第19話 美少女とスポーツ(男子ver)
①秋谷光
俺と心春が幼馴染であることが藤島と七瀬にバレてから早三日。俺と心春が幼馴染であることを隠したいという意思を汲み取ってか、二人とも学校で俺と心春の仲について言及することがなかった。
これで心春との関わりのない日常に戻ったのかと思っていたが、昨日突然藤島から連絡が来た。それは遊びのお誘いだった。メンバーは文化祭のメンバー。つまり心春が来るということだ。
バレた途端にこれは、藤島のやつ、一体どういうつもりなんだろう?
「あれ早いね、秋谷」
待ち合わせ場所である駅の改札に一人でいたところ、まず最初に現れたのは藤島だった。
「ああ、藤島……」
「心春と一緒に来ればよかったのに……」
それがダメだからわざわざ心春と時間差で来たんだよ。颯心と凌平にはまだバレてないからな。
「心春は後から来るよ」
「そうなんだ。そういえば、すっごい重要なこと聞いていい?」
俺は黙って頷いた。藤島は一息置いてから言った。
「秋谷は心春のこと好きなの?」
そんなことだろうと思ったよ。目を輝かせて俺の答えに期待しているところ悪いが、何も望むような答えは返さないぞ?
「さあな」
「あなたたち幼馴染でしょ?」
「幼馴染だからなんだ?」
「ラブラブなんじゃないの?」
「偏見だな」
藤島が俺に詰め寄ってきて、胸ぐらを掴んだ。
「とっとと好きかどうか答えなさい!」
「さあ、どうだろう?」
俺は適当にごまかした。藤島は俺に掴みかかっていると、突然改札の向こう側を指差す。
「ねぇ、あれ心春じゃない?」
「えっ? あっ、ホントだ」
心春は全力疾走でこちらに近づいていた。しかし、そのままスピードを殺せずに、勢いのまま飛び込んできた。
「うわっ!」
藤島はひょいと軽い身のこなしで、後ろに下がって心春の突進をよけた。結果、心春の突進は俺が食らうことになった。心春は俺のうちにすっぽり収まった。
正直、そんなに痛くなかった。
「どうしたの心春? ダッシュしてきて?」
「……べ、別になんでもないけど?」
何もないわけはないだろ?
でも、心春は特にわけを教えてくれなかった。
※ ※ ※ ※ ※ ※
「うーん、バドミントンもテニスも全部二人対二人で四人までしかできないね」
集合した俺たち六人、文化祭組は複合型のアミューズメント施設に来ていた。この施設内にはサッカーやバッティングと言った屋外スポーツから、ボーリングやローラースケートなど屋内スポーツ、ゲームやダーツなどの多種多様なアクティビティを揃えた、学生が友達と休日に一度は訪れたことがあるだろう施設だ。
「サッカーとバスケはガチのやつがいるから無理だろうな」
そう言ってちらりと颯心と藤島を見る。
「じゃあ、こうする? この六人で二人ずつの三チームにチーム分けするの。そのうちの二チームがテニスとか四人用のスポーツをやっている間、余った二人は他の場所で自由に遊んでる。それでチームを交代していく。これでどう?」
「いいね」
「どうやってチーム分けする?」
「無難にじゃんけんがいいんじゃないかな?」
「いや、運動能力に差があるだろ? なら……」
「私は沖村と組むよ」
俺の言葉を藤島が一刀両断した。
「え? 俺?」
戸惑って自分のことを指差す凌平を、藤島は無理やりテニスコートの中に押し込んだ。
「他四人はどうするの?」
なるほど、そういうことか。このメンバーで遊ぶなんてどういう風の吹き回しかと思っていけど、藤島は七瀬と颯心の関係を後押ししたいわけだな?
ならここでは七瀬と颯心を組んで、俺は心春と組めばいい。
だが、どうする? 心春は颯心が七瀬のことを好きだと知っているはず。だが、凌平と颯心には俺と心春は仲良くないで通っている。だから二人の前で、俺と組みたいと言えば俺たちの秘密がバレる。
颯心が七瀬と組みたいと言うのがベストだが、凌平の前でやるとは考えづらい。
つまりここで、俺が心春と組みたいと言うしかない…………くっ、心春と組みたいなんて言えば凌平に殺されちまうよ……けど、やるしかない!
俺が手を挙げようとしたとき、七瀬が恐る恐る挙手した。
「わ、私が上原と組む……」
「え?」
「お?」
え?
これはどういうこと? どういういきさつ?
あの七瀬が自分から颯心と組むって言ったぞ!? カラオケで上原のことは別に好きじゃないって言ってたあの七瀬が! そんなの好意があるってまたからかわれても仕方ないぞ?
