第15話
タリオンは、子供にどうして魔術を学ぶのかを尋ねた。
子供は答えた。
魔術は誰も傷つけない優しい技術だから、と。
●
シシリーたちが貴族の館につくと、さっそく行商人たちが商品をとっておきの商品を館のなかに運んでいった。珍しい布や香料といった貧乏人には見せないものが、館のなかに運び込まれる様は圧巻であった。だが、そのなかにはセンが作った薬も混ぜられており、彼の作ったものの信用に高さにシシリーは舌を巻いた。
なんでもこの館に住む貴族の娘は病弱で、買い物にも自身でいけないほどだという。だからこそ、家に様々な商人が出入りしているのだろう。見れば、若い娘が好きそうなものが多いとシシリーは思った。
シシリーたちも一緒に館に入ると、そこは豪勢な作りになっていた。商人たちがさまざまな商品を広げているので、余計にそう思えるのかもしれない。シシリーたちが感心していると、家の娘がやってきた。
銀髪の少女は、美しい顔立ちをしていた。だが、顔色は悪く、痩せ細っており、いかにも体調が悪そうだった。少女は何度も辛そうな咳を繰り返していた。
「すみません……わたしの体が悪いばっかりにわざわざ来てもらってしまって」
娘はそういうが、商人は高額な商品を購入してもらえそうな予感にうきうきしていた。シシリーはそれを見ながら「商人だな」と考えてしまう。だが、娘の方は申し訳なさそうだった。
「私も他の人と同じようにお店にお伺いしたいです……」
その様子を見ていたセンは、シシリーに耳打ちする。
「シシリー、ちょっとあの薬じゃ女の子はあんまり良くはならないよ」
その言葉に、シシリーは驚いた。
「本当か?」
「うん。あの薬は咳とかを抑える軽い風邪薬みたいなものだから。もっとひどい咳には効かないんだ。今から、材料を集めに行きたいんだけど手伝ってくれる?」
センの言葉に、シシリーは頷いた。
「もちろんだ」
シシリーたちは、薬の材料を集めにいくことになった。
センが言うに必要な材料は三つで、その三つの薬草のどれもが発見が難しいものらしい。そのため、センとシシリーは分かれて薬草を探しだすことになった。
一人になったシシリーは、二種類の薬草を探し出すことに成功した。だが、最後の一種類が見当たらない。
探していると、美しい湖があった。
その湖の側で薬草を探していると、その泉から美しい女性が現れた。それは、心が清い者にしか見えないと言われている女神であった。水色の髪に、白い肌。思わず目を奪われるような美しい容姿の女神は、シシリーに問うた。
「あなたが落としたのは、この薬草ですか?それとも――」
「すみません。私が落としのは、おそらくはゴミです。薬草だと思ったのですが」
シシリーの言葉に、女神は何とも言えない顔になった。
自分の住処にゴミを落とすなよ、とか女神が現れたんだからもうちょっと反応しろよ、と顔に書いてある。一方の、シシリーは未だに薬草を探すために女神の足元をはいずりまわっている。
「あの、私も一応は女神なんですけど。あなたの魂を異世界とかに送り出せてしまうんですよ。というか、私を見られた時点でラッキーなんですよ」
女神の言葉に、シシリーは首を振る。
「間に合ってますんで大丈夫です」
シシリーの言動に、女神の表情が段々と険しくなっていった。
「その間に合っているってどういうこと?」
怒る女神に、シシリーは剣を取り出す。
「これは以前、雷の女神にいただいた剣です。そのとき、彼女から加護ももらいました」
シシリーは、かつての冒険の最中に女神に出会っていた。その時は、雷のあとに女性が出現したので、泉のなかから女性が出てくるぐらいでは驚かなくなってしまったのだ。この場に誰かがいれば、泉のなかから女性が出てくれば驚くべき事案だということを説明をしたであろう。だが、そんな人間はこの場にはいなかった。
「私の前に他の女神にあっていたの!」
女神は驚きの表情を浮かべた。
女神は人間の前になかなか姿を現さない。そんな女神に以前にも会ったことがあると言われるのは、それだけ女神側に力を貸してほしい事情があるときである。
「さすがね。どんな加護をもらったのよ」
女神は、シシリーに尋ねた。
雷の女神が授けるぐらいだから、さぞ強い加護をもらったと思ったのだ。
「雷に打たれなくなる加護です」
微妙な加護である、と女神は思った。
「そんな加護がうれしいの?」
「雨の日も剣を振り回さなければならない身にはうれしいですよ」
シシリーの言葉に、女神は唖然とする。
なんとも安上がりな男である。
「正直な話。私を見られるだけでもレアなのよ。私は心の美しい人間にしか見つけられないんだから」
女神の言葉に、シシリーははっとした。
「待っていてください。私の友人に、もっと心が清い人間が――」
「これ以上人を増やして、どうすんのよ!」
女神は怒鳴った。
これ以上シシリーのような可笑しな人間を増やされたらさばききれない。
だが、必死に友人を紹介しようとするシシリーに毒気を抜かれていった。
「まあ、いいわ。心が清いからこそ、他人のほうがと思うのね。ですが、私は心が清い人間に加護をさずけることができる女神です」
「だから、私の友人のもっと心の清い人間がいるんです」
「あなたに水の加護をさずけます」
「ですから、友人を紹介します」
「ちょっと、いいから人の話を聞きなさい」
女神は、再び怒鳴る。
シシリーは沸点の低い女神だな、と思った。
「あなたに水の加護をさずけます。これであなたは溺れなくなりますよ」
「ありがたいのですが、それは薬草探しに役に立ちますか?」
シシリーの言葉に、女神は「しるかっ!」と返す。
「あなたは、さっきから女神に出会って加護までもらうんだから少しは驚いて感謝しなさいよ!!」
「人生において二度目だったので……」
ああそうですね、と女神は言いながらシシリーに加護を授けた。
そんなさなかに、シシリーはちょっと屈んだ。
「ところで、どうして私に加護を?」
以前雷の女神に加護をもらった際には、魔王を倒すためにという理由があった。だが、今はその理由もない。
「これから加護が必要な面倒なことを頼むことになるからよ」
女神の言葉に、シシリーは聞いていなかった。女神の目の前で足元に生えていた薬草を摘んで喜んでいる。
「見つけた!」
シシリーは最後の薬草を見つけた。
女神は「ちょっとは、感謝しなさいよ!」と言いながら、消えてしまった。シシリーは以前あった時の雷の女神も突然消えたので、特に気にもしないでセンの元に戻った。センは薬草を一つも見つけられなかったので、シシリーのことをさすがとほめたたえた。
「これで薬が作れるぞ」
この段階になると手伝うことがないので、シシリーは見ているだけだった。よどみがない手腕で、薬草たちを混ぜていきあっという間に薬を作り出す。そさすがの手際の良さであった。
「さすが!」
今度はシシリーが、センをほめたたえる。
出来上がった薬をセンは商人たちの元へと持っていき、令嬢に売ってくれと頼んだ。後から聞いた話によるとその薬で令嬢は回復し、薬の材料を探したシシリーに感謝していたらしい。シシリーとしては、薬を作ったのはセンなので彼を認めてほしいところであった。
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