第4話 Xの正体



 あれから——高田は広瀬という男が忘れ物を探しに来たことなど忘れてしまっていた。まあ彼にとったら、その程度の話だっということだ。ところが、休み明けの火曜日。高田は吉田の机の上に放置されているモノを見つけて声を上げた。


「ああ! これ! 氏家さん! これ……っ!」


 今日は珍しく全員事務所にそろっていた。そんな中での高田の声は妙に大きく響いた。それを見て吉田は迷惑そうに高田に文句を言った。


「なんです~? 急に……高田さん」


「どうした? 高田」


 あまりの騒ぎ様に名を呼ばれた氏家をはじめ、水野谷、尾形、星野、蒼は吉田の机に視線を向けた。


「これ。この前、忘れ物取りに来た子が持っていった使途不明の物体X!」


 高田は吉田の机の上に置いてあるXと同型の機器をつまみ上げた。


「おお、それは……土管の中でどっかーん」


 おじさん二人組にいじられて、吉田はぶうと頬を膨らませた。


「失礼ですね。使途不明なんて。知らないんですか? これ」


 バカにしたように目を細める吉田の横で、尾形もニヤニヤと意地の悪い笑みを浮かべていた。


「これはLポッドって言って音楽を聴くものですよ。高田さんたち、知らないんですか~?」


「こんな小さいのに? なに? CD? テープ? え、МDエムデー?」


 氏家はと高田は驚愕して視線を合わせた。


 ——こんな小さいのに、どこに音楽を入れるんだ?


 裏返して見ても仕組みがわからない。確かに裏には、イヤホンジャックみたいに穴が開いている。それはそういうことだったのかと高田は理解した。


「今時ね。スマホで音楽聞けるから、こういうの持つ人少ないみたいですけど。おれは好きなんですよ。小さくて。スマホをポケット入れたりするより便利ですしね」


「そうそう。もっといいヤツになるとブルートゥースでワイヤレスイヤホンも使えるしね。吉田のは旧式だろう? お前、よくこんなの使ってんな。物持ちいいのな」


 星野の説明に至っては、氏家と高田には外国語みたいに聞こえる。


「お前たちの言葉がわかんねえ」

 

 二人の反応があまりにも気の毒になったのか、星野は丁寧に説明してくれた。


「ですからね。音楽データはデジタルの時代なんですよ。この中にパソコンに入っているようなメモリがあって、そこに音楽を記憶させるんです。だから、これだけで曲が再生できるってわけなんです。こんなに小さくても何千曲って入るやつもある」


 彼の説明におじさん二人は感嘆の声を上げた。


「なんと」


「時代はそこまできたのか……。水野谷課長は知っていましたか?」


 同じ親父仲間だ。きっと——とは思ったものの、水野谷は苦笑していた。


「娘がそういうの使っているんで。さすがにわかりますね」


「がちょーん」


 氏家は落胆の顔色。高田もなんだか寂しい気持ちになった。こうして親父たちは時代の波から取り残されていくということだ。肩を落とすと、吉田のLポッドが床に落ちた。


「わわ。それ高いんですから! 丁寧に扱ってくださいよ! 壊したら弁償ですからね!」


「え? 高いの?」


「数万しますよ」


 吉田の言葉に、高田と氏家は顔を見合わせた。物体X——。使途不明なんてバカにして気軽に渡してしまったが、高価となれば話は別だ。


「大丈夫でしょうか。あれから連絡来ませんよ」


「新手の詐欺だったりして——」


 なんだか不安になってきた高田は、事務所内がLポッドの話題で盛り上がっている中、忘れ物ノートを倉庫から出してきた。それから広瀬と言う男に連絡をすることにした。受話器を持ち上げて、番号を押していると——。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る