颯心も七瀬の発言に目を丸くしていたが、優しく頷いて
「うん、俺もそれが良いと思う」
と言った。
「分かった……じゃあ、俺が桜河とだな?」
「えっ、えっ」
何も理解できていない様子で凌平はキョロキョロと俺たちの顔を舐めるように見回した。
「じゃあ、俺たちが先でいい?」
「おう、頑張れよ颯心」
颯心がコートの中に入っていく後ろをしおらしくなった七瀬がついていった。
「俺たちもどこか行こうか、心春?」
「うん」
颯心たちのいるテニスコートから見えない死角に入るとすぐに俺は心春の手を引いた。心春はすぐに俯いてしまって、表情を見ることはできなかったけど、あんまり動揺しているようには見えなかった。
※ ※ ※ ※ ※ ※
一通り屋外でのアクティビティを終えた俺たちは室内に。手始めにローラースケートからだ。
久しぶりにスケート靴を履いたので少し不安だったが、リンクに出てしまえば案外簡単だった。
いま俺は一人悲しくローラースケートをしていた。というのも屋外でのスポーツをしているときようやく気付いたのだ。
恋人じゃない女子の手を握るとかおかしいよな!?
さっきは当然のように心春の手を取ってしまったんだが、冷静になって分かる。俺は結構恥ずかしいことしたのでは!?
今まで心春の手を握ることは何度かあった。でもそれらは全部お化け屋敷とかナンパ避けとか、雨で冷えていたとか何かしらの理由があった。何の理由もなしに手を握るなんて恋人がすることだ……
文化祭以来、自分の行動がおかしくなっていることは自覚していた。特にここ最近は心春への想いが、器を一杯にして溢れ出してしまっている。
ここには藤島たちはもちろん、他の一般客までいるんだ。だから俺は今出来るだけ心春とは距離保とうと思った。
近くにいたら本当に自分が何をしてしまうか分からないから……
「わー、ちょっと、ひかる!!」
後ろを振り返ってみると、心春がこっちに向かって突撃してくる。
「とめてとめて!!」
そのまま心春は飛び込んでくる。
「うわっ!!」
その衝撃に俺も足を滑らせて後ろに転倒した。
「いたたた……」
頭がぐわんぐわんと痛む。
「だ、大丈夫?」
仰向けになった俺の胸には、俺の上でうつ伏せになった心春が頭を乗せていた。少し顔を起き上げると心春と目が合った。
「ごめんね、ひかる。ごめん……」
心春は不安そうな顔で俺の顔を覗き込んでいた。
「大丈夫だからそんな顔するなよ」
俺の上に乗った心春の背中に手を回して、ポンポンと心春の頭を叩いた。
「ははっ、全く心春はドジだなあ……」
少し顔を持ち上げていた心春は無言でトンと俺の胸に頭を下ろした。
「ちょっと二人とも! 大丈夫!?」
「やべ」
藤島の声でここにいるのが俺と心春じゃないことを思い出して、俺は素早く心春の後頭部に回していた手を引っ込める。
「もう気を付けなよ、心春」
すぐに駆け寄って来た藤島が心春に手を貸して立ち上がらせる。俺が立ち上がった辺りで凌平がやって来て、その後に七瀬と颯心が集まってきた。
またやってしまった……勝手に心春と二人きりの空間だと勘違いして……誰にも見られてないと良いんだが……
立ち上がった俺のところに藤島が近寄ってきて囁いた。
「ねえ、さっき心春のこと抱き締めてたよね?」
あー、くそっ! 見てたのか、藤島。恥ずかしさから体が熱くなってきた。
心春への好きの気持ちが溢れて、自制が効かなくなってきた。
本当は今すぐ抱き締めたかった……
※ ※ ※ ※ ※ ※
「ボーリングで勝負しようよ」
「いいね」
「じゃあさっき組んだチームで勝負しよう」
「待て待てパワーバランスがおかしい」
多分今日いるメンバーの運動神経はこんな感じ。
颯心>凌平>藤島>>>俺>七瀬=心春
明らかに俺と心春が不利だ!
「最下位のチームが優勝したチームにジュース奢りね?」
「おーい! 聞いてたか!」
「ボーリングに運動神経の良し悪しとボーリングの良し悪しは必ずしも結び付かないでしょ?」
「それじゃあ、結果は藤島&凌平ペアが一位で、七瀬&上原ペアが最下位かな?」
危なかった……何とか最下位は逃れられたぞ……!
