遺失物探します。

第1話 落とし物ありませんか?


 あれは、春が目前に見えてきた寒い日のことだった。今日の土曜日当番は氏家と高田。おじさんコンビだ。もう少しすると遅番の尾形と星野が出てくるはずだった。


「すみません。落し物したんですけど」


 昼前の事務室は静かだ。星音堂せいおんどうは、午前、午後、夜間と利用時間が決められている。開始時刻や、終了時刻の前後は、手続きのための利用客で混雑するが、それを避ければ静かなものだ。たまに、利用申し込みをしにくる人や、催しものの前売り券を購入しにくる人が顔を出すくらいなものだった。

 そんな中、若い男性の声は妙に響いて、氏家と高田は顔を見合わせた。


「はい?」


 まず高田が席を立ち、受付カウンターに向かった。カウンター越しに立っている男は大学生風だった。


「落し物ですか?」


「落し物と言うか、——忘れ物と言うか」


 高田と同じくらいの身長の高さで痩躯。飾り気のない地味な男だ。しかしやはり若さゆえか。二重だがそう大きくはない瞳は黒目がちで輝いて見え、生を謳歌しているように見受けられた。


 ——若いっていいよなぁ。


 高田はそんなことを考えながら男の様子を見ていたが、彼がポケットからクシャクシャになった紙を取り出したので、我に返りそれを覗き込んだ。


「こういうものです」


?」


 高田が受け取った紙切れには、得体の知れない物体が描かれていた。


「な、なに? なんです? これ」


 高田は困り果てて男を見たが、彼もまた眉間に皺を寄せて困惑した表情を浮かべていた。


「えっと。すみません。おれも、


「え!?」


 二人は顔を見合わせて紙を見下ろしていた。同じ心境だと言わんばかりの沈黙。すると、異変を感じ取った氏家がやってきた。


「どうしたんだよー。高田さん」


「氏家さん」


「すみません。面倒ばかりで」



 男は「恐縮です」と言わんばかりに頭を下げる。それを横目に二人から紙を受け取った氏家も首を傾げた。


「忘れ物だそうです。だけど、それがなんなのか、わからないそうですよ」


「わからないってさあ。う~ん、わけワカメ!」

 

 氏家は密かに駄洒落を口にしたが、相手の男には届いていないらしい。彼は相変わらず申し訳なさそうに説明を始めた。


「知り合いに頼まれてしまったんですけど。なんだか詳しく聞いている時間がなかったもので。もともと、騒がしい奴なんですよ。紙に『こうで、ああで、こうで』って書いたかと思うと、押し付けられてしまって、『よろしくお願いします』だなんて。本当に失礼なんですよね」


 気の弱そうな男だ。きっとパシリにされたに違いない。しかし、「わからないものを頼まれてくるなよ」と高田は思った。面倒だという気持ちは拭い去れないが、こうして来られてしまうと無碍にもできない。自分たちは役所職員なのだ。ここでつっけんどんな対応をしたら、本庁に苦情が行きかねないと思ったのだ。


 なんとかこの得体の知れないものを発掘しなくては——。高田は誰もいない事務室を横切ってから、物品をしまっておく倉庫に向かった。


 ——見つかるといいんだが。今日は氏家さんと親父ーズ二人組だろう? 若者の遺失物なんてわかるかな……。しかもあの絵。下手過ぎんだろう。絵が下手なくせによく絵で表現しようなんて思うもんだ。まさか、上手いと思ってんのか!?


 高田は少々不安を覚えた。あの男の知り合いと言うことは紛失者も若者に決まっている。と、言うことは、遺失物もきっと若者が持つものだろう。


 ——こういうとき、蒼や吉田がいるといいのに。まったく。タイミングが悪い。


 高田は薄暗い倉庫から大きなダンボールを取り出すと、それを抱えてカウンターに戻った。カウンターでは氏家が男となにやら話をしていた。


「ちょっとここでは狭いかな?」


 氏家の言葉に、高田はダンボールと男を連れて応接セットのところに向かった。どうせ大した事務所でもないのだ。一般人を中にいれても問題はない。


「随分たくさんあるんですね。忘れ物」 


 氏家の持っているダンボールを眺めて男は驚いている様子だった。


「そうなんだよ。まあ連日のように大勢の人が出入りするからね。常連さんだと、すぐに顔を出してくれるけど、ただ演奏会を聴きにきた人は、わからず仕舞のことが多いんだよね」


「そうなんですか」


「いつまでもこうして保管していると膨大になるから。結局、半年から一年くらいしたら処分しちゃうことも多いんだけどね」


 高田の説明に男は頷いて聞いていた。その間、高田と氏家はダンボールの中をがさごそと漁る。


「じゃ、目ぼしいのを見つけましょうか」


「すみません」


 高田と氏家はダンボール内を物色し、男の持参してきたメモを照合する。そしてイラストのイメージとは明らかに違うものを取り除いていった。


 ——すぐに見つかるといいんだがな……。


 しかし日ごろの行いが悪い高田は、不安しかない。ただの遺失物探しなのに、これはなんだか難航しそうな気がしてならなかったのだ。







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