第2話 恋のトライアングル



「ねえ、尾形くん。いつならお時間あるの~? ここは月曜日がお休みだから月曜日ならいいのかしら? もう、つれないわね。話はぐらかさないでよ!」


 空調設備の調整のところで手間取っているふりをしていると、後ろからマダム橋本の声が響く。勘弁して欲しい。本当に泣きたい。

 しかもマダム橋本の隣にいたマダム羽田が「んまあ!」と声を上げた。


「尾形さん。羽田さんとお茶するんだったら、私たちともお茶してくれるわよねえ?」


「い、え? ——ええ? あのねえ。——えええ?」


 もう言葉にならないとはこのこと。ラスボスの前の長いダンジョンを抜けたと思ったら、魔王城がダンジョン化していたというくらいの衝撃。もう回復する薬草ないよ? おれ。品切れですよ。


「なに言っているの。橋本さんとお茶したってつまらないでしょう? 私たちとお茶しましょうよ」


「んま! なによ! つまらないなんて失礼だわ」


「あらそうかしら? つまらないものはつまらないんですよ。特に


「なによ~! 羽田さん! ちょ、あーた。本当に失礼極まりない方ね!」


 二人は睨み合った。どうしてこんなことになっているんだろうかと呆然と立ち尽くしかない。


 おれはなにかの罰を受けているのか?

 これはなにかの嫌がらせなのか?

 なにが悪くておれはおばちゃん連中の獲物にされているんだ?


「どうするの? 尾形くん!」


「どっちとお茶するって言うのよ! 尾形さん!」


 ぼんやり二人の言い争いを見ていたが、いつの間にか二人はおれに詰め寄ってきたので我に返った。

 こんなモテ期いらねえ。いらねえぞ! おれが決めないとダメなの?


「尾形くん!」


「尾形さん!!」


 もう言葉に詰まって狼狽え感半端ないおれは、どうしたらいいのかわからない。この世に神など存在しないのだ。おれは見捨てられた——と思っていると、事務室の扉が開いた。


「いやあ~。今日は暑いですよ。尾形さん……あれ?」


 ラウンドから帰ってきた吉田は懐中電灯を顎の下に当ててお化けの真似。本当だったら「こえーよ。やめろよ」って言って欲しいんだろうけど。事務所内のおばちゃん二人のデットヒートにそんなくだらないものは相手にされるわけもない。逆に彼女たちの逆鱗に触れたようだ。


「なにこの頭悪そうな子」


「本当に。バカにしているのかしら」


 ——吉田ぁ~! 空気読めよ、空気をよお!


「な、なに? どうしたんですか?」


 懐中電灯を落としそうになりわたわたとしている吉田に彼女たちは詰め寄った。


「ねえ、そこの頭悪そうな子。私たちのほうが尾形くんとお茶をするのにふさわしいと思わない?」


「なに言っているのよ、橋本さん! ねえ、キミ。えっとなんて名前? 山田だっけ? ねえ。尾形さんと並んで絵になるのは私たちよね!」


 もう一体なんの話か訳がわからない。吉田は名前を間違えられたうえに、頭悪そうな子なんて言われて不憫で仕方がない。しかも化粧の匂いをぷんぷんさせている二人に迫られてなされるが儘だ。


 ——ああ。男って言うのは、弱い生き物なんだな。


 もう女性に詰め寄られると、どうしたらいいのかわからないのだ。

 現実もそうだ。妻が怒り出すとおれは黙るしかない。黙ってやり過ごすのが一番だと心得ているからだ。弁が立つ女のほうが所詮上。女性に口先で勝てるわけがないのだ。


 マダムに押しつぶされそうになっている吉田は助けを求めるかのように手を差し伸べてくるが、それを掴むことができない。


「どういう? ——どういうことなんですか! 尾形さん」


「さあな。見ての通りだ——」


 そう。。それ以上もそれ以下もないということだ。


「ちょっとはっきりしなさいよ!」


「なによ! 男のクセにもごもごしちゃってさ」


 今度は吉田が怒られている。なんだか可哀相だけど仕方がない。おれからのとばっちりだ。しかと受け取ってくれ後輩よ。

 おれは吉田に手を合わせて深々と頭を下げた。その意味を悟ったのか、吉田はぶ~っと頬を膨らませた。


 ——仕方ねーだろう。こういう場合、犠牲ってもんが必要だ。勇者はな。犠牲の上に成功を治めるのだ。犠牲になった友への思いを糧として……。


 しかし吉田という男は転んでもただでは起きないしたたかさを兼ね備えていたことを忘れていた。彼は「そうだ!」と明るい声で叫んだ。その声に、マダムたちは少々怯んだようで、彼を責め立てることを中断した。


「おれにいい考えがありますよ。お二人とも」


「なによ」


 マダム橋本とマダム羽田は顔を見合わせてから吉田を見つめる。おれも彼がなにを言い出すのかと黙って見守った。吉田は腕組みをして二人に説明を始めた。


「尾形さんは一人ですので、二十四時間独占ってわけにもいきません。で、どうです? 月曜日の定休日。今週は羽田さん。来週は橋本さんがお茶をするってことで」


 ——なんだそれ! おかしな提案をするなよ! 吉田! それじゃおれの休みが。


「あら、いいわね。羽田さんが先って言うのが気に食わないけど。あいにく、今週の月曜日は外せない用事があるんですよね」


 マダム橋本は愉快そうに笑う。そしてマダム羽田も。二人は仲が悪かったくせに、タッグを組むとなると最強らしい。お互いに視線を合わせて嫣然えんぜんたる笑みを見せた。


「賛成だわ。——どう? 尾形くん」


 ——どうって。これは断ると言う選択肢は皆無だ。受けるしかないだろ!

 

 吉田の提案で丸く収まりそうな雰囲気なのに、ここでおれが断って雰囲気を壊すことはできない。吉田の奴めと苦々しく思っても、もう取返しはつかない。


 ——恨むぞ!!


 彼奴きゃつを睨んでやるが、吉田はそ知らぬふりをして懐中電灯を片付けに行ってしまった。


「決まりね」


「尾形さんは、


「協定成立ね」


 ——なんの協定だっ! おれは取引の道具かよ!


 抗議してやりたいけど、満面の笑みの二人を見るとどうしようもない。がっくりうなだれて、テーブルに手をついた。


「じゃ月曜日ね~。尾形くん」


「私も連絡するわね~」


 吉田が勝手に献上しやがったおれのプライベートスマホに勝手に電話帳登録をした二人はにこやかに事務室を出て行った。


 ——だから嫌いなんだ。おばちゃん連中は!



 人類はおばちゃんには勝てないのである。人類のラスボスはおばちゃんだ。勇者メタボの完全敗北であった。



—メタボvsおばちゃん 了—

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