勝因は心春だ。心春は途中からコツを掴んだようで、ストライクを連続した。覚醒した心春は俺よりもうまかった。だからこれは本当に心春のおかげ。
「じゃあ、二人が私たちにジュース奢りだね」
「分かった、買ってくるよ。行くよ、七瀬」
「う、うん……」
颯心にしょんぼりしている様子の七瀬がついていった。
「じゃあ、私たちは片付けしてよっか?」
「りょーかい」
「よいしょっと」
凌平と藤島はたったかボーリングの球を運んでいった。
「よかった、最下位を免れられて……」
「心春のおかげだよ」
「私? 私は何にもしてないよ」
心春は満更でもないように笑顔を浮かべて、自分を指差した。
「いやいや、心春がいなきゃ負けてた。ありがとな」
俺はポンポンと頭を撫でた。
やべっ、また俺は……
俺は急いで手を引っ込めて、ボーリングの球を持っていった。心春の近くにいるのは、やっぱり危険だ……
※ ※ ※ ※ ※ ※
会はお開きになって、『また学校で』とサヨナラの挨拶を交わすと、それぞれ電車の方面ごとに別れる。そうすれば自ずと俺と心春は二人きりで、電車に乗ることになる。電車はがらがらで、俺と心春は席についた。
「今日楽しかったね」
「うん! めっちゃ楽しくて、遊び疲れちゃった……」
心春はあくびをした。
「眠いの?」
「ちょっとね」
「寝たかったら寝ても大丈夫だからな? 俺が起きてるからさ」
「うん、ありがと。でも大丈夫……」
「そうか……」
「なあ、心春。またみんなでこうやってここに遊びにこようね?」
「……私はヤダな」
「ええ!?」
俺は断られるなんて思っておらず、思わず隣を見る。心春は下を俯いていて顔が見えない。
「みんなじゃなくて、今度はひかると二人で遊びたい……ひかると二人でここに来たい」
その言葉に俺は一瞬何を言えば良いのか分からなくなった。そんな言葉を言われたら、俺は……
「…………必ず来ような?」
沈黙が続き、俺はもう一度心春の方をちらりと見る。心春の体からは力が抜けて、前にうなだれていた。
「心春?」
返事はない。
「寝ちゃったのか……」
俺は口を押さえた。
あー、くそっ!! 好き勝手言って、寝ちゃうとか、本当に勘弁してくれよ……
まだ告白する度胸なんて微塵もなかったのに、思わず好きって言いそうになってしまう。
そろそろこの幼馴染という関係も潮時かもしれない…………俺には。
②上原颯心
俺は今日、新たな決心を胸に抱いていた。どうしてこのメンバーで遊ぼうとなったのかは分からないけど、これはチャンスだ。
文化祭以来、七瀬と距離を縮めるどころか、逆にどこかに距離が出来てしまった気がする。今日はそれを挽回する絶好の機会だった。
「どうやってチーム分けする?」
「無難にじゃんけんがいいんじゃないかな?」
「いや、運動能力に差があるだろ? なら……」
「私は沖村と組むよ」
「え? 俺?」
「他四人のチームはどうするの?」
それはもちろん出来るなら七瀬と組みたい。でも、桜河さんにはいまだ光嫌いという説がある。まあ、俺は信じていないけど……だって本当に嫌いなら今日の遊びだって断るはずだから。
でももしそれが本当なら桜河さんと光をくっつけてしまうのはどちらにも申し訳ない。
でも、七瀬が光と一緒のチームなのもなんか嫌だなあ……あの二人結構仲良いんだよね……
すると、思わぬ人物が手を挙げた。
「わ、私が上原と組む……」
「え?」
「お?」
えっ……!? 七瀬が……俺と組みたいって言った?
こんなことが起こっていいの? それともこれは夢? どうして七瀬が俺とペアになりたいと言ったのか理由は分からない。でも、それが何であれすごく嬉しいことに変わりはない。だって好きな子にペアになりたいって言われたんだよ? こんなに嬉しいことはない。
俺がどれだけ嬉しいのか七瀬は分かっているのかな?
