第4話 誰そ彼1

  泣いている。

  あの子が泣いている。黒くて、大きな鳥。

  かすれた声が聞こえた。


  ――僕を、殺して。


*****


 ひどい頭痛がした。額をおさえると、頬を涙が伝ったのに気づく。夢の中で聞いた声がまだ頭に残っていた。


「起きたか」


 障子が開くと、ウツギが立っていた。


 ――あ、雪だ。


 ウツギ越しに見える庭の草木は薄く雪化粧をまとっていた。綿毛のような雪が今も降っている。


「腕、痛むのか」


 障子が閉められて、庭が見えなくなった。ウツギは腰を下ろすと、手を伸ばしてトウカの頬に触れる。その指で涙を拭われた。


「お前、ずっと目を覚まさなかったんだぞ」


 ウツギは疲労を顔からにじませていた。目元には彼に似つかわしくない隈まである。


「呪いを受けた影響だろうな。あのあとすぐ、お前は意識を失ってずっと目覚めなかったんだ。――一人で勝手に行動するなと言っただろう。どうしてあのとき俺を呼ばなかった」

「呼んだでしょう。ポチにウツギを呼んでくるようにって、お願いしたもの」


 ウツギは無言でトウカを睨む。責めるような言葉は言わなかったが、その瞳だけですべてを語っていた。それでトウカは、「――ごめんなさい」と小さく呟いた。

 ポチに頼みはしたものの、ウツギが来るのを待たずに一人で動いたのは事実だ。ウツギが怒るのも無理はない。うつむくトウカを見て、ウツギは息をついた。


「体はどうだ?」

「痛くないよ」

「見せろ」


 袖をまくるとあまりの寒さに鳥肌が立った。だが、あのとき呪いを受けたはずの右腕はすっかりいつもの様子に戻っている。呪いを受けたすぐあと、白い光に覆われて痛みが引いた腕。月明かりのような光――。


「治って、いるな。――それならいいんだ。食欲はあるか? 粥かなにか作ってこよう」

「ウツギ」


 トウカの硬い声に、腰を上げかけたウツギの動きが止まる。トウカは真剣な眼差しでウツギを見つめた。

 もう、目の前の事実から目を逸らすのは嫌だった。ウツギをじっと見たまま、話し出す。


「あの黒い鳥のあやかし――、ウツギは彼のことを知っているんでしょう。ウツギと同じ主人に仕えていたあやかしなんじゃないの? ウツギと、私の中にいる女性のあやかしと、あの子。みんな式神だった。違う?」


 ウツギは呆然とトウカを見つめ返した。なんで、とその唇が震える。

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