第20話 美少女とスポーツ(女子ver)

④藤島渚


 今日みんなを遊びに誘ったのは私だ。その目的はもちろん心春のため。話を聞くところによると、二人はあまり二人で遊びにお出掛けとかはしたことがないらしい。一度映画を見に行ったとは言っていたけれど、それっきり遊び(デート)はなかったと言う。互いに意識しすぎて逆に誘いづらいということなんだろう。ならきっかけを作ればいいのさ。


 そしてもう一つの狙いがゆずのこと。見てれば分かる、ゆずは上原に恋している。

 それにゆずが気付いていないのか、気付こうとしていないのかは分からないけど、友達として背中を押してあげたい。それと単純に上原の恋も応援したい。余計なお世話なのかもしれないけど。


「私は沖村と組むよ」

「え? 俺?」


 そう私の作戦はこうだ。まず私が無理やり邪魔者の沖村をかっさらう。そしてあとは心春ー秋谷、ゆずー上原ペアになればいい。


「他四人はどうするの?」


 私はゆずをちらりと見やった。


 そうここで言わなきゃいけないのはゆず。心春のために、上原と組みたいと言ってあげて……


「わ、私が上原と組む……」

「え?」

「お?」


 来たああああ!


「うん、俺もそれが良いと思う」


 上原も優しく頷いた。


 くぅ~、いいもん見せつけてきやがって……ああ、今すぐゆずのことからかいたい!


 もちろんそんなことをすれば、ゆずのセンシティブな恋心に傷をつけてしまうかもしれないので自重する。


「分かった……じゃあ、俺が桜河とだな?」

「えっ、えっ」


 沖村は何も状況を理解できてないみたい……心春とゆずの恋が実ったときにはちゃんと話してあげよう。もちろん二人に許可を取ってね。


「じゃあ、俺たちが先でいい?」

「おう、頑張れよ颯心」


 ゆずはすっかり大人しくなっていた。


「俺たちもどこか行こうか、心春?」

「うん」


 じゅ、順調だぁ……作戦が順調すぎる……




 ※ ※ ※ ※ ※ ※




 私はリンクの上でも沖村と一緒にいた。


 心春も、ゆずも上手くやってるかな?


 ゆずの方を見る。


 わ、わあ……ゆずが上原の胸のなかに飛び込んでる…… まあ事故だろうけどさ。


 思ったより、上手くいってない? これ?


 続いて心春の方を見た。


 !?


 そこにあった光景は、心春が秋谷の胸に飛び込んで、転倒する姿だった。


 私と沖村はほぼ同時に駆け出した。こんなことなら気を使って遠くにいるんじゃなかった……


「ちょっと二人とも! 大丈夫!?」


 ん!?

 今秋谷のやつ心春の背中に手を回して抱き締めてなかった!? えっ、付き合ってないんだよね、あの二人?


