすぐに同意した。


「そうですよね。今時はスマホに電卓入っているもの。しかもそんな先輩を顎で使うような女子が電卓とは繋がりませんよね」


 高田はそう言ってから目の前に座っている若い男に同意を求めた。ところが——彼は首を傾げた。


「え? スマホに電卓って……どういう意味なんですか?」


「キミ、知らないの?」


「若いのに。もしかして珍しくアナログなんじゃないの~?」


 あんまりからかっては可哀相だが、若者でも知らないことがあるということが高田にとっては嬉しい。つい、いつものクセで人の弱みに付け込みたくなる。


「スマホ苦手なんですよね。どっちかと言えば。おれの忘れ物だったらこっちが近い」


 彼はそういうとガラケーを持ち上げた。


「まあ、もちろん。これではありませんけどね。彼女はもっと最新のえっと……スマホ使ってます」


 若い子からそういった戸惑いが見られるのは嬉しいことだ。なんだか親近感を覚える。

 もしかして昭和生まれじゃないか? 

 年齢詐称か? 

 いやいや。彼の素性はよく聞いていなかったと高田は気が付いた。


「そう言えば、キミは大学生?」


 高田の質問に彼は、ガラケーを除外品のところに置いて笑う。


「そうでした。広瀬ひろせと言います。梅沢医大の四年です。医大の合唱サークルに所属しているもんで、星音堂せいおんどうにはよくお邪魔しています。事務室に来るのは初めてですけど」


「へ~、医大生か。医者になるの? すげえ! そんな~」


 もうすっかり氏家の親父ギャグに馴染んだのだろう。広瀬は爽やかな笑みを見せた。

 冷静な態度をとる彼は、医者向きなのかも知れない。頭のいい奴は順応性も高いのか。嫌な感じ! と高田は思った。


「あいつはよく電卓使っていますけど。ショッキングピンクの派手なの持っているんです。それに電卓なら一言『電卓』って言えばいいはずですよね」


 三人はいつの間にかなごんでしまっていた。なんの目的でここで談笑しているのかすら忘れかけたとき、ふと広瀬が声を上げた。


「あの。おれのことはいいんです。忘れ物——」


「あ、そうだったね。ってことは。携帯電話、名刺入れ、電卓は除外と」


 ——残ったのは、携帯ゲームとXか。


 高田はじっとその二つを見比べた。


「この機械はなんだ?」

 

 氏家はXを取り上げた。彼は最初からその物体に興味を持っているようだった。

 よくよく見ると、それは青色の鮮やかな塗装が施されていた。上下はわからないが、ある場所に穴が空いている。何か差し込む口のようだった。


「若い兄ちゃん……って言っても、キミはアナログだから分からないよね?」


「ええ」


 一番頼りになると思った若者がこれでは話にならない。高田と氏家は視線を合わせてため息を吐いた。


「携帯ゲームをするような子ではないので……」


「じゃあ、これしかあるまい」


 三人は残されたXをじっと見つめる。


「これは一体、なんでしょうかね? どうします? 氏家さん……」


 高田は青色のXを見つめて氏家に指示を仰ぐ。こんな親父ギャグ連発の彼だが、課長補佐だからだ。

 しかし氏家は「つかレタス」とか、「どうもすみま千円」とか、ぶつぶつと親父ギャグを羅列しはじめた。

 思考がショートしているのかも知れなかった。


「あ、あの。氏家さん?」


「こんにちわんこ蕎麦、コンドルの首がへこんどる、昼下がりの常務(情事)……。椅子に座っていいっすか? 胃炎なんて言えーん!」


「氏家さん!!」


 高田は慌てて氏家の両肩を掴まえて揺さぶった。すると、彼は「は」っと我に返ったように視線を戻した。

 目の前にいた広瀬は驚いてソファにしがみついている。きっと怖かったに違いないと高田は思った。

 

 氏家は真面目な顔に戻ったかと思うと、広瀬を真剣なまなざしで見つめた。


「ともかくだ。これを持って行ってみなさい。——もし違っていたら、またきてもらってもいいことだし」


「そ、そうですね……」


 広瀬は恐る恐るという雰囲気でそのXを手に取った。それを確認して、高田は「忘れ物ノート」を開いて広瀬に住所や氏名、電話番号を書かせた。


「ではこれを預かっていって、どうだったのか、ご連絡いたします」


「本当だったら委任状書いてもらうところなんだけどさ。まあ仮ってことで。もし本当に彼女のだったとしても、ご足労いただいていいですか? 書いてもらう書類あるからね」


「すみません。そうですよね——常識知らずで、すみません」


「いや。あのさ。正直に言うとね。一応、そうは言ったけどね。別に来なくていいよ。ね? 高田さん」


「そうそう。こんな使途不明のちっちゃい機械一つくらい、どっかいっても問題ないでしょう?」


「確カニ」


 氏家は両手をピースして「カニ」の真似をした。もう親父ギャグに慣れたのか、広瀬は苦笑いをしてくれた。

 お役所仕事とは融通が利かないものであるが、この二人にかかったら融通もへったくれもない。

 高田は水野谷がいない日でよかったと思った。どうせこんな使途不明の機械の一つや二つ、なくなったところでどうもしないだろうと判断したからだ。


「じゃあ、そういうことで。広瀬くん! ありがトゥ~!」


「ありがとうございました」


 広瀬は首を傾げてXを眺めながら事務室を出て行った。

 それを見送って氏家を高田は顔を見合わせた。


「あれで医者になるんですよね? 大丈夫なのか」


「さてねえ。後輩に用事頼まれているようではね……」


 二人は顔を見合わせて笑った。


「今日はいい仕事しましたね! 氏家さん」


「本当だよ~。もうギャグが湧いてきちゃったじゃないの。もう。おつカロリーだよ」


 背伸びをして深呼吸していると、遅番組の星野と尾形が顔を出した。




  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る