第4話 懐かしい匂い2

「隣の集落にね、お使いを頼んでいたのよ。お帰りなさい」


 頭に乗っている雪を払ってあげながら祖母は微笑んだ。一方狐はトウカを見て目を瞬く。そろりと近寄って、まだ雪の残る顔でトウカを見上げた。


 ――寒そう。


 トウカは無意識に手を伸ばした。耳の先に残っていた雪を、祖母がしたように手で払う。そしてポチにするように、その頭を撫でた。

 祖母も狐も、驚いたような顔をした。そういえば、自分から狐に触れるのははじめてだったかもしれないと気づく。トウカはずっとあやかしを嫌っていたから。

 そう思っていると、ヨシノがトウカの着物を引っ張った。


「トウカ、ヨシノも」

「なに?」


 ん、とヨシノが頭を突き出す。

 トウカは困ったように笑いながら手を伸ばした。頭を撫でてやれば、ヨシノがわずかに笑う。すると今度はポチがトウカの髪を噛んで引っ張った。指先で小さな頭を撫でると、ポチも嬉しそうな顔をする。


「あらあら――、仲良しさんなのね」


 祖母は笑った。細かな皺が刻まれた目元が和らぐ。大好きな祖母の顔だ。

 その表情をみて、トウカの心に蠟燭が灯るように、温かい感情が生まれた。不安で張りつめていた心も体も、その灯にじわりと溶かされるような心地がした。それを知ってか知らずか、祖母は笑みを深める。


「そういえば、大事なことを言っていなかったわね。――お帰りなさい、トウカ」


 祖母の声がトウカの中に広がって染み渡る。

 帰ってきたことへの困惑、焦り――それらが消えることはないが、トウカの中に生まれた温かな感情は大きくなって、目頭が熱くなった。


「うん――。ただいま、おばあちゃん」


 絞り出すように言えば、祖母は幼子にするように優しくトウカの頭を撫でた。


(第4話「懐かしい匂い」 了)

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