第22話 美少女と期末テスト

 いつもとは違う出席番号順の席に座ってようやく実感が湧いてくる。とうとう期末試験がやって来たのだ、と。


 カバンから筆箱を取り出そうとすると、手が汗ばんでいるのが分かった。たかがテスト……ではない。いつも以上に緊張が全身を走り回っていて落ち着く様子もない。


「二学期ラストのテストがやって来たな」


 凌平が俺の机に近づいてくる。


「ああ。随分平静だな? 自信あるのか?」

「まさか! ただこれが終われば冬休みだと思えばだいぶ気分が楽ってだけだ。テストなんて俺からすれば消化試合みたいなもんさ」

「留年しても知らないからな、後輩くん?」

「まだ留年してねぇんだよ!!」


 緊張はなくならず、俺はふぅーと大きく息を吐いた。


「そういうお前は随分と緊張してるな?」

「ああ……俺はこのテストにかけているんだ」


 俺は、このテストだけは絶対に心春に負けることができない。




『恥ずかしいから私たちが幼馴染だってことはみんなに内緒にしとこ?』


 入学式の帰り道、心春はそう言った。


 正直に言えば、俺は心春と幼馴染であることを隠したくなかった。他の男子が心春のと喋っているのを見て、俺は嫉妬した。

 堂々と心春のそばにいたかった。近くで心春のことを支えたかった。


 でも、あの日俺は逃げた。


 俺は心春の隣にいることが怖かった。俺が心春の隣にいることはふさわしくないじゃないかって思った。


 心春は、周りからの勝手な期待や重圧に傷付きながら、自分の弱さを隠して、完璧な自分自身の姿を、理想の自分自身の姿を必死に追って、一層の努力を積み重ねていた。強くなろうと頑張っていた。


 心春は優しくて、真面目で勉強も出来て、色々な人と仲良くなって、学級委員長としてクラスの中心で。


 そうやって心春が今まで積み上げてきたものを、俺が壊してしまうんじゃないかと思ったんだ。


 だからあのとき俺は、心春の言葉にただ静かに頷いた。


 そのままずっと幼馴染のままで良いんじゃないかと思っていた。それでも十分幸せだったから。


 でも、もう俺はこの想いを抑えることができない。


 俺は心春に勝たなくてはいけない。

 心春の隣に並べるように。心春の支えになれるように。心春が俺のことを頼ってくれるように。




 ※ ※ ※ ※ ※ ※




 四日間に渡る期末試験が終わり、早くもテストの上位三十人が掲示されている。一つの紙を前に、多くの生徒たちが群れをなして一喜一憂している。


 私も確かな手応えと期待を胸にそこへ向かった。


「えっ……」

「すごい……心春」

「すごいじゃん、心春ちゃん。五位だよ!!」

「…………」


 渚とゆずの二人が興奮する横で、私の体は固まってしまっていた。


「心春?」

「心春ちゃん嬉しくないの?」

「いや、嬉しいよ。嬉しいんだけど……」


 初のトップファイブ入り。自己最高点。でもそんな喜び以上に、私は自分の上に印刷された名前から目を離せなくなった。


「おいおい嘘だろ、光?」

「今までそのポテンシャルをどこに隠してたのさ?」


 ひかるは、四位だった。


 ま、負けた……

 確かに手応えはあったのに、自己最高記録を出したのに……それを上回るところにひかるはいた。


「ど、どうして……」


 私はとぼとぼ順位表から離れていった。ひかるは順位表の前の人だかりを後ろから眺めていた。

 ひかるとすれ違い際に、私はちらりと驚きと悔しさが交じり合った目でひかるをちやりと見やった。ひかるも私の目をじっと見つめていた。


 そのままひかるの横を通りすぎようとしたとき――――ひかるが強く私の腕をつかんで引き寄せた。


「ひ、ひかる!? なんで……みんないるんだよ、バレちゃうよ!?」

「テストの結果に夢中で誰もこっちは見てないから」

「で、でも……」

「心春、今日一緒に帰ろう?」


 私の言葉を遮るようにしてひかるはそう言った。


「無理だよ。誰かに見られちゃうかもしれないじゃん?」

「駅からなら?」


 それでもひかるは引かなかった。


「駅からなら……いや、でも……」

「何でも一つお願いできる権利」


 憎たらしく微笑むひかる。


「うっ……」

「それじゃあ、よろしく」


 ひかるは自分の言いたいことだけを言うとさっさとその場を去っていった。私はテストの結果について言いたいことがいっぱいあったのに……

 力強い態度だった。ひかるがこんな風に強引に話を進めるなんてことは今まではなかった。


 でも、一方でその顔はどこか緊張しているようにも見えた。

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