第16話

 優しい技術、と子供は魔術を称した。


 誰も傷つけることができない技術では身を守ることはできない、とタリオンは言った。

 誰も守ることもできない、とタリオンは言った。


 それでいいのだ、と子供は言った。


 商人たちは新たな商品を仕入れてきた。


 それは奴隷だった。


 獣人を表す獣の耳や尻尾を付けた人型の魔獣。それが獣人である。センは、鎖で繋がれた獣人を不思議そうに見ていた。


「セン、獣人を初めて見たのかい?」


 シシリーが尋ねるとセンは頷いた。


「ああ、田舎では見ないからな」


 センの言葉に、シシリーは納得する。


 奴隷は比較的高価であるので、田舎で使役するような人間はあまりいない。都会であれば下働きで働いている姿を見ることもあるが、それもたまにである。多くの奴隷は金持ちの家に変われ、そこで家事などの仕事をするのが普通である。


金持ちにとって奴隷をどれだけ侍らせているのがステータスであるから、外部の仕事をさせるのは珍しい。そのため奴隷という商品はあっても、表にはなかなかでないものでもあるのだ。


 センは、獣人の容姿をしげしげとみていた。

 彼が興味を示したのは、小さな女の子の獣人である。おそらくは親から無理やり離されたのであろう。檻のなかで、ずっと泣いていた。


「くそっ。こんなにめそめそした奴隷なんて売れるのか」


 商人たちが、泣いている少女にいら立つ。


 その苛立ちに少女が怯える。


 そんな悪循環の中で、センは奴隷の檻に手を入れた。檻の扉を開けたのではなく、檻の隙間から手を差し入れて彼女の頭をなでたのだ。シシリーは噛まれたりでもしたら、どうするのだろうかとハラハラしながら見守っていた。奴隷の獣人はしつけが不十分な際には、相手を噛むことも珍しくないのだ。


 少女は、センの手にすら怯えていた。


 そして、シシリーが予想舌通りに彼の手に噛みついた。


「いてっ」


「セン!危ないことは止めろ!!」


 すぐに手を引っ込めるように、シシリーは彼に言った。だが、センは手を引っ込めることはせずに、そのまま奴隷の女の子の頭をなでた。


「シシリー、こいつは怯えてるだけだ」


 センは、そう言った。


「お前は、俺によくこうするだろ」


 女の子の頭をなでながら、センは言う。


 それは親愛の情を表しているのだとシシリーは思ったが、センも同じなのだと気が付いた。センも女の子の頭をなでて、親愛の情を表しているのだ。


「いい子だ……いい子」


 センは、歌い始めた。


 それは聞いたことがなかったが、子守歌のようだった。優しいリズムの曲に、奴隷の目じりが徐々に下がっていく。奴隷が泣き止むと、やはりシシリーはセンはすごいのだと思った。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る