第9話 美少女と文化祭②
文化祭二日目。
二日目だろうとなんだろうと、生徒の文化祭時の士気の高さは異常だ。一日目に負けない活力がある。二日目だから疲れているなんて言い訳にできない空気が完成していた。みな最後の最後まで燃え尽きようと全力で楽しむのだ。
そして俺と颯心もまたそうであった。
「今日こそ七瀬と距離を縮めてみせる……」
こうやってイケメンがある女子に好かれよう努力してるなんて、本当に世の中顔だけじゃないのかもしれない。何だか感慨深い。
「よし行ってくる」
「どこへ?」
「今日も一緒に回りたいって七瀬たちを誘ってみる……」
颯心は決意を固めて、七瀬たちの集まるところに歩み出した。
颯心はすごいな……やると決めたら一直線だ。
ん? ってことは今日も心春と一緒に回れるってことか? それは嬉しい。
「ねぇ、みんな。今日も一緒に回ったりしない?」
ナイスだ、颯心! ありがとう親友。
「ごめん、私たち今から吹奏楽部の発表があるんだー」
七瀬が手のひらを合わせて颯心に謝まる。
「そうか……」
あからさまに残念な顔をする颯心。俺もたぶん同じような顔になっていると思う。颯心が誘ったとなれば心春と一緒に回る口実ができるのに……
俺が心春を誘うことができない。なぜならそれは許されていないことだから……
すると七瀬の横で、心春が何やら意を決したような顔になった。
「私たち午前中で終わるんだけど……そのあと合流する?」
心春が控え目に提案して、ちらりと俺を見た。
ナイスアシストだ、心春。でも心春は颯心が七瀬を好きだって知らないはずでは? ならなぜこんなアシストを?
俺には分からなかった。
「いいねー、そうしよ! 今日はなぎちゃんとも一緒に回れそうだね」
「そうね、私も午前中に終わるから」
うんうんと元気よく頷く七瀬と、小さく微笑んで頷く藤島。
「俺たちも十一時から十二時までクラス企画のシフトあるから午後ならちょうど良い」
「じゃあ、一時に体育館集合で」
「沖村はいいの?」
「なぎちゃん、それはなんか聞いちゃいけない質問らしいよ」
「ああ、凌平のことは触れちゃダメだ」
「俺たちにはもう凌平は止められないよ」
「何があったのかすごい気になるわ」
「じゃあ、またあとで」
「みんなも頑張ってね!」
※ ※ ※ ※ ※ ※
「早めに体育館に行って、吹奏楽部の勇姿を拝むとするか」
「そうだね」
十二時を少し越した辺りで仕事を終わらせた俺と颯心は体育館に足を踏み入れていた。
「おっ、まだやってるな」
体育館に入るなり、管楽器の奏でる壮大な音に出迎えられる。
ステージの上から奏でられる音楽は言葉の通り美しく、気づけば鳥肌が立っていた。
「あっ、二人とも」
「おう、藤島」
「やあ、藤島さん」
藤島が俺たちに気付いて手を振ってきた。
「二人はあそこにいるよ」
藤島がステージ上を指差した。中央に心春と七瀬がならんで座っているのが見える。二人の楽器はトロンボーンだ。
やっぱり必死に取り組む心春の姿はとても綺麗で、輝いていて見えた。
※ ※ ※ ※ ※ ※
「お待たせーみんな!」
元気よく駆けてくる七瀬。その後ろを追って走ってくる心春。
「すごい良かったよ、演奏」
「ありがとう、なぎちゃん!」
「感動した」
「本当にすごかったよ」
藤島と颯心が口々にそう言った。
みんなが盛り上がってるなか、俺は心春の隣にさりげなく移動する。
「ちゃんと約束は守ったぞ」
俺は心春にだけ聞こえるくらいの声でそう言った。
「お疲れ様」
「うん、ありがと」
心春は嬉しそうに目を細めて、ニコッと微笑んだ。その笑顔に胸が締め付けられる思いがした。
「もうお腹すいたー、早くご飯買いに行こうよ!」
「あっ、それなら俺たちが買ってきたよ」
上原が腕にぶら下げていたビニール袋を掲げて見せた。
「うわぁ、天才だよ上原!」
「ありがとう、二人とも。それでお金は……」
財布に手をかける心春。
「お金は良いって。吹奏楽部頑張ってたから、俺と颯心の奢り」
「ありがとう、二人とも!」
「ありがとね」
「私別に何もやってないけどもらっちゃっていいの?」
「いいよ、おまけおまけ」
「ありがとう。はい、私からは女子バスケ部のたこ焼き。みんなどんどん食べてね」
「おっ、ありがとな」
一つつまんでみると、ホロリと口のなかで蕩けた。
うん、これはうまい!
