第3話

 タリオンは、最初は自らの仲間たちを纏めることに尽力を注いだ。そして、その方法は人間への憎しみを利用するものだった。人間への憎しみを利用し、共通の敵とすることで魔族を一つにしようとしたのだ。


 魔族の敵は誰だ――人間だ。


 我々の暮らしの敵は誰だ――人間だ。


 我々を苦しめる者たちは誰だ――人間だ。


 そうやってタリオンは、魔族を先導した。先導して人間こそが魔族の敵だと植え付けた。実際に魔族は、人間と敵対して命を落とす者が多かった。ただ、それと同じぐらいに人間と共存している魔族もいた。ほとんどの魔族は辺境の地に追いやられたが、人間と結婚した魔族は辺境に送られることなく生活していた。


 タリオンは、その営みすらも壊した。


 平和に暮らしている家々を襲い、それを人間たちがやったのだと言い放った。


タリオンは平和な家庭を壊して、恨みへと塗り替えたのだ。


 そのころから、タリオンは魔王と呼ばれるようになっていった。魔族を一つにまとめるために、タリオンはその称号を喜んで受け取った。彼の周囲には人間に恨みを持つ魔族たちが、徐々に集まるようになっていった。


タリオンの企みは、成功した。

 

ほとんどの魔族が人間に対して、憎しみを持つようになっていた


 人間を共通の敵とすることで一つになることができた。


 だが、タリオンの想像以上に人間たちへの憎しみは膨れ上がっていった。


 もう止められないほどに。


 翌日、シシリーが目覚めると体が軽かった。センの言った通り、不調はどこかへ消えてしまったようだ。


「よう、目覚めたか?」


 家を空けていたセンが、帰ってくる。


 改めてみるとセンの家はとても小さかった。ベットが一つに書き物ができそうな机が一つ。あとは釜戸と最低限の家具しか置けないような狭さである。そんな狭い部屋でベットを

占領してしまったことをシシリーは改めて申し訳なく思った。


「昨日は本当にすまない。なんと、お礼をいったらいいか」


 体の丈夫さには自信があったのだが、とシシリーは呟く。


 センは「気にするな」と言った。


「体が丈夫な奴ほど、大病をやらかすんだ。まぁ、一日で治ってよかったじゃないか。俺は治癒魔法みたいなやつは使えないからだ」


 センの言葉に、シシリーは不思議に思った。


 魔法は人間たちが使う技術であり、魔術を学ぶよりもよっぽど容易い。なのに、なぜセンは魔法ではなく、魔術を使っているのだろうかと。


「そもそも魔法と魔術に大きな違いはねぇよ」


 シシリーの疑問を察して、センは答え始める。


「人間側で主流なのが魔法で、魔族側で主流なのが魔術ってだけだ。魔法は自分と同じ種族にも使用可能だから、人間側の主要な技術になった。それだけだな」


 センの言葉は、シシリーにとっては目から鱗だった。


 なにせ、魔術を使うものは全員が魔族だと思っていたからである。


「俺は師匠が魔術使いだったから、魔術を使ってる。蓋を開ければそんなもんだ」


 センの言葉に、わんと同意するものがいた。


 視線を下げると、そこには白い犬がいた。昨日は見なかった住民に、シシリーは少し驚いた。


「犬は苦手か?」


 センが、犬をなでながら尋ねる。


 よくみると、センと犬の表情が妙に似ていた。飼い主とペットは表情が似るというが、それに近い。犬は妙に愛嬌がある顔をしていた。


「いいや、苦手ではないけど。昨日はいなかったから」


「ああ、見えないようにしていたからな」


 センの言葉に、シシリーは首をかしげる。


 センは、笑った。


 その笑顔は、予想よりも子供っぽかった。シシリーも若いが、もしかしたらセンはシシリーよりも幼いのかもしれない。そんな予想を抱かせるような笑顔である。


「こいつは使い魔だよ。覚えてるか?昨日俺が、ミルクをやっただろ」


 シシリーは、そういえばミルクが急に消えたことを思い出した。


 あれは見えなくなった犬の仕業だったらしい。


「君はずっと使い魔を侍らしていたのか。というと、昨日もしもも私が君を殺そうとしていたら……」


「使い魔がお前の喉笛を噛み切ってたな……。なーんてな。使い魔が暴れまくって、家を倒壊させるぐらいしかできないよ。いっただろ、魔術は同類には効かないんだ」


 センは、なんてこともないように答えた。


 あれはセンから仕掛けたというのに、ずいぶんと乱暴な結末を好むのだなとシシリーは苦笑いをする。


「……悪いな。普段から魔術使いはよく思われないことが多くてな。殺されそうになったことだって、一つや二つじゃないんだ」


 どうやら使い魔の存在は、センにとっては身を守る術らしい。


 たしかに、シシリーでさえ魔術使いは全員が魔族だと思っていた。普通の人間でも、そのような偏見をもってセンに接しているのだろう。だとしたら、センだってそれに対抗するための手段を身に着けるだろう。


「とりあえず、朝飯にしようぜ」


 センは折り畳み式のテーブルをだして、そこにパンやリンゴを並べる。質素な食事であったが、うまそうであった。


 シシリーの腹がなって、センはまた笑った。


「それだけ、腹が減るんだったら大丈夫だな。念のため、今日は休んで行けよ」


 センはそう言った。


 シシリーは首をふる。


「いや、そこまで厄介になるわけにはいかないだろう」


 シシリーはすぐに出ていくつもりだった。


「気にするなって、どうせここには俺しかいないんだし。また、途中で倒れたら、また誰かに迷惑をかけるぜ」


 センの言葉に、シシリーは仕方なくしばらく滞在することにした。


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