第3話 巣箱と女の子


 中庭は四方から景観を望めるようにガラス張りになっている。正面玄関のある東面と、その向いの西面は足元から天井までのガラス張り。南北面は廊下が伸びているため、腰高のガラス張り窓になっている。


 西面にはちょっとしたスペースがとられており、テーブルと椅子が設置されていた。しかし、こんな特殊なホールのその場所で寛ぐ人は少ない。星音堂せいおんどうに用事がある人間は、大抵が練習室やホールの利用者なのだ。寛ぎのスペースで時間を潰す人がいることに驚いたのだった。


 あおがじっと彼女の視線を向けていると、星野も手を止めた。


「どうした」


「え。あの。そこの女性——」


 そこまで言ってからはっとする。先ほどまで女性が座っていたと思ったのだが……。そこには誰もいなかったのだ。


「なんだよ? なんな訳? おれのこと驚かそうとしてんの? この蒼猫あおねこ


「違いますよ。別にそんなんじゃ……」


 確かだったはずだが、人間の記憶ほど曖昧なものはない。蒼は自信がなくなってしまって口を閉ざした。


 星野は一息吐くと、そのまま蒼を見た。


「オイオイ。ナンパとかすんじゃねーぞ。職員の素行を疑われる」


「ち、違いますよ。そんなんじゃ」


「お前、彼女もいねーもんな。まあ、いんじゃねえか。ちゃんと彼女の一人くらい、いないとつまんねーし。っつかさ。彼女いたことあんの? 


 失礼な言いぐさだが、半分は事実なので大きな声で抗議もできない。


「い、いましたよ。いました」


「過去形だろう?」


 星野はにやにやとする。なんだか悔しい。


「そう言っている星野さんこそ、彼女いないじゃないですか」


「うるせーな。生意気言うんじゃないよ。本当に。おれは独身貴族を楽しんでんだよ」


「また、そんなこと言って。自分のことは棚に上げるんだから……」


「できた!」


 どうでもいい会話をしているというのに、星野は手早い。もう鳥小屋を組み立てたらしかった。


「早い。そして、可愛い」


 三角の赤い屋根。白い本体には、丸く小さい穴がくりぬかれていた。


「小さくないですか?」


「スズメ用だ。でかいとシジュウカラが入っちまうからな」


「シジュウカラ……。なんだ。星野さんもスズメが好きなんじゃないですか」


「おれは、ちっさいもんが好きなの。別にいいじゃねーか」


 ——素直じゃないんだから。星野さんって。


 口は悪い。態度も横柄。でも、心が優しいってこと、よく理解してきた。星野という男は、ともかくいい人だ。


 針金で木に括り付けられた鳥小屋は小さいが、パッとあたりを明るくした。


「いいですね」


「だろう?」


「星野さん、できたんですね」


 吉田が感嘆の声を上げながら中庭に出てきた。


「お前さ、終わった頃にくんなよ」


「仕方ないじゃないですか。遅番で今出勤してきたんですよ。——それにしても素敵ですね」


 三人で鳥小屋を眺めていると、ふと先ほどの女性が気になって視線を戻す。


 ——やっぱりいない。


 蒼は首を傾げてから鳥小屋に視線を戻した。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る