第8話 光が満ちる2

 一体、いつまでそうしていたのだろう。

 時間の流れもよく分からないほど、トウカはまじない札にのみ意識を向けていた。力を注ぎすぎて、思考も曖昧になる。自分がなにをしているのか分からなくなる。

 だが。

 そんな状態でも、空気が和らいだのを感じた。


 トウカは目を開く。

 もう、ヒバリからあふれ出る靄はなかった。すべて、札の文字に吸い込まれたのだ。

 彼の周りを漂っていた文字たちは自分の役目が終わったことを悟ったのか、札の中へ戻っていった。札の方でも、光をおさめ、トウカの足元に無造作に落ちる。

 しん、としていた。


 ――終わった。


 口から安堵の息がもれる。終わったのだ。もう、呪いの気配はしない。


「――ヒバリ」

「ありがとう、主様」


 トウカはヒバリを見上げて、息をのんだ。

 ヒバリの姿はすっかり様子が変わっていた。

 闇夜に染められたようだった翼は、今や白と茶の美しい翼となり、特徴的な模様を作っていた。黒い瞳がトウカを見ている。黒真珠にも似た、気品のある光が灯っている。

 春を告げる美しい鳥。これが、本来のヒバリの姿だ。


「よかった――」


 トウカはその場に崩れ落ちた。呪いを解くのにほとんどの力を使ってしまって、もう立っていることすらできなかった。それどころか、気を抜けば意識すら飛んでしまいそうだった。

 それでも、ヒバリを救うことができたのだ。

 そう思うと微笑みが浮かんだ。そのまま、ヒバリを見上げる。


「――え?」


 しかし、次にはトウカの目に戸惑いが浮かんだ。


「な、なんで」


 ヒバリの体は淡く黄金色の光に包まれていた。崇高で、美しく、そして、悲しい光。光に包まれて、ヒバリの体からその存在が欠けていくのを感じた。


「あのときと、同じ」


 トウカはこの光を知っていた。

 鎖の少女、ヒサゴもこの光に包まれていたのだ。それはとても美しく、悲しい姿として、トウカの中に消えずに残っていた。彼女の呪いを解いて、彼女が消えていったときも、こんな光景だった。

 そうしている間にも、ヒバリの体が薄れていく。消えていくのだ。


「待って、ヒバリ、どうして――」

「もともと、もう僕は限界だったんだよ。いつ消えてもおかしくなかったんだ」


 ヒバリは美しい声で言う。わずかに悲しそうな色を含んでいたが、瞳は穏やかだった。

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