第5話

 人と魔族の交戦が激しくなると、次に差別の目が向いたのが人と魔族の混血だった。彼らは人と人間の文化両方を知っていたが、どちらかを選ぶことを強制された。


 そのなかでタリオンは、一人の子供と出会った。


 まだ幼い少年は、差別の中で両親を殺された子供だった。


 両親はタリオンが手を下したわけではなかった。


 けれども、タリオンはその子供を保護した。


 感情を失ったその子はタリオンのことをじっと見つめていた。その目はまるでタリオンの全てを断罪しているようであった。


 おまえの企みが、自分たちの生活を壊したのだと。


 おまえの志が、自分たちの大切な命を奪ったのだと。


 タリオンは、その目から逃げることができなかった。


 逃げることは罪から逃げることだと思った。


 タリオンは、その子を養子とした。


 センは、シシリーが一緒に住みにあたって一つだけ条件をだした。それが薬草を売りに行くときは、シシリーが行くというものだった。センは、村人に嫌われているためにシシリーが行った方がよいとの判断であった。


 シシリーは、それを快諾した。


 センの薬草作りは、まずは材料探しから始まる。センは杖を持って、森の中に入っていった。シシリーもそれについていった。


護衛のつもりであった。


うっそうした森にセンが放った使い魔がぼんやりとした光を放つ。センの使い魔の形は千差万別だった。犬のような形もあれば、いまのように人魂のような形もある。センいわく、どれも同じ使い魔らしいのだが、シシリーの目にはどれも違うものに見える。使い魔の灯りを頼りに森を散策すると、痛み止めや咳止めに使える薬草が取れる。

 

センはそれを採取しているあいだ、シシリーは周囲を見渡した。近くには川が流れており、静かな森であった。


「あんまり遠くに行くなよ」


 センが、シシリーに話しかける。


 まるで、子供に注意するかのように。


「ここら辺の森には魔獣がいて、村人も滅多に立ち寄らないんだ。勇者様には魔物は見慣れているかもしれないけど、気を付けてくれよな」


 センの言葉に、シシリーは笑う。


 魔獣は、魔術師が作り出した獣と言われている。だが、実際のところは少し強い獣でしかなく、タリオン討伐の際に旅をしていた時には食事は主に魔獣に肉であった。


「魔獣か懐かしいな。もしもいるならば、狩りたいよ」


 シシリーの言葉に、センは苦笑いする。


「さすがは勇者さま。お強いこった」


 そんな会話をしていると魔獣が現れる。


 シシリーは剣を担ぎ、その魔獣にむかって振り上げた。シシリーの全身の筋力が大きく膨らみ、全身全霊の力を持って魔獣を叩き伏せる。魔獣は大きく、その一撃では倒しきることがきでなかった。


「シロ!」


 センは使い魔に呼びかけて、使い魔の体を大きな犬の肉体に変形させる。シシリーは再び剣を担ぎあげて、さらに追い打ちをかける。シロと呼ばれた使い魔が、魔獣にたどる付くころには猪のような形をした魔獣はすっかり息絶えていた。


「単純な攻撃二回だけで魔獣を殺したのかよ」


 センは恐ろしいものを見たような顔をしていた。

 シシリーの力技は人知を超えていると思ったのだろう。現に、彼の攻撃は普通の人間の五倍はありそうな威力であった。


「シロも今日は形無しだな」


 センは、使い魔に向かって笑う。


 やはり、幼い笑顔だ。


 シシリーは、やはり彼は年下だと感じた。


 センが薬草を摘み終ると、二人は家まで帰った。これから薬作りが始まるのだ。

 薬草を綺麗に洗って、日陰で欲し、煎じる。単純な作業であるが根気が必要になる。シシリーはその作業の間、ずっとセンのことを見ていた。


 日に当たりながら単純作業をするセンは、実に幸せそうだった。


 こういった作業が苦にならないタイプらしい。それどころか幸せを感じるタイプの人間のようだ。


 そうやって、センが作った薬をシシリーが売りに行く。


 だが、一番最初だということもありセンと共に行くことになった。


 村は小さく、牧歌的な雰囲気であった。


 シシリーの出身の村と似ていて、益々シシリーはここが気に入った。その一方で、村人たちは胡乱そうな目でシシリーたちを見ていた。


「しまった、昨日の事件を忘れてた」


 センが呟く。


 女が暴行されたという事件。センはあらぬ疑いをかけられただけであったが、それでも村の住民はセンが犯人だと思っているようだった。さらにシシリーという見知らぬ大男まで連れているのだから、村人の警戒も致し方ない。


「今日は売れないかもな」


 センがそう言いながら村を歩いていると、村の若い女が近づいてきた。これに驚いたのは、センのほうだった。


「もしかして、シシリーさまですか?」


「そうだが」


 シシリーの返答に、村娘は頬を赤くして「やっぱり」と呟いた。


「魔王軍を退治してくださってありがとうございます!私、ずっとシシリーさまのファンで……握手してください!」


 娘が矢継ぎ早に言うので、シシリーは言われるがままに手を差し出した。その手を握った娘は、夢心地という表情で帰っていく。娘が帰るとどこから湧いて出るのか、若い娘が次から次へとシシリーを取り囲んだ。


「私が先よ!」


「私よっ!」


「シシリー様。うわぁ、本物だ!」


「前々から、好きでした!!」


 もみくちゃにされることを好まないセンが、少し離れてシシリーの様子を見ていた。

シシリーは突然の娘たちの反応に驚きつつも、一人一人に誠実に対応している。握手を求められれば握手をし、サインを求められれば丁重に断っていた。


「すごいなぁ。英雄様は」


 センがそういってシシリーの側に帰ってくることには、村娘たちの姿はなくなっていた。皆、シシリーの対応に満足していたようだった。


「こうなったのは久しぶりだよ。王都で暮らしていたころは、住民の方が私に慣れていたから」


 最初こそ村人と同じような反応であったが、三年も過ごしているうちにすっかり住民たちの方がシシリーになれてそっとしてくれるようになった。あの反応がなつかしいが、今更王都に帰って王に仕える気にはなれない。


「俺も握手でも求めればよかったかな」


「やめてくれよ」


 シシリーは心の底からいった。


「君は命の恩人だ。そんな君に、村の人たちと同じような握手をするなんて変な気分だ。むしろ、こちらから握手を求めたい気分だよ」


 シシリーの言葉に、センは笑った。


「勇者様の命の恩人ね。……悪くないな」


「君のそういう斜に構えたところ、すごく好きだよ」


 シシリーは、センの頭をなでた。


 センは「やめろよ」と頬を膨らます。


 その様子はやはり幼いものであった。


「セン、君は一体何歳なんだい。一人で暮らしているということはそれなりなんだろうけど、たまに君がすごく幼く見えるよ」


 シシリーの言葉に、センはにやりとした。


「おしえてやらねぇ」


「ふぅん、君らしいね」


 とりあえず、今の反応からして年下だろうとシシリーは思った。勇者であったシシリーと比べるのがおかしいのかもしれないが、センは身長が低かったし、声もまだ少し高さを残している。手足は細いしで、少年の証をいくつも残したままだった。


「君はきっと私より年下だよ」

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