第9話

かつてタリオンは、強くはない魔族だった。


 人間の一人一人と戦えば勝てるが、集団になったら負けてしまいそうな魔族だった。そんななかで、タリオンは人間たちに一番大切な人を殺された。些細なことが原因であった。本当に些細なことが原因で、タリオンの一番大切な人は人間に殺されてしまった。


 そのせいでタリオンは人間を恨むようになった。


 人間をすべて消し去りたいと願うようになった。




 魔法というのは、人間たちが使う不思議な力のことである。センいわく魔術とそう大差のない技術であるが、対象が同類でも使えるという点が好まれて人間は魔法を使う。一方で魔族側で主流になっているのは魔術であり、大抵の人間が魔術を使うものは魔族であると信じていた。


 そんな時流に逆らうかのように魔術を学んだ男が、センである。人里離れた村のさらに人を寄せ付けないような森の入り口に居を構えた彼の家には、最近シシリーという居候がやってきた。タリオン殺しのシシリーと呼ばれる彼は、三年前にタリオンを殺した張本人である。最近まで王都に住んでいたが、田舎暮らしにあこがれてセンの村までやってきた。


 そんなシシリーの最近の目標は、センのレッテルを引きはがすことである。魔術使いは魔族というレッテルを引きはがし、センを村になじませることがシシリーの目標になったのだ。


 そんな日々が日常となったある日、センの元に来客が現れた。


 それは、たぐいまれなる美女だった。


 黄金色の髪に、緋色の瞳。気の強そうな美女は自慢の長髪をなびかせて、ふんとセンの住居を鼻で笑った。


「こんなみすぼらしいところにシシリー様がいらっしゃるだなんて……」


 笑われたセンは、さすがにむっとする。


「おい、人の家を何だと思ってやがる。服から言って、どこぞの貴族のお姫様か?」


 美女の服は立派なものであった。布はたっぷりと使われていて、ドレスのいたるところに異国産のガラスビーズが縫い付けられている。日光にあたるだけで、それはきらきらときらめいて、まるで星屑で作られているかのようであった。センのいうとおり、一目で貴人と分かる姿である。


 だが、いくら貴人と言えども他人に自分の家を侮蔑される覚えはない。そんな怒りにもええ、センは頬を膨らませていた。なにかセンが言おうとすると、シシリーはそれを制した。


「セン、ちょっと黙っていてくれ」


 シシリーは驚きながらも、膝を折った。


 美女はそれを見て、満足そうに微笑む。


「メーリス姫。どうしてこんなところに?」


 シシリーの言葉に、センは一拍おいてから驚いた。


「メーリス姫って、噂のおてんば姫じゃねぇか!」


 シシリーは、センを小突く。


「失礼だぞ」


 シシリーは、センの口をふさいで黙らせた。姫という普段はあわない人種とあって、センも混乱しているようだった。それが失礼な物言いに繋がっているので、いたしかたない。


 メーリスは、第一王女である。


 女性であるために王位継承権は低いが、それでも狙えないというわけではない。だが、この姫の目下の興味は自身の美貌を磨くこと。それを第一に考えており、それ以外は興味がないという我儘姫として有名である。悪高きとまでは言わないが、いい噂ではないのはたしかだろう。


「私は、シシリーを追ってきたの!あなたが私をめとってくれないのが悪いんだからね」


 メーリスの言葉に、シシリーは首をかしげる。


 センは、シシリーに「何をしたんだよ」とささやいた。


「何もしてない。たしかに、王には姫との縁談をそれとなく進められたが……」


 シシリーとしては、それとなく断ったつもりだった。それに王都から飛び出してきたこともあり、縁談はすべてなかったことになったと思っていた。だが、メーリスのなかでは違うらしい。彼女はシシリーの両手を掴むと、はっきりと宣言した。


「勇者は貴方だけです。結婚してください!」


 そのはっきりとした宣言に、シシリーは膝を折りながら「私にはもったいない話でありますので……」と呟く。


「シシリー。私のどこがいけないのですか!答えなさい!!」


 メーリスの詰問に、シシリーは困った顔をする。


「しいていえば、私は王族と結婚する気がないので」


「私があるんです」


 シシリーの言葉を遮るように、メーリスは叫ぶ。


 蚊帳の外になっていたセンは、ため息をつく。


「第一王女なんて縁談は山ほど来るだろ。どうして、シシリーがいいって叫ぶんだよ」


 第一王女の相手など想像もつかないが、シシリーよりもより相手がいることは想像に難くない。なのに、どうしてシシリーに固執するのかが分からない。


「シシリー様は、魔王を倒した英雄ですよ!その英雄と結婚ができるのならば、他の縁談相手なんてかすむに決まっているでしょう」


 メーリスの言葉に、そういうものなのかとセンは首を傾げた。


「あと、シシリー様は顔がいいの」


 メーリスははっきりと言った。


「私は、顔が良い相手としか結婚しませんから」


 その言葉に、センはあきれる。


 つまり、メーリスはシシリーの顔と名声が気に入って結婚を申し入れているのだという。


「シシリー。もう結婚してやったらどうだ」


 センは、シシリーにそう言った。


「セン。自分が関係ないからって、他人ごとにならないでくれよ」


 自分が関係ないからこそ他人事なのだろうが、とセンは思った。だが、シシリーにはそんな暇はないらしい。どうやれば、メーリスの興味を自分以外に向けるかを一生懸命に考えている。


「メーリス姫。私は、この森で生きていくことを決めたのです」


 シシリーは、森の中で両手を広げた。これこそが自分が求めたものだと示すかのように。


「王族のあなたをそれに巻き込んでしまうことはできない。どうか、私のことはあきらめてください」


 シシリーの言葉に、メーリスは首を振る。


「私を煙に撒こうとして適当なことを言っていますね。こんな何もないところで生きていけるはずがありません」


「おい」


 センが怒ったような声を出した。


「何もないような田舎で悪かったな」


「ええ。王都に戻ったら、ここの数十倍の楽しみがありますよ」


 メーリスの言葉に、シシリーは首を振る。


「いいえ。私はこの地を好んでいます。生まれ故郷に近いので」


「そういえば、シシリー様は生まれ故郷をなくしていらっしゃいましたね」


 メーリスは、少しばかり悲しそうな顔をした。


「なくしたからこそ、同じような環境に身を置きたいのです。幸いなことに魔術使いのセンも友人になってくれました」


 名前を呼ばれたセンはまんざらでもないかを顔をしたが、すぐに驚愕の表情に変わった。


「全員伏せろ。ワイバーンだ!」


 彼の声と同時に、爬虫類によく似たワイバーンたちが滑空を始めていた。

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