第2話 若いっていいね~。



 それから。三人がダンボール内の精査に要した時間は一時間。なかなか時間のかかる作業であった。それだけ忘れ物の数が多いということもある。


 星音堂せいおんどうには忘れ物が大量に発生する。日々の練習室、イベント時の大ホールなどに置かれているのだ。

 そのほとんどは重要なものでもないのか、取りに来る人は少ない。


 先日、吉田は遺失物ランキングをネットで調べていたところ、一位は証明書類、二位は有価証券類、三位が衣類・履物類、四位が財布、五位が傘だと言っていたのを高田は思い出した。


 しかし星音堂の場合に多いのは、衣類だ。練習中に脱いで置いていくというケースが多い。

 上着もあれば、ストール、帽子なども多い。他には楽譜、練習時に使用する物品が多い。他には眼鏡や筆記用具なども多く届けられる。


 置いて行かれて一番困るのが、食品関係だ。数日は保管するものの、結局は廃棄するしかない。

 もっと面倒なのは水筒だ。中身が入ったまま長時間の保管は恐ろしい。中身をきれいにして保管するという面倒が生じるのだった。


 そういったものを下手なイラストと突合しながら、やっとの思いで選別を終える。


 三人の目の前に残ったものは五つ。携帯電話、電卓、名刺入れ、携帯用ゲーム、得体の知れない手の中に納まるくらいの小さい機器。

 電化製品系はすべて電源が切れているので、使用できるかどうか、中を確かめることはできない。


 携帯電話はいわゆる「ガラケー」という旧式タイプのものだ。若者が持っているとは思えない。スマホの時代である。


 電卓はなぜか新品。袋に入ったままだ。

 

 ——電卓ってなんだよ!


 高田は首を傾げた。

 名刺入れは革製の使い古したものだが、中身は入っていない。よって誰のものかがわからない。


 ——名刺一枚も入っていないってどういうことだよ。


 携帯用ゲームは電源が入らないので、得体が知れない。

 そして、一番最後の更に得体の知れない手のひらに収まる小ささの物体……これは長いので仮にXと呼ぶことにしようと高田は心の中で決めた。


 Xの見た目は自分がベルトに装着している万歩計に似ているが、大きさ的に随分と小さい。氏家はそれに大変興味を示しており、ボタンを押してみたり、裏返して見たりしていた。


「こんなところだね」


 高田の言葉に、紙と物を比べていた氏家は頷く。


「そうだね~。なんだかよくわからないけど。この絵からすると、四角いものであることは確かだね」


「でも大きさはこれでいいのかね? もっと大きい四角だったりしないのかな?」


 高田の疑問に、男が答える。


「たぶん——大丈夫だと思います。実は、先週の明星オーケストラの定期演奏会を一緒に見に来た時になくしたみたいなんですよ。彼女、そう大きいものを持っていませんでしたから」


 「そっか」とうなずいたものの、高田は内心思う。


 ——彼女ってよ~。彼女かよ。だから必死なわけか。


「なになに? デートかい? これからもキミを(愛す)! なんちゃって」


「も、もう~。氏家さーん! とっても(素敵)!」


 二人で盛り上がりかけてからはっとした。目の前の男はきょとんとして固まっていたのだ。


「あ、いやね。やだな~。!」


「あはは。また、それ。もう口癖じゃないですか」


「……」


 高田は気を取り直してから、氏家を肘で突いた。


「も、もう。氏家さんったら! ねえ、キミ! この人はね悪気はないんだよ。気を悪くしないでね」


 公務員たるもの、苦情が一番困る。高田は男に必死に謝罪をした。しかし彼は大して気にもしていない様子だった。


「気にしません。あの。——見つかれば」


 ——そうでした。そうでした。探さなくちゃ。


 高田はこほんと咳払いをしてから男に尋ねた。


「ってことは、ここにある物の中にあるってことかな? なにか心当たりはないの? あのねえ。この絵。本当、悪いけど下手だよね。彼女だった? ごめんね」


 そもそも、この絵が悪いと高田は思う。もう少し丁寧に書いて欲しいものだ。この絵が元凶だ。というか出直してきて欲しいと思っていた。

 

 しかし氏家はそんなことは思ってもみないらしい。彼の探し物を見つけようと必死だ。


「その彼女は君の恋人なの?」


「違いますよ。彼女だなんて——ただの後輩です」


「そう。——ってか、なに? 先輩をお使い立てとは。今時の女子は本当に……」


 氏家の言葉に男は笑った。


「本当に。失礼しちゃいますよね。おれもそう思います。本当、年下の癖に生意気で」


「いまどきの若者は目上の人に対する礼儀がなってないんだよねえ。象だって怒った


 氏家の親父ギャグに男は失笑している。高田はもう無視することにした。氏家の親父ギャグそれに付き合っていると話が進まないからだ。


「うちの若手たちはマシですよ。氏家さん。みんないい子じゃないですか」


「それはそうだけどさあ~」


 どうでもいい話で盛り上がっている二人を他所に男は、物を取り上げる。


「まだ学生ですし。名刺とか持つようなものじゃないんですよね」


 男の呟きにはっとして高田は名刺入れを除外する。そうだ。こうやって地道に考察していくしかないらしい。


「消去法でいくか」


 氏家は張り切っているようで、嬉しそうに腕まくりをしてソファに座った。


 三人は応接セットに向かい合い、テーブルに置かれているものをじっと凝視した。





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