第4話
魔族の人間への憎しみは膨れ上がり、魔族はとうとう人間へと牙をむいた。最初の襲撃はタリオンが知らぬところで行われた。魔族たちは今までの恨みを込めて、人間たちをむごたらしく殺した。それはタリオンが予想した通りのことであった。
タリオンはさらに人間は敵であると魔族たちをあおった。
それは、人間側も同じだった。
タリオンが魔族の敵が人間だと教え込めば教え込むほどに、人間たちも自分たちの敵が魔族だと認識した。タリオンが考えている以上に両者のぶつかり合いは激しいものになっていった。
●
病み上がりだからあまり動くなとセンはシシリーにいった。シシリーは止めてしまった恩義に報いるために労働をしたかったのだが、センによれば力仕事は使い魔に頼んでいるためにシシリーは邪魔になるらしい。
窓の外をのぞいてみると、外ではセンと使い魔のシロが一緒になって洗濯をしていた。最初に犬の姿を見てしまったから、犬のイメージが強いが使い魔は様々な形状をとることが可能だ。現に今のシロは人間に近い姿をとっている。
使い魔とセンは、まるで遊んでいるかのように楽しく日々の仕事をこなす。きっとこれが普段の彼の様子なのだろう。だが、使い魔だけを相手にしているだろう生活は寂しそうにも思えた。
シシリーが大人しく部屋で待っていると、外のから声が聞こえてきた。どうやら外にはセンのほかにも誰かがきているらしい。近くの村の住民だろうかとシシリーが思っていると「てめぇ、ふざけんなよ!」と怒鳴り声が聞こえてきた。
その声にシシリーは飛び上がる。
そして、家の外へと急いで出た。
「セン、今の声は」
見ると、センは村人と思しき二人組に絡まれていた。
センより体格のいい二人組は、センを取り囲みなにやら詰問をしているようだった。センはそれにたいして、おびえずに問答しているようである。シロも側にいるが、魔術によって生まれたシロは相手に触れることすらできないはずだ。
「だから、女が襲われたことに俺は関係ないっていってるだろ!」
センは、そう言った。
顔に引っかき傷がある男が叫んだ。
「うるさいな!!汚らしい魔術使いの言葉なんて信用できるか!」
男の拳が繊維届く前に、シシリーが後ろから男の腕をつかんだ。全員が、シシリーの登場に驚いた。
「話は大体聞かせてもらったが、村の女性が暴行されたのか?」
本当だとしたら痛ましい事件である。
シシリーが顔を伏せていると、男は大声をわめいた。
「そうだよ、昨日な。どこに魔術使いが犯人だ。魔術使いはろくなことをしねぇ!」
「昨日なら、彼は一晩中私を看病してくれていた」
シシリーの言葉に、男たちは眼を丸くする。
どうやら、センがそのようなことをするとは思わなかったらしい。センは不服そうに腕を組んでいる。
「見ず知らずの人間が看病してくれた人間に、村まで行って事件を働くような時間はないだろう。……もうこれ以上はセンに手を出さないでくれ。彼は私の恩人だ」
男は舌打ちをして、シシリーの腕を振り払った。
だが、男はさらにセンに掴みかかる。
シシリーは動こうとしたが、センに視線で「動くな」と命じられた。見れば、彼の使い魔が非力な子犬の真似をして唸っている。
センに何かあれば、彼が大きく吠えたてることであろう。センの魔術が人間に効かないことを相手が知らなければ、使い魔のシロの存在はそれなりの脅威になるはずだ。それでもなお、センが使い魔を使用するのは彼なりの矜持なのか。
「おい、今回は見逃すが……俺たちはずっとお前を見張っているからな」
男は、センを突き放す。
その拍子に、センは尻もちをついてしまった。
「悪いことはすんなよ!!」
と傲慢に言い放つ男たちに、シシリーの怒りは燃えた。
「なんだ、あの男たちは」
彼らが去った後に、シシリーはセンに手を貸して起き上がらせる。センはシシリーに体重を預けつつも、立ち上がった。
「別にめずらしいことじゃないさ」
とセンは言った。
「魔術使いはよく思われないからな」
センは服についた土汚れを落とす。
彼の目には、諦めがあった。
魔術使いはよく思われていない。
そう言ったセンの言葉を表すような光景だった。
「村で、犯人が分からない事件が起こるとすぐに犯人にされるんだ。もう、なれたよ」
センはあきらめたようにいう。
「君はどうしてこんなところに住んでいるんだい。もっと人気のないところにいったっていいんじゃないのか?」
シシリーの言葉に、センは頭を振った。
「一応、村人に薬を売ったりして金を稼いでいるんだ。それに人が本当に一人で生きていくのはちょっと大変なんだ」
着替えてくる、とセンは言った。
シシリーは、その手をとった。
「二人ならば?」
シシリーの言葉の意味が、センにはよくわからなかった。
「何言っているんだ、お前は?」
「俺もここに住んでいいだろうか」
シシリーの言葉に、センはちょっとばかり茫然としていた。
「お前正気か。お前の戦歴だったら国のお抱えの剣士になることだって夢じゃないだろ。むしろ、そっちの方が当たり前のはずだ」
センの言葉に、シシリーは首を振る。
「それが嫌で逃げてきたんだ」
シシリーは、そう言った。
センは信じられない、と呟いた。
「お前、なんのためにタリオンを倒したんだよ」
「世界平和のためさ」
シシリーが純粋な目でいうので、センは思わず呆れてしまった。
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