第3話
タリオンは、最初は自らの仲間たちを纏めることに尽力を注いだ。そして、その方法は人間への憎しみを利用するものだった。人間への憎しみを利用し、共通の敵とすることで魔族を一つにしようとしたのだ。
魔族の敵は誰だ――人間だ。
我々の暮らしの敵は誰だ――人間だ。
我々を苦しめる者たちは誰だ――人間だ。
そうやってタリオンは、魔族を先導した。先導して人間こそが魔族の敵だと植え付けた。実際に魔族は、人間と敵対して命を落とす者が多かった。ただ、それと同じぐらいに人間と共存している魔族もいた。ほとんどの魔族は辺境の地に追いやられたが、人間と結婚した魔族は辺境に送られることなく生活していた。
タリオンは、その営みすらも壊した。
平和に暮らしている家々を襲い、それを人間たちがやったのだと言い放った。
タリオンは平和な家庭を壊して、恨みへと塗り替えたのだ。
そのころから、タリオンは魔王と呼ばれるようになっていった。魔族を一つにまとめるために、タリオンはその称号を喜んで受け取った。彼の周囲には人間に恨みを持つ魔族たちが、徐々に集まるようになっていった。
タリオンの企みは、成功した。
ほとんどの魔族が人間に対して、憎しみを持つようになっていた
人間を共通の敵とすることで一つになることができた。
だが、タリオンの想像以上に人間たちへの憎しみは膨れ上がっていった。
もう止められないほどに。
●
翌日、シシリーが目覚めると体が軽かった。センの言った通り、不調はどこかへ消えてしまったようだ。
「よう、目覚めたか?」
家を空けていたセンが、帰ってくる。
改めてみるとセンの家はとても小さかった。ベットが一つに書き物ができそうな机が一つ。あとは釜戸と最低限の家具しか置けないような狭さである。そんな狭い部屋でベットを
占領してしまったことをシシリーは改めて申し訳なく思った。
「昨日は本当にすまない。なんと、お礼をいったらいいか」
体の丈夫さには自信があったのだが、とシシリーは呟く。
センは「気にするな」と言った。
「体が丈夫な奴ほど、大病をやらかすんだ。まぁ、一日で治ってよかったじゃないか。俺は治癒魔法みたいなやつは使えないからだ」
センの言葉に、シシリーは不思議に思った。
魔法は人間たちが使う技術であり、魔術を学ぶよりもよっぽど容易い。なのに、なぜセンは魔法ではなく、魔術を使っているのだろうかと。
「そもそも魔法と魔術に大きな違いはねぇよ」
シシリーの疑問を察して、センは答え始める。
「人間側で主流なのが魔法で、魔族側で主流なのが魔術ってだけだ。魔法は自分と同じ種族にも使用可能だから、人間側の主要な技術になった。それだけだな」
センの言葉は、シシリーにとっては目から鱗だった。
なにせ、魔術を使うものは全員が魔族だと思っていたからである。
「俺は師匠が魔術使いだったから、魔術を使ってる。蓋を開ければそんなもんだ」
センの言葉に、わんと同意するものがいた。
視線を下げると、そこには白い犬がいた。昨日は見なかった住民に、シシリーは少し驚いた。
「犬は苦手か?」
センが、犬をなでながら尋ねる。
よくみると、センと犬の表情が妙に似ていた。飼い主とペットは表情が似るというが、それに近い。犬は妙に愛嬌がある顔をしていた。
「いいや、苦手ではないけど。昨日はいなかったから」
「ああ、見えないようにしていたからな」
センの言葉に、シシリーは首をかしげる。
センは、笑った。
その笑顔は、予想よりも子供っぽかった。シシリーも若いが、もしかしたらセンはシシリーよりも幼いのかもしれない。そんな予想を抱かせるような笑顔である。
「こいつは使い魔だよ。覚えてるか?昨日俺が、ミルクをやっただろ」
シシリーは、そういえばミルクが急に消えたことを思い出した。
あれは見えなくなった犬の仕業だったらしい。
「君はずっと使い魔を侍らしていたのか。というと、昨日もしもも私が君を殺そうとしていたら……」
「使い魔がお前の喉笛を噛み切ってたな……。なーんてな。使い魔が暴れまくって、家を倒壊させるぐらいしかできないよ。いっただろ、魔術は同類には効かないんだ」
センは、なんてこともないように答えた。
あれはセンから仕掛けたというのに、ずいぶんと乱暴な結末を好むのだなとシシリーは苦笑いをする。
「……悪いな。普段から魔術使いはよく思われないことが多くてな。殺されそうになったことだって、一つや二つじゃないんだ」
どうやら使い魔の存在は、センにとっては身を守る術らしい。
たしかに、シシリーでさえ魔術使いは全員が魔族だと思っていた。普通の人間でも、そのような偏見をもってセンに接しているのだろう。だとしたら、センだってそれに対抗するための手段を身に着けるだろう。
「とりあえず、朝飯にしようぜ」
センは折り畳み式のテーブルをだして、そこにパンやリンゴを並べる。質素な食事であったが、うまそうであった。
シシリーの腹がなって、センはまた笑った。
「それだけ、腹が減るんだったら大丈夫だな。念のため、今日は休んで行けよ」
センはそう言った。
シシリーは首をふる。
「いや、そこまで厄介になるわけにはいかないだろう」
シシリーはすぐに出ていくつもりだった。
「気にするなって、どうせここには俺しかいないんだし。また、途中で倒れたら、また誰かに迷惑をかけるぜ」
センの言葉に、シシリーは仕方なくしばらく滞在することにした。
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