第6話 昔語り1

 トウカは雨の中を早足で歩いた。ざあざあと降り注ぐ雨は着物の袂を濡らしてしまう。歩くたびに水が跳ねるのが嫌だった。


「トウカ」


 雨音の中でかすかに名が呼ばれたのを感じて、トウカは顔を上げた。そこには座敷の中からトウカを手招くヒサゴの姿がある。


「ひどい雨ね。これから鳥居階段へ行くところだったの?」

「うん。こんなに降ると思わなくて。さっきまで小雨だったのに」

「すこしだけここで休んでいったらどう?」


 願ってもいない申し出にトウカは頷いた。

 いつもヒサゴのもとにくるのは夕方だから、昼から座敷にあがるのは妙な感じがした。トウカはそわそわと落ち着きなく雨音を聞いていたが、そっとヒサゴの様子をうかがいみた。

 相変わらず、彼女の細い首には枷がかけられていて、そこからは鎖が垂れている。可憐なヒサゴに武骨な鎖は似合わない。


「ねえ、ヒサゴ。その鎖――まじないがかかっているんだね」

「そうよ」


 鎖からは、まじない師の祖母が仕事をしているときと同じ気配がする。トウカはもしかして、と告げて、


「ヒサゴって人の世にいたことがあるの?」

「ええ」


 おずおずと尋ねると、ヒサゴは頷いた。


「私はね、かつて人に仕えていたの」


 ヒサゴは目を細めた。まるで過去を見ているような顔だった。ふとトウカに向き直るといつもの笑みを浮かべる。


「せっかくの雨宿りなのだし、私の話を聞いていく? すこし長くなるかもしれないけれど」

「うん、聞きたい」


 素直に頷くトウカにヒサゴはそっと近寄って、子どもに昔話をするように話しはじめた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る