第23話 幼馴染と帰り道

「いやぁー、まさかひかるに負けるなんて……今回いつも以上に頑張って、トップファイブに入れたけど、まさかそれを上回ってくるなんて思ってもなかったよ……」


 悔しそうだけど、少し楽しそうな心春。


「三学期のテストは負けないからね」

「ああ、臨むところだ」


 学校からの帰り道。

 真上を見上げれば、まだ黄色のなかに微かに青色が混ざっているのに、目の前の建物の間から漏れ出る空は、夕焼けで真っ赤に染まっていた。


「ひかる、すごい勉強したの?」

「ああ……これ人にやれば拷問になるんじゃないかってくらいやった」

「でも、よかったの? そんなに勉強して、せっかく勝ったのに、こんなことに何でもお願いできる権利を使っちゃって?」

「ああ、これで良いんだ……」


 住宅地に入るにつれ、人通りは少なくなっていって、俺と心春の二人だけの足音がアスファルトを踏みつけた。町の静けさに、俺も思わず息を止めて、静寂を守った。


 劇場は暗転し、観客たちは己の声を呑み込んだ。舞台の赤い幕がゆっくり上がり始める。そんな劇が始まる直前のような静けさだった。

 建物の隙間から仄かに輝く赤い太陽の光は、俺たちを照らしていた。


 そしてそれは舞台は整った、と俺に告げているようだった。


 俺は足を止めた。それに気付いた心春はこちらを振り返った。


「どうしたの?」

「心春、ちょっと聞いてほしいことがあるんだ……」


 俺はもうこの関係に終止符を打つ。


「なに?」

「俺と心春は物心ついた頃からずっと一緒で、今でも学校以外ではそれなりに仲良くやって来たわけで……いや、そういうことを言いたいんじゃなくて……」


 心春はキョトンと頭の上にはてなマークを浮かべた。


 何を言うべきなのか、前もって考えてきたはずなのに、いざ心春を前にして伝えたいことが頭の中を埋め尽くして、ぐちゃぐちゃになる。

 身体に熱が籠って、赤くなっているであろう頬の上を汗が伝う。


 全身で大きく息を吸う。そしてゆっくりと吐いた。


 本当に伝えたいのはたった一言だけ。今まで怖じ気ついて言えなかった言葉。


 ずっと、もしかしたら心春は俺のことを好きなんじゃないかって思っていた。心春が俺と一緒にいることを望んでいるんじゃないかって……

 でも心春の確かな気持ちは何一つとして分からなかった。分かるはずはなかった。


 心春の気持ちを確かめるには言葉に出すしかなかったからだ。変な小細工はいらない。


 一度吐き出せば、もう元には戻せない。望まない結果になるかもしれない。


 でも、それでいい。心春の気持ちがどうとかは良いんだ。


 今大切なのは、俺の気持ちだけ。成功失敗よりも、今はただ俺の気持ちを純粋に心春に伝えたい。


 俺はもう一度、息を吐いた。


「……心春、好きだ…………俺は心春と一緒にいたい」




 ※ ※ ※ ※ ※ ※




「……心春、好きだ…………俺は心春と一緒にいたい」


 ひかるは確かにそう言った。

 突然のことに私は思わず声を失った。

 全身に熱が広がっていくのを感じた。


 ひかるが私のことを……好き?


 その言葉を理解するのにはそこまで時間はかからなかった。


 ひかるの顔は真っ赤になっている。ひかるは私のことを好き…………


 それは告白の言葉だった。


 もう心の中がぐちゃぐちゃになって、どうしようもないくらい体が熱くなった。


 ひかるは続けた。


「本当は不器用なのに必死に頑張って努力し続ける心春が、本当は怖いくせに強がる心春が、たわいもない会話でも優しく笑みを向けてくれる心春が、人からのお願いをなんだかんだ断らないで手を差しのべる心春が、学校では見せないそのあどけない笑顔が、俺は好きなんだ」


 ひかるは私の目をまっすぐと見つめていた。


「俺は心春と幼馴染なだけじゃ満足できない。本当は今すぐ抱き締めたい。心春の全てがいとおしいんだ。心春が俺の全てなんだ……」


 もうそんなこと言われたら顔が熱くなっても仕方ない。


「俺は心春のことが、好きだ」


 頭が真っ白になりそうだった。




『恥ずかしいから私たちが幼馴染だってことはみんなに内緒にしとこ?』


 入学式の帰り道、私はそう言った。

 みんなにからわれたくなかった。からかわれたら私の顔がきっと赤くなるだろうって分かっていたから。好きの気持ちが隠しきれなくなるだろうって分かっていたから。


 この想いが溢れてしまうだろうから。


 言うべきことは一つだった。決まっていた。それは私が隠そうとしていた想いだった。


 たった一言だけなのに、心臓の鼓動が強まって、神経を伝って指先にもじわりと広がって、言葉が喉につまってしまう。


 私は……私は…………私の想いは……


 気づけば私はひかるに抱き着いていた。それはずっと隠してきた想いだった。隠しきれなくなっていた想いだった。


「こ、心春?」


 ひかるは驚いたように言った。胸に顔をうずくめていたからひかるの顔は分からないけど、私がどんな顔をしているかは少なくとも分かっていた。


「…………いいよ……」

「えっ……?」

「いいよ、ひかる…………今すぐ私のことを抱き締めても……」


 言葉にしなくてはならない想いがあった。


 ひかるの胸にうずくめていた顔を上げて、ひかるの顔を見つめる。私もひかるも、もう互いに目をそらしたりはしなかった。


「私も……ひかるのことがずっと好き…………本当に大好きです……」


 気付けば涙が、火照った頬を伝っていた。


「心春……」


 ひかるは、私をギュッと抱き締めた。


「大好きだ」

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