「うん、俺もそれが良いと思う」
七瀬の方に顔を向けると、七瀬は少し決まりが悪そうに俯いていた。
「分かった……じゃあ、俺が桜河とだな?」
「えっ、えっ」
「じゃあ、俺たちが先でいい?」
「おう、頑張れよ颯心」
光からのエールを受け取る。
「上原! 次これやろうよっ!」
「ああ」
「ちゃんと手加減してよね?」
懐かしいこの感覚。一緒に遊んでいるうちに、七瀬と俺は昔みたいな友達の関係に戻れていた。
※ ※ ※ ※ ※ ※
「七瀬、大丈夫か?」
スケートリンクの上で、七瀬は足元が覚束ない様子であわあわしている。
「だ、大丈夫!」
とてもそうは見えないけど。
「うわっ!」
ほら、見たことかという具合に、七瀬の体が前にのめり出した。
「危ない!」
間一髪で七瀬の肩を支えた。倒れそうになる勢いで七瀬の体はすっぽりと俺の胸に収まった。
「ちょ、大丈夫?」
「……うん、大丈夫だよ!」
七瀬はすぐに俺の体から離れたがった。俺の体を押すようにして、体勢を立て直す。でも、まだ足元はぐらぐらと揺れている。
「ほら」
七瀬の方に手を差し出した。七瀬は俺の手を前に渋っていた。
「転んだら危ないよ」
「……分かったよ」
七瀬はふて腐れたようにそう言って、俺の手を小さく掴んでくれた。それを俺はギュッと強く握りしめた。
「ちょっと二人とも! 大丈夫!?」
※ ※ ※ ※ ※ ※
「ごめんね、上原。私のせいで負けちゃって……」
自動販売機の前まで歩いてくると、七瀬はしょんぼりと項垂れていた。
「七瀬のせいじゃないよ。七瀬だって頑張ってたじゃん、三連続ガーターとか」
「ちょ、それバカにしてるでしょ!!」
怒ったように口を膨らませる七瀬。
「あはは、ごめんごめん」
「ふっ……ははは」
俺が笑い出すと、七瀬も一緒に笑い出した。
やっぱり俺は七瀬の笑顔が好きだ。その嘘偽りのないあどけない笑顔が好きなんだ。
「七瀬は藤島の分買ってあげて。俺は凌平の買うから」
七瀬が買った後に俺が続く。
「ちょっと、上原。買うの一本多いよ?」
俺は出てきたジュースを二本取り出して、片方を七瀬に差し出した。
「これは七瀬へ」
「私に?」
「本当に七瀬はよく頑張っていたから」
「どうせ、私は三連続ガーターですけどね。でも、ありがとう!」
七瀬は眩しいくらいの笑顔を浮かべてくれた。その笑顔に胸がきゅーと締め付けられる思いがした。
文化祭以来できた距離は気付いたらなくなっていた。
前と一緒だ……前の仲良かった頃の関係と一緒だ……
でも、それじゃあダメなんだ……
「ねえ、七瀬……」
勇気を振り絞れ……
「また一緒に遊んでくれないかな? 今度は二人で」
「ちょっと考えさせて!」
七瀬は早足でその場から駆けていった。俺だけがそこに取り残されてしまった。
やってしまったみたいだ……
※ ※ ※ ※ ※ ※
時間は過ぎ、帰る時間となった。外はもう暗く、寒い。結局あれ以降、七瀬には避けられっぱなしだった。そして駅についてそれぞれが帰宅の路についたのが……
七瀬と二人きり……
藤島が用事があるとかでここにいないため、七瀬と二人きり……
空気が重く気まずい……望んでいた状況のはずなのに、さっき逃げていった七瀬の姿が思い出される。
ちゃんと謝ろう……
「あの、七瀬……」
「……いいよ、上原……」
「ん?」
「だからさっきのお返事……一緒に遊びに行ってもいいよ……」
「えっ、ほんとに? よかったぁー」
すごい、嬉しい!!
「そんなに喜ぶことじゃないよ……」
七瀬はそう呟いた。でも、顔は真っ赤になっていた。
③沖村凌平
「私は沖村と組むよ」
「え? 俺?」
えっ、えっ、えっ? なになにどういうこと? もしかして藤島って俺のこと好きなのか? 正直に言えば…………アリよりのアリです!
というのはあくまでジョークで、俺には桜河さんという愛しの人が……
「他四人はどうするの?」
「わ、私が上原と組む……」
「え?」
「お?」
「うん、俺もそれが良いと思う」
「分かった……じゃあ、俺が桜河とだな?」
「えっ、えっ」
どういうこと? どういうこと? 七瀬が上原と組みたいってどういうこと? あいつらそんな仲良かったの!?
っていうか桜河さんと光ってそんなに仲良くなかったんでは!? 普通にペアになること認めてましたけど!?
クソォ! 光め! 俺の桜河さんが!!
※ ※ ※ ※ ※ ※
「じゃあ、俺は地下鉄なんで」
「じゃあな」
「またね」
帰り道、駅に着くとここからは一人ぼっちだ。なんか文化祭で居残りした帰りみたいだ。でも、不思議と孤独感はなかった。それよりもさっきまで遊んでいた時の幸福感の方が強いな。
っと電車乗る前にトイレ行っとこう。
トイレから出ると、自販機の前に知っている顔が……
「ん? あれは……藤島?」
長くなりすぎてしまったので、話数を二つに分けました。次の第20話はこの続きです。
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