 私は急いで二人のもとに駆け寄った。


「もう気を付けなよ、心春」


 手を貸して心春を立ち上がらせる。そのあと秋谷が立ち上がって、沖村、ゆずと上原も集まってくる。


 そんな中、私は秋谷に近づいた。


「ねえ、さっき心春のこと抱き締めてたよね?」


 ギクッと秋谷は動揺した。

 やっぱり秋谷も好きなんじゃん、心春のこと。




 ※ ※ ※ ※ ※ ※




「ね、ねぇなぎちゃん……」


 駅に向かう途中、ゆずが私をぐいっと引き寄せる。


「どうしたの?」

「ちょっと聞きたいことがあるんだけど……」


 ゆずは頬を紅潮させていた。私はそんなゆずの話を真剣に聞いた。


「なるほどね。分かったよ……」

「あ、ありがとう……」


 駅に着くなり、地下鉄の沖村と別れる。そして私たち五人は改札の前へ。そこで私は実行する。


「あっ、私お母さんにお使い頼まれてたんだった。悪いけど先帰っといって? 私はここで」

「じゃあな」

「ま、またね……」


 私は駅から出る振りをして影に身を隠した。そしてみんなが改札に入ったところで、自販機に歩いていった。時刻表を見れば、次の電車が来るまで十分はあった。


「まさかゆずからこんな頼みをされるなんて……」


 自販機の前で思う。ゆずも心春も、あんな顔するなんて知らなかった……


 夜の寒さは一人ぼっちの心にはよく染みた。買うのはもちろん温かいコーヒー。


 私は今日一日何をやってたんだろう? 心春とゆずをサポートとか言って、周りのことばっかり気にして、当の私自身は何をしていたんだろう……


 自分で望んでやっているのに、二人が私から離れていくよう寂しい思いがした。愛娘が親元を巣だっていくのを見守る母親みたいな心境。


 そんな寂しさもこのコーヒーが埋めてくれることを願った。


「あれ何してるんだ?」

「げっ!」


 そこにいたのは沖村。


「あんたこそ何してんの?」

「帰る前にトイレに行こうと思ってさ」

「そうだ。俺、藤島に伝えなきゃいけないことがあるんだった……」

「へ?」


 急に真剣な面持ちになる沖村。えっ? これって……


「藤島は良い奴だけど、俺は桜河さん一筋だから。悪い」


 ん??? ちょっと待って!

 なんで私はフラれてんの? なんで告白してもない奴からフラれてんの? なんで好きでもない奴からフラれてんの?


「ごめんちょっと待って?」


 理解が追い付かない。


「どうして私があんたのことを好きみたいになってるの?」

「違うのか?」

「違いますけど! むしろなんでそう思った?」

「いや、お前今日ずっと俺にベッタリだっただろ? チーム分けの時から俺とペアになりたいとか言ってよぉ? でも俺には愛しの桜河さんがいるし、せめて変に期待させてしまうよりはと思って……」

「ストッーープ! あんたが好きだからペア組んだわけじゃないから」

「ツンデレか?」

「違うわ!」


 恋愛小説ならここで私とこいつが好き合うのが一番綺麗に収まるのかもしれないけど、私は断じてそれを許さない。そんな余り物同士の恋みたいなのは嫌だ。


「っていうかまだ心春のこと好きだったの? 一回フラれてたでしょ?」

「ああ、きっぱり諦めて新しい恋を探そうともしたさ。色んな女性を彼女にしようとしてな」


 カラオケでのあれは少なくとも女に見境のないだけに見えたけど?


「でもそう簡単に割り切れることじゃなかった」


 こちらに向けられた沖村の顔はいたって真剣だった。


 今頃、ゆずも心春も上手くいっているんだろうか? 多分いってるだろう。特に秋谷と心春はどうせいちゃいちゃしてるんだろう、スケートリンクの時みたいに。


 心春とゆずの恋を応援する気持ちも本物だ。でもそれ以上に、今言いたいことは……


「リア充くたばれェ!」


 羨ましい奴らだよ、全く。心春も、ゆずも、秋谷も、上原も、それに沖村だって! みんな恋しちゃって、私だってリア充ライフしたいわ!


「俺も同感だわ!」


 私もみんなみたいに恋に夢中になってみたい。


 もし私が本当に二人の母親だとして、二人は親元から巣立った。なら今度は私が恋を探してみても良いかもしれない。周りのことばかり気にしていないで……


 勇気を出してみよう。一歩を踏み出してみよう。


 少なくとも、沖村より良い男を見つけよう。







⑤七瀬ゆず


 このタイミングで、このメンバーでの遊びのお誘い。これは明らかになぎちゃんが心春ちゃんの恋を応援しようとしている。それなら私も心春ちゃんの恋を応援したい!!


「どうやってチーム分けする?」

「無難にじゃんけんがいいんじゃないかな?」

「いや、運動能力に差があるだろ? なら」

「私は沖村と組むよ」

「え? 俺?」

「他四人のチームはどうするの?」


 なぎちゃんはちらりと私を一瞥した。


 ああ、そういうことか! つまりなぎちゃんは心春ちゃんと秋谷くんを一緒のペアにしたいってことだね!


