第6話 悲しい声1

 トウカはあの日と同じ、雪の降る山を進んだ。息が苦しくなるほどに重い呪いの気配が漂っている。そのせいか、ここにはトウカたち以外の動物もあやかしもいなかった。そういえば以前来た時も静かなものだったと思いだす。


「いやあ、ひどいものだね、この空気は」


 ケラケラと笑いながらシラバミはトウカの後ろを歩く。ウツギとアサヒはもう反応をすることも億劫なようで、無言で続いた。

 そのうち、気配が深く濃くなり、最大まで満ちた頃。すべてを拒絶して、すべてを吸い込んで、充満して、虚ろになっている場所で――、トウカは足を止めた。


「助けにきたよ」


 トウカの声は雪に吸い込まれていく。緊張に包まれながらも、頭は冴えて視界は明瞭だ。ウツギやアサヒがそばにいてくれるだけで安心した。

 以前と同じように、虚ろな空間に黒い鳥のあやかしがいた。

 死んでいるように目を閉じていたあやかしは、漆黒の瞳を開く。トウカの前に出ようとするウツギを制すと、なにか言いたげな目が向けられた。だがトウカは首を振って、あやかしに歩み寄る。


「この前はごめんなさい。今度は逃げないから――。あなたのことを助けにきたの」


 あやかしの瞳に、トウカの姿が映る。そのとき、空気が震えた。

 突然、黒い雲のようなものが生まれて、あやかしとトウカを包みだす。その雲はたちまち世界から二人だけを隔てるように広がっていく。うわ、とアサヒが叫んだ。そして、ウツギの呼びかけが響いた。


「トウカ――!」


 トウカは弾かれたように振り向く。


「大丈夫だよ、ウツギ。なにかあったら呼ぶから。ここは私に任せて、ね」


 振り向いてそう言ったとき、辺りは完全に雲に包まれて、彼らの姿が見えなくなった。しん、と空気が静まり返る。ウツギたちの姿が見えないことに心細い気がしながらも、弱音なんて言っていられないと首を振る。

 呪いのせいで息がしづらい。だが、しばらくすると、ふいに呼吸が楽になったことに気づいた。


「また――」


 白い光だ。

 トウカの体はぼんやりと光に包まれていた。以前は右腕だけだったが、今は全身を温かい光が包んでいる。

 トウカは安心して目を閉じた。この光はトウカを守ってくれている。

 一度深く息を吸うと、前を見据える。一歩ずつ確かな足取りで進んだ。

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