第2話 白い雪と黒い羽3

「ひどい、気配だね」


 じっとトウカは気配の先を見据える。禍々しいなにかがある。なんなのだろう、この気配は――。

 なにかに魅入られたように道の先から目を逸らせない。ポチはそんなトウカの髪を噛んで、戻ろうとでも言うように後ろへ引っ張った。だが、トウカの目は前に向けられたまま動かない。


「こんな――、夢と同じなんておかしい。偶然なんかじゃない。この先に、なにかあるんだ」


 トウカの体も意識も気配のする方へ吸い込まれていく。この先になにかがある。それを知らなければ、と思うのだ。

 うるさく鳴る胸の前で手をあわせて、息を吸った。冷たい空気が体に染みわたって、少しだけ冷静になれた気がした。そして冴えた頭を持ってしても、やはり思うのだ。

 この気配を素通りするなんてできない。


「――ポチ、ウツギを呼んできてくれない? 私は、この先に行かなきゃ」


 すぐさま抗議するような眼差しが向けられた。ポチは先ほどと同じように、トウカの髪を遠慮もせずに後ろへ引っ張る。トウカはそっとポチを両手で包むと髪から引き離した。ちっぽけなポチの体ではトウカに抗うこともできず、その体は容易く手に収まった。


「ごめんね。だけど、お願い、ポチ。ウツギを呼んできてほしいの。まだ、そう遠くには行っていないと思うから。どうしても私、この先が気になって。でも一人で動くなってウツギに言われているし――、だからお願いポチ。急いでウツギを呼んできて」


 トウカとポチはじっと見つめあった。行って、行かない、の無言の攻防が続く。

 いつまでそうしていたのか、ずいぶんと長い間お互いの視線だけで会話をしていた。しかし――、最後にはポチが目を逸らした。降参だと言うように小さな鳴き声がする。


「ありがとう」


 ポチはちらちらとこちらを振り返りながらも、背を向けて駆けて行く。進む方角に迷いはない。ウツギの匂いはすぐに追えるだろう。トウカはもう一度礼を言ってその姿を見送ると、再び気配の方へ意識を向けた。


(第六章 第2話「白い雪と黒い羽」 了)

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