「なんか私たちもらってばっかり……」
「ありがとね、みんな!!」
心春と七瀬は飛びっきりの笑顔を俺たちに見せた。
その笑顔に俺たちは心を癒される。俺も颯心も一歩間違えれば彼女たちにお金を貢いでしまいなほどに、その笑顔には価値があったと思う。
※ ※ ※ ※ ※ ※
「あっ、雑貨売ってるよ! 可愛い~」
並べられた雑貨を楽しそうに見る心春と七瀬。それを後ろから少し控えめに見ている藤島。どうして女子はこう雑貨が好きなのか。
「可愛い」
おもちゃ屋に来た子供みたいにパアァと顔を輝かせる心春。
もう可愛いって言ってる心春が可愛いよ。
七瀬はというと商品棚に置かれた髪飾りを物欲しそうな顔でじっーと眺めていた。ゴールドのヘアピンだった。
「それ買うの?」
それに気付いた颯心が七瀬に尋ねた。
「えっ? ううん、買わないよ」
「どうして?」
「うーん……すごく可愛いんだけど私にはちょっと可愛すぎるかな……」
七瀬はあははと苦笑いを浮かべる。
「買えば良いのに……絶対似合うと思うよ」
「へぇ、似合うと思うんだ?」
颯心の発言に七瀬は少しニヤッとして前髪をその髪飾りでとめる。
「どう? 可愛い?」
七瀬はニヤニヤして颯心に問い掛けた。たぶん七瀬は颯心をからかうつもりでそう言ったんだろう。
「うん、やっぱりすごく似合ってるよ」
「えっ、あっ……そ、そう……」
だが、颯心の予想外の返答に七瀬は少し頬を赤らめて目をそらした。
「まあでもお金ないし良いかな」
七瀬は照れを誤魔化すためか早口にそう言って髪飾りを商品棚に戻した。
「待って!」
颯心は髪飾りを戻そうとする七瀬の手を掴んだ。
「貸して」
颯心はひったくるようにその髪飾りを手に取った。
「これください」
「えっ、ちょっと上原?」
七瀬ははらはらと焦って、助けを求めるように周りをキョロキョロする。
「ちょっと、ちょっと!」
七瀬がぐいぐいと颯心の服を引っ張った。でも颯心は動かない。
「はい、これ」
颯心は七瀬にその髪飾りを差し出す。
「でもお金……」
「お金なんていいよ、俺からのプレゼントってことで」
「な、なんで?」
「すごく欲しそうな顔してたから……それに絶対七瀬に似合うと思ったから」
「あ、ありがとう…………」
頬を赤らめてその髪飾りを受け取る七瀬。颯心の目を直視できないのか、視線は颯心からそらしていた。
まさかあの七瀬が颯心に押されてるなんて……七瀬はああ見えてぐいぐい押されるのには弱いんだな。
「へえ、上原ってゆずのこと好きだったんだ?」
藤島が俺の横で呟いた。俺は頷いた。
「これをきっかけに二人の関係が縮まれば良いんだけどな」
それは本心であったのに、心のなかには気持ち悪い妙な感覚が残っていた。
※ ※ ※ ※ ※ ※
結局女子三人はラストにかけてお化け屋敷の仕事があるためと、すぐに別れてしまった。少しの間しか一緒に回れなかったのは寂しい。
まあでも、颯心と男二人で回っているのも普通に楽しかった。
「颯心、後夜祭七瀬のこと誘えよ?」
「だいぶ勇気がいるね、それは……」
颯心は苦笑した。
「でも好かれるためにはあと一押し必要だ。七瀬は押されるのに弱い。後夜祭ダンスはチャンスだ。ロマンチックだって言ってたしな」
「…………」
颯心は顎に手を当てて、心の中で葛藤しているようだ。
確かに好きな子を誘うなんて容易に出来ることではない。
「おい、お前ら……」
「凌平じゃないか……」
聞きなれた声に俺たちは振り向いた。突然現れた凌平は、涙を流しながらすごい剣幕で俺たちに突進してきた。
「多数の目撃情報が出てるぞ……お前らが女子と一緒に文化祭を回ってたってなァ!!」
「まあ、それは事実だけど……なんで怒ってるの?」
「どうして俺を誘ってくれなかったんだよぉーー!!」
「いや、お前が美女を虜にするとか言って勝手に離脱したんだろ!」
なに自分勝手なこと言ってんだ?
