第2話 本の屋敷4

 本に浸食される家を出て、すっかり暗くなった街を歩く。

 口数の少ないトウカを心配しているのか、アサヒはちらちらとトウカに視線を寄越した。


「トウカ、お腹減ってないか? なんか食べる?」

「ううん。ウツギが待っていると思うから、早く帰ってあげないと――うわっ」


 突然、横の路地から影が飛び出した。どんっとトウカの体に衝撃がかかる。トウカはどうにか耐えたが、相手は尻餅をついた。それは小さな少女で、トウカは慌てて手を差し出す。


「ごめん、大丈夫?」


 少女は無言でうなずくとトウカの手を取って立ち上がる。

 背丈は五歳くらいで、瑠璃色のおかっぱには左耳の上に桜の髪飾りがついている。能面のように静かな表情だ。眉一つ動かさない少女にじっと見上げられて、トウカは戸惑った。するとまた路地の奥から別の少女が駆けてきた。


「ヨシノ! おいていかないでよ!」


 ばたばたと駆けてきたのは瑠璃色のおかっぱ、右耳の上に白い橘の花の髪飾りをつけた少女だった。もう、と薄桃色の頬を丸く膨らませる。

 二人の少女が並ぶとまるで鏡写しのようだった。違うのは髪飾りと表情だけ。

 トウカとアサヒは目を見合わせた。


 ふと、トウカは群青色の石が、少女の足元に転がっているのを見つけた。しゃがみ込んで拾うと、勾玉の形をした美しい石だった。一見すれば群青色だが、角度によっては薄紅色や藤色にも見える。トウカは思わずその石に見惚れて手の中で転がした。


「――この石、あなたの?」

「うん」

「あ! ヨシノー、大事な石落としちゃ駄目じゃない」


 無表情の少女はこくりとうなずいてトウカから石を受け取った。その横で表情が豊かな少女はぶーと頬を膨らませる。


「片割れがないの」

「え?」


 ヨシノと呼ばれた無表情の少女はトウカに向かってそう言った。トウカが首を傾げると、もう一度繰り返す。


「この子の片割れがないの。でも、近くにある」

「そうなの! 近くにあるから見つけなきゃ駄目なんだよ。ヨシノとカグノでね、今色んなところを探しているんだよ」

「そっか、頑張ってね――?」


 トウカがわけも分からずそう言うと、二人は同時に頷いた。


「お姉さんいい人」

「いい人!」


 それだけ言うと、少女たちは手をつないで路地に消えていった。トウカとアサヒはひたすら首を傾げて二人が消えていった路地を見つめた。


(第四章 第2話「本の屋敷」 了)

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