第2話 夏の昼下がり


 


 季節は夏真っ盛りだった。


「暑い~……、暑い~……」


 斜め前の席で団扇を片手に、呪文のように唱えている尾形に視線をやる。太っているせいか、汗をものすごくかいていて、見ているだけで暑苦しいという表現が適切であろうか。

 尾形の隣にいる吉田は、迷惑そうに彼に視線をやった。

 彼は遅番で出勤して来たばかりで、余計に暑さにやられていたらしい。やっとの思いで涼しい事務所にやって来たというのに。目の前で尾形がこれでは文句も言いたくなるのだろう。


「もう、いい加減にしてもらえませんか? 尾形さん。その尾形さんのしぐさひとつひとつが暑苦しいんですよ」


「う、うるさいねぇ、本当にこの子は……。なに生意気言っちゃってるのかしら?」


 お姉さん言葉の尾形は吉田に悪態を吐いた。それを見て氏家が口を挟む。


「おいおい、お前ら二人が暑苦しいんだよ。暑いと言っちゃうけどさ!」


 氏家の親父ギャグは室温を下げてくれるのだが、やはり言われた方は辛い。いつもなら、高田が笑い飛ばしてくれていい感じに収束するものだが、彼は遅番でもう少ししないとやってこない。

 あおと尾形は顔を見合わせて苦笑いするしかなかった。


「まったく……星野なんて見てみろ。真面目に仕事しているぞ」


 氏家につられて視線を向けると、星野はこの猛暑の中、中庭で何やら工作をしている最中だ。


「おれ、手伝ってきます」


 蒼は立ち上がり、事務室から廊下を横切って中庭へ続く扉を開けた。いくら室内が暑いとはいえ、外はもっと暑い。木陰も手伝って、直射日光はないものの、やはり外に出ただけで額に汗がにじんだ。


「星野さん、手伝いますよ」


「おう。蒼。すまねえ。ちょっと、ここ押さえていてもらえると助かる」


 星野は首に巻いたタオルで額を拭ってから、「ちょうどいいところに」と嬉しそうに顔を上げた。


 星野の目の前には木材の板が数枚。正方形だったり、丸くくり抜かれたり……。一体に何を作っているというのだろうか。


 蒼は目を瞬かせてから、星野の指示した木の板と木の板を合わせて地面に置いた。


「いいね。助かる」


 彼はそう言いながら、板と板を丁寧に釘で打つ。


「なにができるんですか」


「見ればわかんだろう?」


「わからないから聞いているんですよ。星野さん」


「お前さ。なんだか最近、ちょっと生意気じゃねーか? 吉田に中てられたんだな」


「どういうことですか」


「いやいや」


 釘を打ち終わると、彼は傍に無造作に置かれていた一枚の紙を蒼に渡した。それは設計図のようなもの。そして、中に描かれているのは……。


「鳥の巣箱?」


「当たり。この木にさ。巣箱でもくっつけようかと思って」


「え?」


 巣箱。


 蒼は中庭の中央に位置する大きな木を見上げる。この木はけやきだ。欅は下枝が少なく、木陰を作ってくれる都合の良い種類だと星野の説明を思い出した。そのため、あちこちの市街地には、欅が植えられていることが多いとも。乾燥に弱い種類らしいが、湿度の高い梅沢市ではその心配はない。


「確かに、いつも鳥が来ていますよね。あれ、なんだろう?」


「ここに来る奴は、ムクドリとかシジュウカラが多い。最近はめっきりスズメは減っているからな」


「ああ、スズメ。可愛いですよね。小さくてチョコボールみたい」


 作業をしながら星野は笑った。


「お前さ。尾形の見るものなんでも食べ物化症候群? スズメを見て、チョコボールってねーし」


「え、そうでしょうか。確かに。ここのところ、お菓子には詳しくなりました」


「あいつに感化されんなよ。あんまりのめり込むと、奴みたいになんぞ」


 蒼はでっぷりとした尾形のお腹を思い出してから、首を横に振った。


「気を付けます」


「だな」


 じりじりと暑い日差しは、欅の木陰で少しは和らぐのか……。星野の作業のサポート役はそう忙しくはない。ふと視線を向けると、玄関側から、中庭を挟んだ向かい側のガラス張りのところに女性を一人認めた。




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