「それで結果はどうだったの?」
「おい聞くな聞くな颯心。見れば分かるだろ……」
「あぁ……」
凌平の姿を見れば分かる。一人ぼっちで、涙をお流されになって、打ちのめされた顔をしているじゃないか。
「それにそのうち一人は桜河さんだったというじゃないか! 颯心、やはりお前桜河さん狙いだな! 卑怯者め!」
「そもそも桜河さんが好きなわけじゃないし、他の美女に目移りしてるようなやつに責める資格はないと思う」
「颯心の言うとおり」
「くそぉ! 何がなんでも後夜祭の相手を見つけてやる!」
颯心は発狂してその場から逃げ去った。
後夜祭の相手か……
もし心春と踊れたなら、どんなに幸せだろうか。でもそんなことはできない。俺たちは秘密の幼馴染だからだ。そしてそれを選んだのは俺と心春だ。
たとえ秘密じゃなかったとしても、それは不可能だ。
だって俺と心春はただの幼馴染に過ぎないんだから。
※ ※ ※ ※ ※ ※
日もすでに暮れて、辺りは暗くなっていた。仄かに照らす照明の下で後夜祭は始まった。
「後夜祭始まったな」
「本当に七瀬のこと誘わなきゃダメ?」
颯心はまだ決心がつかずにいるように思い悩んでいた。
「お前ならできる。自分を信じろ」
「……分かったよ。俺は後夜祭のダンスに七瀬を誘う」
颯心は決意を固めたようだ。一度決意を固めた颯心なら七瀬のことをダンスに誘うだろう。
「七瀬を探してくる……きっと来ているはずだから」
「ああ、頑張れよ」
俺は颯心に肩を叩いて見送る。決意を固めた颯心の後ろ姿は格好よく感じられた。だが、同時に寂しさも覚えた。
「はぁ」
一人になってしまった。周りの後夜祭のテンションとは明らかに俺の周りだけ空気が違う。
「次はお待ちかねのダンスです!」
「フゥー!!」
皆のテンションが最高潮を迎えようとしているのが分かった。
そこには意中の相手を躍りに誘う者も、ダンスに参加せずに傍観する者も、どちらも存在していた。なのに、俺はそこにいるべきではない感じがした。
俺は音楽に合わせて踊る生徒たちから目をそらした。颯心も上手く行っているだろうか? 行っているといいな……
俺は颯心みたいに好きな子に挑むことが出来ない。なぜなら俺と心春が秘密の幼馴染だからだ。
心春の笑顔を見る度に、何も出来ない辛さが心を締め付ける。
もし心春と幼馴染じゃなければ、俺たちの関係は何か変わったんだろうか? もし俺たちが幼馴染じゃなければ、人目を気にしないで一緒に踊ることが出来たのかもしれない……いやもし幼馴染じゃなかったら、たぶんこうして心春と関わることもできなかったんだろう。
そうだ、俺は心春の幼馴染だ……決して高望みをしちゃいけない。
心春と幼馴染ってだけで、俺は十分に幸せなんだ……
とんとん。
突然肩をとんとんと叩かれる。振り向くとちょんと細い指先が俺の頬をついて、むにゅとのめり込んだ。そこにいたのは小さなお化けだった。
「心春?」
「驚いた?」
かつらはないが、確かにお化けのメイクをした心春がいた。
「何してんだ、そんな格好で……」
「さっきまでお化け屋敷やってたんだけど、後夜祭に間に合わなそうだからこのまま行こうってゆずが……渚も大丈夫だって言うから」
「大丈夫なのか? 俺のところに来ちゃって……」
「大丈夫、暗いしメイクしてるから周りからは誰かなんて分からないよ。ここに来るまでもクラスのみんな気づいてなかったし……」
「それで七瀬と藤島は?」
「さっき上原くんと会ったんだけど、上原くんにゆずがダンスで誘われてね。私は別れてきたんだ」
そうか、颯心は上手くやったんだな。良かった……
「渚とも無理言って別れて来ちゃった」
「いいのか、そんなことして……」
「たまの一度くらい大丈夫…………それに……」
しばらく間が生まれた。心春は言葉を紡ぐ。
「それに私も、せっかくの文化祭だから一度くらいは人目を気にしないでひかると一緒にいたいと思った……」
心臓が飛び出てしまいそうなほどに、胸がドクンと大きく脈打った。
「ひかる、私と一緒に踊ってくれますか?」
心春が俺に手を差し出す。
心春は今どんな顔をしてるんだろう? どんな気持ちなんだろう? 辺りの暗さとお化けの化粧で心春の表情は分からない。踊ってほしいって言うが、それは幼馴染として?
心臓の音が鳴り止まない。
心春が今何を思っているのか、どんな顔をしているのか、俺には何一つ分からない。
でも、答えは最初から決まっていた。
「もちろん……こちらこそよろしくお願いします」
俺は心春の手をとった。
心春は俺の幼馴染で、俺の大切な人だ。その思いに変わりはない。
この夜が永遠に続いたら良いのに……
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