第4話 誰そ彼2

 トウカは一度大きく息を吸って、冷えた空気を胸に満たした。そのおかげか、思考もぴんと糸を張るように冷静になっていく。


「前に話したよね。夢を見るの。白い花と、月と、鳥の夢。それに、あなたの主人が使っていた風呂敷にも、その三つが刺繡されていた。ウツギという名は花の名だし、私の中にいるあやかしは月みたいな瞳、それにあの黒い鳥のあやかし。ぜんぶ、偶然には思えない」


 すべて繋がっているはずなのだ。その確信があった。

 ウツギは目を伏せた。瞳に白い髪がかかって、表情が見えなくなる。トウカには今ウツギが考えていることがよく分からなかった。だから、黙ってウツギの言葉を待った。

 やがて、彼は観念したように、ゆっくりと口を開く。


「そう――、そうだ。あいつも、彼女も、俺と同じ式神だった。俺たち三体で主様に仕えていたんだ」


 その声はウツギに似つかわしくない、震えたものだった。拳を握り、トウカを見る。トウカの瞳、そして右腕を見て、うつむく。

 だから、と苦しそうに言葉が続いた。


「あいつのことは俺がけりをつける。昔馴染み、だからな。すべて俺が終わらせるから、もうトウカは関わるな。――あいつにかかっている呪いは強いんだ。人の子のお前なんて、あの呪いにまともに触れればすぐ死んでしまう」

「私を、心配しているの?」


 トウカは眉を寄せた。

 心配してくれているのなら、それは嬉しいはずなのだ。だがトウカには素直にその心配を受け取ることなんてできなかった。だってウツギは――。


「ウツギは――、私を殺そうとしているんでしょう。なのに、どうして私を守ろうとするの。それとも、ウツギが守りたいのは私の体? 私の中にいるあやかし? 私自身を守ろうとしているわけではないんでしょう。そうだよね」


 ウツギは息をのんで――、なにも答えなかった。唇を噛んで、泣きそうな顔をする。そんな姿を見るのははじめてで、トウカの胸が痛んだ。言葉にしてしまったことをわずかに後悔した。

 お互い、なにも言わない。部屋を静寂が包んで、外で雪が降り積もる音すら聞こえてきそうだった。

 長い間そうして沈黙し、やがてウツギがと息をもらした。


「――とにかく、トウカはもう関わるな。あいつは、危険なんだ。だから俺が殺す。トウカは関わらなくていい」


 言い聞かせるような口調で言うと、ウツギは背を向けた。トウカは黙ってその背中を見つめる。いつもより小さく見えるその背中に、なんと声をかければいいのか分からなかった。

 ウツギはこちらを気にしながらも去っていく。そうして見えなくなった。

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