 ってことは私がペアになる相手は…………


 さっきまでは平静だった心が、急に緊張してきた。


 そうか、心春ちゃんも秋谷くんも幼馴染であることを秘密にしてるからここで一緒のペアにだなんて言いづらいはず……なら、ここで行動を起こさなきゃいけないのは私だ。


 でも、私が上原と組みたいだなんて言えばまた……


「わ、私が上原と組む……」

「え?」

「お?」


 ニッコリしているなぎちゃん以外のみんなが驚く顔をした。何だか何もやましいことはないのに、恥ずかしくて顔が熱くなってくる。


「うん、俺もそれが良いと思う」


 上原は優しい笑顔で私に笑いかけてきた。


 別にこれは仕方なかっただけ……上原は全く関係ない。全ては心春ちゃんのため……


「分かった……じゃあ、俺が桜河とだな?」

「えっ、えっ」

「じゃあ、俺たちが先でいい?」

「おう、頑張れよ颯心」


 でも、気付いたら変なわだかまりはなくなっていて、前みたいに普通に喋れるようになっていた。楽しい……




 ※ ※ ※ ※ ※ ※




 うぅ……ローラースケートって思いの外難しい。膝がブルブル震えて足が安定してくれない。


「七瀬、大丈夫か?」

「だ、大丈夫!」


 足がプルプル揺れて、全く説得力がないことは分かってる。


「うわっ!」


 突然のことに頭が回らなくなる。足が滑って、私の体は前へと飛び出した。


「危ない!」


 上原が私の両肩を抑えた。でも勢いのせいで私の体はすっぽりと上原の体に収まっていた。


 それはまるで上原に抱き締められているようだった。顔を少し上げるだけで目の前には上原の顔があって、焦った上原の吐息を感じた。


 心臓の動悸が急に激しくなってくる。これは転びそうになってバクバクしているだけ……


「ちょ、大丈夫?」


 上原は心配した顔で私の顔を覗き込んだ。ち、近いってば!!

 上原はそれを気にしている様子が全くない。私だけ気にしてバカみたい! っていうか私に好意があるならもっとドキドキするべきでしょ?


「……うん、大丈夫だよ!」


 私は自分の体を押し出すようにして、上原の胸の中から離れた。体勢を戻せたもののまだ足元はぐらぐらしている。


「ほら」


 上原が私の方に手を差し出した。この手は何?


「転んだら危ないよ」

「……分かったよ」


 私は上原の手に軽く触れた。その手を上原はぎゅっと握った。私は恥ずかしくて、上原から顔を背けていた。


「ちょっと二人とも! 大丈夫!?」




 ※ ※ ※ ※ ※ ※




「ごめんね、上原。私のせいで負けちゃって……」


 ボーリングで負けた。私のせいで負けたと言っても過言じゃない。最初は心春ちゃんと同じくらいのレベルだったのに


「七瀬のせいじゃないよ。七瀬だって頑張ってたじゃん、三連続ガーターとか」


 上原は笑いを堪えきれない様子でそう言った。


「ちょ、それバカにしてるでしょ!!」

「あはは、ごめんごめん」


 上原はプッと吹き出して笑い出した。


「ふっ……ははは」


 上原の笑いに私まで可笑しくなってきて、笑い出した。確かに三連続ガーターはひどい!


 一通り笑った後、上原は自動販売機に手をかけた。


「七瀬は藤島の分買ってあげて。俺は凌平の買うから」

「ちょっと、上原。買うの一本多いよ?」


 私が買い終えた後に、上原がお金を入れた。上原の手には明らかに二本のペットボトルがあった。私が疑問に思っていると、そのうちの一本を私に差し出してきた。


「これは七瀬へ」

「私に?」

「本当に七瀬はよく頑張っていたから」

「どうせ、私は三連続ガーターですけどね。でも、ありがとう!」


 私は今まで何を気にしてたんだろう。私はちゃんと笑ってる。前までの上原とよく喋っていたころみたいに笑ってる……!


「ねえ、七瀬……」


 上原が真剣な面持ちをした。


「また一緒に遊んでくれないかな? 今度は二人で」


 え? 二人で!? ちょっと、タイム! それは明らかにデートだ! 言い逃れが出来ないよ、それはデートのお誘いだよ!?


