第8話 光が満ちる3
「僕にかかっていた呪いは、体を蝕んで、それでも死ぬことを許さず長い苦しみを与えるものだった。あの呪いのせいで僕の体は限界まで痛めつけられたけど、同時にあの呪いのおかげで生きていたようなものなんだ」
「じゃあ、私が呪いを解いたのがいけなかったの? あなたが消えるのは、私のせい? 私、そんなつもりじゃ、私はただ――」
助けたかっただけなのだ。
目頭が熱くなって、トウカの頬を涙が伝って首に流れた。ヒバリがそっと顔を寄せて頬擦りをする。
「主様が自分を責める必要なんてないよ。僕はもう、ずっと一人で苦しむしかないと思っていたんだ。それがもう一度主様に会えて、呪いも解いてくれて、苦しみもなくなった。それに、こんなに温かい気持ちになれた。僕は、これだけで十分だ。幸せだよ」
「ヒバリ――」
トウカは手を伸ばしてヒバリに抱きついた。もう彼に触れても痛みや熱はない。陽だまりのような温かさに包まれて、一層胸が苦しくなった。
「ごめんね、私のせいで」
ヒバリは困ったように瞳を細める。
「主様は悪くない」
「でも、私」
ヒバリの体に顔を埋めた。温かい。徐々にその存在が消えていくのが肌で分かった。氷が春の光に溶けていくように、ヒバリの姿も消えていく――。
もう幾ばくの時間も残されてはいないだろう。消えるのは、悲しいほどに早いのだ。
嗚咽をもらすトウカを、ヒバリは悲しそうに見た。
「泣かないで、主様。――ねえ、主様の今の名前、なんていうの?」
彼の声も体も、光に包まれて消えていく。ああ、本当に、なんて美しくて悲しい光景なのだろう。
トウカは涙をこする。
「――トウカ。今の名前は、トウカだよ」
「トウカ。トウカか――」
ヒバリは何度もトウカの名を呼んだ。そして、いい名前だね、と微笑んだ。
「おばあちゃんがね、つけてくれたの。私、この名前が大好き」
「そっか。じゃあ僕と一緒だね。僕も主様がつけてくれたこの名前が、大好きなんだ。本当に、ずっとずっと、今も昔も――、僕は主様が大好き」
「うん――」
「主様の色んなお話、聞きたかったな。でももう駄目みたいだ」
光が強まる。声が遠のいていく。抱きしめているはずなのに、どこか遠くから声が聞こえる。消えてしまうのだ、本当に。この世から――。
拭っても拭っても、頬を涙が伝う。
消えていく――。
「主様」
「――なに」
「ありがとう」
そんな声が、どこかでうっすらと聞こえた。
目を開いているのも難しいほど、光は強くなる。トウカの瞳からは涙があふれて止まらなかった。
光の中で、美しい鳥の声が一つした。
(第六章 第8話「光が満ちる」 了)
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