第5話 空の木2

「白いお花といえば、夕暮れになるとこの座敷の前に落ちている花びらがあるけど、あれはヒサゴが落としているの?」


 白くてちぢれた花びらのことがずっと気になっていたが、つい聞く機会を逃していたのだ。

 ヒサゴは微笑むと片手を口の前にもっていき、ふっと息を吹きかけた。指先には白い花びらが一枚うまれて、ふわりとトウカのもとまで風に運ばれる。いつも見ているあの花びらだ。


「これは夕顔。夕暮れに花を咲かせて、次の朝にはしぼんでしまうお花。私は花のあやかしなの」


 ヒサゴの言葉にトウカは「そうなんだ」と相槌を打つ。可憐なヒサゴの姿は花のあやかしにふさわしく、すとんと心に落ちた。


 三人はたわいのない話をした。ヒサゴのおかげで、ずっと張りつめていたウツギの空気も和らいだような気がしてほっとした。

 とっぷりと闇が街を覆いはじめたころ、そろそろ帰ろうとトウカたちは腰を浮かせる。手を振って見送るヒサゴの首で、鎖が重たい音を立てた。街を歩くと冷たい風が吹き抜けて身を震わせる。


「ねえ、ウツギ」

「なんだ?」

「ヒサゴのあの鎖、まじないがかかっている。どうしてだろう」

「さあ」


 トウカはまじない師をしている祖母のことを思い出した。あの鎖からは、祖母がまじないを使うときの懐かしい気配がする。


「おばあちゃん、今なにしてるかな」


 そう呟くトウカをウツギは横目で見た。


(第三章 第5話「空の木」 了)

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