 ああーーー!!! 頭が真っ白になってくる。何をどうすればいいの……


「ちょっと考えさせて!」


 私は上原を取り残して早足でその場から逃げ出してしまった。


 そんなこと急に言われても困るよ……




 ※ ※ ※ ※ ※ ※




「ね、ねぇなぎちゃん……」


 駅に向かう、帰り道。私は後方にぐいっとなぎちゃんを引っ張った。


「どうしたの?」

「ちょっと聞きたいことがあるんだけど……」


 こんなことなぎちゃんに聞くのは恥ずかしい。でも、なぎちゃんしかいないから……


「もしさ、自分に好意を持ってそうな異性から二人きりで遊ばないかって聞かれたらなぎちゃんはどうする?」


 これが自分のことだって、隠しきれていないのは分かっている。でも聞かなきゃいけない。


「どうしようか迷っている時点で、もう答えは出ているんじゃない? そうでしょ?」


 私は渚から目を逸らす。渚は黙って私のことを見つめていた。しばらく沈黙が続いて、私は静かに頷いた。


「なぎちゃん……私この後、上原と二人で話をしたいんだ……」


 なぎちゃんは驚きの表情を見せる。当然だ。


「なるほどね。分かったよ……」

「あ、ありがとう……」

「じゃあ、私が上手く抜ければいいんだね。任せて……」

「う、うん……」

「頑張りなよ」


 なぎちゃんはポンポンと私の頭を撫でた。


 駅に着くなり、地下鉄の沖村と別れる。そして私たち五人は改札の前へ。そこでなぎちゃんは実行した。


「あっ、私お母さんにお使い頼まれてたんだった。悪いけど先帰っといって? 私はここで」

「じゃあな」

「ま、またね……」


 そして私と上原は駅のホームで二人きり……どちらも無言を貫いて、空気が緊迫している。


 ふぅ。勇気を持とう。


「あの、七瀬……」

「……いいよ、上原……」

「ん?」

「だからさっきのお返事……一緒に遊びに行ってもいいよ……」

「えっ、ほんとに? よかったぁー」


 子供みたいに笑みを浮かべる上原。


 ドキッ。


「そんなに喜ぶことじゃないよ……」



 私はもう…………上原のことが好きなんだ……







⑥桜河心春


 今日は文化祭のメンバーでお出掛け。渚とゆず、もしくはひかると遊ぶことはあったけど、このメンバーで遊ぶのは始めた。

 主催者は渚だけど、その意図が何となく分かる気がする。私がひかるへの想いを打ち明けてからすぐのことだもん。だいたい察しがつく。


 ひかるが先に出たので、時間差で私が出た。駅に着くと、改札の向こう側にひかると渚がいた。


 うん? なんかひかると渚の距離近くない? 渚がひかるのすぐ目の前まで詰め寄っているように見える。


 何だか胸の奥がモヤモヤしてくる。


 とにかく急いで二人のところに行こうと思った。


 私は珍しく全力ダッシュをして、改札を抜けた。そのまま二人の間に割り込んで、二人の距離を引き裂いた。


 それはいいんだけど、そのままひかるの胸に飛び込んでしまった。ひかるはそれをしっかりと抱き抑えてくれた。


「どうしたの心春? ダッシュしてきて?」

「……べ、別になんでもないけど?」


 息が切れて心臓がドクドクしているのか、抱き止められてドキドキしているのか分からなくなってしまった。




 ※ ※ ※ ※ ※ ※




「他四人のチームはどうするの?」


 そりゃ、ひかると組みたいよ? でも上原くんと沖村くんがいる前でそんなこと言えるわけないよ。


 だから私は黙って流れに身を任せるしかなかった。でも、そこに救世主が現れた。


「わ、私が上原と組む……」

「え?」

「お?」


 どうしちゃったの、ゆず!? 上原くんの別に好きじゃないって言ってたのに……やっぱりゆずって上原くんのこと好きなのかなあ?


