第29話

竜の討伐から帰ってきたシシリーを出迎えたのは、メーリスだった。


「おかえりなさいませ、シシリー様。これからパーティーを開きますの。シシリー様もぜひいらっしゃってください」


 メーリスの言葉に、シシリーは頷くしかなかった。


 王族の言葉だったからだ。


 だが、シシリーはダンスなど踊ったことがなかった。


「教えるか?」


 シシリーに尋ねたのは、センだった。


 センは王都で取った宿にはいると、シシリーにダンスの手ほどきをする。センはシシリーの手を取ると、自分の腰にシシリーの手を回させた。そこから揺れるようにステップを踏む。


「ダンスなんてのは、だれでも踊れるもんなんだよ」


 揺れる、セン。


 それに合わせて揺れる、シシリー。


 足を踏まないようにステップを踏めば、センは「もうちょと大胆に踏み込んでいいんだぜ」と笑う。センの言葉に、シシリーは頷く。シシリーは大きく足を開き、遠心力に従ってセンを振り回した。


「うわぁ!」


 センは驚き、目を見開く。


「そんなに人を振り回すなよ」


 シシリーは、また小さく優しいステップを踏む。


 センは、笑った。


「そうだよ。そう。そうすればいいんだ」


「君はすごいな」


 シシリーは感嘆のため息をついた。


「どうして、ダンスなんて踊れるんだ」


「前にちょっとな」


 センは、シシリーから離れる。


「ほら、これで本番は大丈夫なはずだ」

 

 本番は、センの言う通りだった。


 シシリーはメーリスの前で、軽やかにステップを踏むことができて彼女から称賛を受けた。これもセンに習った通りのことをやっただけなので、彼が褒められないことがシシリーには不服に感じられていた。


「よかったじゃないか、シシリー」


 センは、シシリーに飲み物を持ってきてくれた。


 メーリスとのダンスに緊張していたシシリーは、その飲み物を一気に飲み干した。

「教師がよかったおかげだよ。セン、君はどこでダンスを覚えたんだい?」

 気になっていたことを、シシリーは尋ねた。


 センが彼の教えたダンスは上流階級でも通じる上品なものばかりだった。普段は田舎の森に住んでいるセンが、教養で学ぶとは思えないものだ。


「俺にも色々あったんだよ」


 センはそう語った。


 曲がゆったりとしたものに変わる。


 シシリーは、微笑んだ。


「この曲は好きだ」


「趣味が良いな」


「ゆっくりだから、揺れているだけでいい」


 その言葉に、センは笑った。


「たしかに、そうだな。……俺は、冗談抜きでこの曲が好きなんだけどな」


 センは、曲を口ずさむ。


 シシリーは、その曲を目をつぶりながら聞いていた。

「きゃあ!」


 夫人の悲鳴が聞こえた。


 見れば男が刃物を持っていた。


「魔族だ!魔族が入り込んでいたぞ!!」


 城の兵士たちが、集まってくる。どうやら招待客のなかに魔族が混ざっていたらしい。シシリーは剣を構えようとしたが、持っていなかったことを思い出した。


「下がってろよ」


 センが前に出て、シロを呼ぶ。


 魔術使いの最強の武器は杖である。だが、杖がなければ戦えないというわけではない。シシリーは、そのままセンがシロを操って魔物を倒すと思っていた。


 だが、シロは威嚇の声を上げるだけである。


 攻撃するようなそぶりを見せない。


 それはまるで、センが人間を相手にしているときと同じ光景に見えた。


「セン……まさか君は?」


 シシリーは、はっとした。


 魔術は、同族には効かないということを。


 魔族がセンに向かって走ってくる。シシリーは咄嗟にセンを庇い、魔族の頭を掴んだ。そのままあらぬ方向に首を捻じ曲げ、魔族を絶命させる。あっという間の出来事に、周囲はシシリーに惜しみない拍手をささげた。


 だが、シシリーにはその拍手が聞こえなかった。


 それぐらいに、彼はセンのことを見つめていたからだ。


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