第21話
子供は――少年は――タリオンを守れることはできなかった。
それどころか死に目にすら会うことを許されなかった。
弱い少年は、一番大切な魔王を守ることができなかったのだ。
●
異世界から帰ってきたシシリーを出迎えたのは、むすっとした顔をした男の子だった。その男の子はいかにも育ちなよさそうな恰好をしている。柔らかそうな金髪には緩いウェーブがかかっていて、毛並みのいい猫みたいだった。
まだ十歳ぐらいの幼い男の子だ。
「お前がシシリーか。泉のなかでなにをやっているんだ」
いましがた別次元の世界を救ってきたばかりです、とは言えなかった。シシリーは黙って、泉の中にはいっていた。
「こんなやつがメーリス様の許嫁だなんて」
男の子は言い捨てる。
「おまえ、名前は?」
センは、男の子に名前を尋ねる。
「俺は、ラム。シレアレス家の長男だ」
シレアレスは国の有力な貴族だ。
シシリーのことがなければ、メーリスの許嫁になっていてもおかしくない家の子である。ただ年齢が幼すぎる。
「シレアレス家の方がどうされたんですか?」
シシリーは泉から上がると、ラムと視線を合わせるために屈んだ。だが「はくしゅん」とくしゃみをする。長く泉に使っていたせいで、体が冷えてしまったようだ。
「しかたがないな。ファイヤ」
センは呪文を唱えて、炎を出現させた。
その炎は、シシリーの体を温める。
その温かさにシシリーはほっとした。
「さすがはセン。あったかいよ」
シシリーは体が乾くと、改めてラムに向き合った。ラムはやっぱり幼い男の子で、シシリーは貴人として彼を扱うよりは子供として彼を扱ったほうが相応しいのではないかと考えた。
「サム様、どうしてこんなところにいらっしゃるんですか?」
シシリーが尋ねると、ラムは胸を張って答える。
「メーリス様の許嫁が本当にお前で相応しいのかを見に来たんだ」
ラムの言葉に、シシリーは驚いた。
「許嫁って……」
「あー、話が広がってんだな」
センは笑う。
シシリーのメーリスの結婚話がどこまで進んでしまっているのか分からないが、子供が知っているほどに話が進んでしまっているのならばシシリーはまずいと思った。
「お父様が離しているのを聞いたんだ」
その言葉に、シシリーはほっとした。
だが、どうにか婚約の話をなかったことにしなければならないと思った。
「メーリス様の結婚相手はこのままいけば、シーリスになる。だから、僕はおまえが相応しいかどうかを見に来たんだ」
ラムの言葉に、シシリーは顔を青くする。
「私は、婚約者に相応しくないよ」
もしも相応しいとしたら、それはセンであろう。
彼は選定の剣も引き抜いている。
誰も信じてくれなかったが。
「でも、周囲は相応しいと思ってるんだよな」
センは、他人事のような顔をして笑う。
「魔王を倒してるんだし、褒美として姫さんをもらっちゃえばいいのに」
センの言葉に、シシリーは首を振る。
「いやだよ。田舎暮らしができなくなる」
それは、シシリーの本心からの気持ちだった。
シシリーは、田舎でのんびりと暮らしたいのだ。
それが望なのだ。
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