「うん、俺もそれが良いと思う」

「分かった……じゃあ、俺が桜河とだな?」


 ひかるが私の目をまっすぐ見つめてきた。突然のことに私はプイッと目をそらしてしまう。そんなにまっすぐな眼差しで、見られたらドキッとしちゃうよ……


「えっ、えっ」

「じゃあ、俺たちが先でいい?」

「おう、頑張れよ颯心」


 上原くんがコートの中に入っていくのをしおらしくなったゆずがついていった。


「俺たちもどこか行こうか、心春?」

「うん」


 他の四人の死角に入ったところで、ひかるが私の手をギュッと握ってくれた。驚き以上にそれが嬉しくて、思わず顔がニヤケてしまった。


 その時の私たちは本当に恋人みたいだった。




 ※ ※ ※ ※ ※ ※




 ひかるは先にリンクに入ってしまった。なんか距離置かれてる? まあでも上原くんと沖村くんもいるからそれも当然。でも……


 今上原くんはゆずと、沖村くんは渚と一緒にいる。


 せっかく渚がこの場を用意してくれたんだ。私も何かしなきゃ……


 足元の覚束ないゆずが上原くんの胸に飛び込む光景が目に入った。


 わ、私も勇気をだそう……その決心のもと、私はリンクに一歩足を踏み入れた。


「わー、ちょっと、ひかる!!」


 うわぁ、思ったよりこれグラグラする。


「とめてとめて!!」


 そのままスピードを抑えられずに、私はひかるの胸に飛び込んだ。


「うわっ!!」


 ただひとつ予想と違ったのは、勢いが強すぎたこと。

 私は勢いのままひかるを後ろに押し倒してしまった。


「いたたた……」


 幸いにも私は体を地面に打ち付けていなかった。なぜならひかるが下敷きになっていたから……


「だ、大丈夫!?」


 ひかるは頭を上げて、私の目を見た。


「ごめんね、ひかる。ごめん……」


 私のせいだ……私が余計なことをしたばっかりに……


「大丈夫だからそんな顔するなよ」


 ひかるは私の背中に手を回して、ぐいっと胸に私の体を引き寄せた。そして頭をポンポンと軽く叩いた。


「ははっ、全く心春はドジだなあ……」


 ひかるは優しい顔で、優しい声で、優しい言葉でそう言った。


 あったかい……


 私は頭をひかるの胸に下ろした。ひかるが腕の力を少し強めたのが分かった。ひかるの全てが温かくて、その温かさが身体の中にも染み込んで、私の心まで包み込んでくれているようだった。


 このまま離れたくなかった。ずっとこのまま抱き締めていて欲しかった。


 激しい鼓動でドキドキと鳴る心臓。この音はひかるの胸から聞こえているのか、それとも私の心臓の音なのか、どっちなんだろう?


「ちょっと二人とも! 大丈夫!?」


 渚の声がすごく遠くから聞こえた気がした。何だか心地よい……


「やべ」


 声を漏らしたひかるが素早く私の体から手を離したことで、ようやく我に戻った。


 そうだった! ここには渚たちもいるんだった……


「もう気を付けなよ、心春」


 一番に駆け寄ってきた渚が私に手を貸してくれた。


 みんなに見られていないよね? みんなにバレていないよね?


 恥ずかしくなって、顔の体温が上がっていくのが分かった。


 ひかるに抱き締められていたのは一瞬のことだったのに、長い時間抱き締められていたように感じた。ひかるの温もりはまだ私の中に残っていた。




 ※ ※ ※ ※ ※ ※




「ボーリングで勝負しようよ」

「いいね」

「チーム勝負にしよう」

「待て待てパワーバランスがおかしい」

「最下位のチームが優勝したチームにジュース奢りね?」


 ああ……私が足を引っ張ってしまいそうだ。


 しかし、試合が終わってみると、そんな不安はなくなっていた。


「それじゃあ、結果は藤島&凌平ペアが一位で、七瀬&上原ペアが最下位かな?」

「じゃあ、二人が私たちにジュース奢りだね」

「分かった、買ってくるよ。行くぞ、七瀬」

「う、うん……」


 よ、よかったぁ……足引っ張らないで済んだよ。


「よかった、最下位を免れられて……」

「心春のおかげだよ」

「私? 私は何にもしてないよ」

「いやいや、心春がいなきゃ負けてた。ありがとな」


 ひかるは私の頭をポンポンと叩いた。


 けど、ひかるはすぐに手を引っ込めて、逃げるようにボーリングの球を持っていった。


 私は自分の頭に触れる。


 そういうことさりげなくしちゃってさ……あなたのせいで私がどれだけドキドキしていると思っているんだ……?


 もう、顔が熱い……





 ※ ※ ※ ※ ※ ※




 みんなと別れて、私とひかるは電車の中で二人きりだった。私の隣にひかるが座っている。


「今日楽しかったね」

「うん! めっちゃ楽しくて、遊び疲れちゃった……」


 遊び疲れて思わずあくびをする。


「眠いの?」

「ちょっとね」

「寝たかったら寝ても大丈夫だからな? 俺が起きてるからさ」

「うん、ありがと。でも大丈夫……」

「そうか……」


 今日は本当に楽しかったなあ……


「なあ、心春。またみんなでこうやってここに遊びに来たいね?」

「私はヤダ」

「ええ!?」


 ひかるは驚きの声をあげた。


「みんなじゃなくて、今度はひかると二人で遊びたい……ひかると二人でここに来たい」


 気付けばどうしようもないほどに本音を漏らしていた。


 私はどうしちゃったんだろう……最近、自分でも理解できない行動をするようになった。自分が自分じゃないみたい……


「心春?」


 ダメだ、こんな顔は見せられない……


「寝ちゃったのか……」


 君のとなりにいるだけで、心臓がこんなにもバクバクしているのに……


 こんなの眠れるわけがない……











 二話続きで長くなってしまいましたが、最後まで読んでいただきありがとうございます。

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