第7話
タリオンは、子供に知識だけではなくダンスなどの教養を教えた。
子供は呑み込みがよく、それらもすべて飲み込んだ。
読み書きもできるようになった子供は、将来的にはタリオンの右腕になることを期待されることになった。タリオンもそんなことを期待して、日々を過ごすようになった。
ある日、子供は疑問に思った。
――どうして。
――どうして、人と魔族がいがみ合っているのだと。
人と魔族が愛し合って自分が生まれたはずなのに、どうして人と魔族がいがみ合うのかと。
●
夜中に女が一人で歩いている。
その女を見て、舌なめずりをする男が一人いた。
見ない格好の女であるが、獲物であることに変わりはない。少なくとも男にとっては。男は、女を後ろから羽交い絞めにすると「うごくな」とささやいた。
「動いたら、刺し殺してやる。なぁに、あんたもすぐに――」
だが、男は捕まえた女が妙に硬い感触だということに気が付く。見た目よりずっと骨ばっているし、体も堅い。
「お前、男か!」
男は、羽交い絞めにしていた人物を突き放す。
「さすがは、犯人。察しが早いんだよ」
突き飛ばされたのは、女の恰好をしたセンであった。
センの足元には光が現れ、それは犬の形をなす。
「シロ!」
センの使い魔であるシロは、男に向かって唸った。
「おまえ、正義の味方のつもりかよ。どうせ、お前だってどうでもいいんだろ。この村のことなんてよぉ!」
男は、センに殴りかかろうとした。
本当は、シロはセンを守りたかった。
だが、センの魔術は人間である男には効かない。そのため、シロは吠える以外にやれることがなかった。
「この汚らしい魔術使いめ!死ね!!おまえなんて、死んでしまえ!!」
シロが吠えて叫ぶ中で、男はセンを必要に殴りつける。センはその暴行に耐えることしかできず、シロは吠え続けることしかできなかった。だが、その遠吠えは最強の味方を呼んだ。
「このクズめ」
シシリーであった。
シシリーとセンの間に入る。シシリーの気迫に、男は尻もちをついた。まるで野生のクマにでもあったかのような気迫に、男は茫然としていた。
「まて……何かの間違いだから。俺は何にもしてないんだよ」
「だとしたら、どうしてセンを襲った?」
シシリーの言葉に、男ははっとする。
「そいつが悪いんだ。そいつが女のふりをして誘ってきて……俺は悪くない!俺はなんにも悪くない」
シシリーは、男を見下ろす。
その静かな侮蔑に、男は悲鳴を上げた。
「たっ……助けてくれ!」
「女性が、君にそう懇願したら君はどうする?」
シシリーは、男の顔面を思いっきり殴りつけた。
シシリーの凶暴さに、センはぽかんとしていた。殴られた男は気絶し、路上で倒れている。シシリーは男を背にし、センを前にして膝をついた。
「大丈夫かい?」
「ああ、ちょっと唇を切っただけだ」
センはそういうが、彼の顔は予想以上に汚れていた。そのことに、シシリーは怒りを覚える。殴られた箇所もはれあがっており、早く冷やさなければと思った。
その時、シシリーの背後で誰かが悲鳴を上げた。
「きゃあ!!」
それは、若い女性であった。
若い女性はシシリーたちを見咎めて悲鳴を上げるが、やがて落ち着ついて彼らを見つめた。恐る恐るシシリーに近づくと「あなたが、女性を助けたの?」と尋ねる。センは女性ではなかったが、女装しているのでそうみられてもおかしくはなかった。
「ああ、昨日襲われたっていう女性を襲ったのもあいつだよ」
シシリーの言葉に、女性は驚いて息を飲んだ。
「あなたが捕まえてくれたのね!」
女性は、シシリーを憧れの視線で見つめた。
シシリーはセンの方を見た。
彼の方が体を張っているし、怖い思いもした。だが、センはシシリーに首を振る。どうやら、女装をしている姿を見られたくないらしい。
「すごいわ。さすがは勇者様!」
「いや、私は……」
確かに暴漢を叩きのめしたのは、シシリーである。
それでも、作戦を組み立てて、犯人の予測までしたのはセンであった。この場でほめたたえられるのは、彼ではないかという気になってくる。なのに、誰もセンに注目をしなかった。
「誰かを呼んできてくれ。私は、かれ……彼女を安全な場所まで連れて行くから」
シシリーは殴られたセンを抱き上げて、その場を立ち去った。
抱き上げられたセンが暴れるかとも思ったが、体力を消耗していたせいなのか抵抗もしなかった。ただ、息を少しはく。
「よかった。これ以上被害者がでなくて……」
センは、そう呟いた。
「君は優しいな」
シシリーは呟く。
女性が襲われた事件で、彼だけが必死に犯人確保のために動いていた。自分が冤罪を着せられそうになったというのもあるだろうが、それでも必死に考え行動したのはセンだけだった。
「優しくなんてないぞ。俺は、俺が考えたことをやっているだけだし」
センは、そういうが彼はきっと誰よりも優しい。
その優しさが埋もれることが、シシリーにはもったいなく感じられた。
魔術使いというだけで彼が差別を受けたり、適切な評価を受けないのは本当にもったいなく感じられた。
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