第8話 美少女と文化祭①
「さあ、いよいよ文化祭が始まるな」
「ああ」
俺と颯心は教室の窓から外を眺めた。外には屋台や数多くの飾り付けがなされ、お祭りムードが漂っていた。校門の向こう側にはまだかまだかと中の様子を伺う人たちもいた。
「こんな朝早くから来てる人もいるんだね」
「たぶんこの学校に通う生徒の家族だろう」
とんとん。
二人で窓の外を眺めているところに、肩をちょんちょんと叩かれる。俺と颯心はほぼ同時に後ろを振り向いた。
「うわっ!!」
「なんだなんだ!?」
そこにいたのはボロボロの白いワンピースを着た長い黒髪の女だった。白いワンピースの所々に赤い血のような斑点がついている。
前髪が顔に被さっていて、顔の上半分は全く見えない。髪の毛の隙間からわずかに覗く口元は血色が悪く、肌は黒ずんでいた。唇には傷跡のようなものもあった。
でも以外に唇は小ぶりで可愛らしくて……ん?
「もしかして七瀬か?」
「へっへー! 正解だよ!」
白い服の女は顔にかかった髪の毛を振り払った。するとその髪の毛はどっさりと床に落ちた。それはかつらだった。顔を露にしたのは得意気な顔をした七瀬だった。
「よく分かったね、さすが秋谷くん。それにしても上原びびりすぎじゃなーい?」
「うるさいなぁー、こっちは心臓止まるかと思ったんだぞ」
颯心は心臓を抑えながら愚痴を溢す。よっぽど驚いたらしい。その様子を見て七瀬はクックックッといたずらっ子のような笑みを浮かべた。
「それにしても良くできているなー」
七瀬はまるでテレビで服装を見せるモデルみたいに、くるりと回って俺たちに全身を見せたくれた。
「でしょでしょ? 顔はなぎちゃんにメイクしてもらいました~」
七瀬は子供みたいに無邪気な笑みを浮かべて言った。その笑顔はとても幽霊のものとは思えないほど可愛らしかった。
「それ仕事終わったあとどうすんの?」
「うーん、このまま文化祭回っちゃおっかな?」
「冗談だろ?」
「いくらなんでも悪目立ちするだろうね」
颯心があははと苦笑いした。
「はい、かんせー!」
カーテンで仕切られた女子の控え室の中から藤島の声が聞こえてくる。
「あっ来た来た」
藤島に背中を押され、七瀬と同じ格好をした少女がカーテンの中から出てきた。
こっちこっちと七瀬はその女の子を手招きする。その少女はひょこひょこと七瀬のところまで駆け寄った。七瀬と並んだことで、その女の子が七瀬と同じくらいの背丈であることが分かる。
しかし今度は、髪の毛で顔は完全に覆われてしまっていた。
「今度は誰だか分かる?」
七瀬はその女の子の肩に手を置いて俺たちに尋ねる。
「うーん……」
颯心が腕を組んで考え込む。俺と颯心がじっとその少女を見つめる。すると、その少女はプイッと顔を背けた。
あれ? これってもしかして……
「桜河?」
「おーさすがだね、秋谷くん! 瞬殺だよっ!」
七瀬は後ろから少女の髪の毛を分ける。そこにはお化けメイクをした心春の姿があった。メイクをした後でもその可愛い顔がよく分かった。
「なんで分かったの?」
七瀬が食い気味に聞いてくる。
「まあなんとなく……」
心春に関しては行動とか雰囲気で分かったんだよな。長年の付き合いだからかな? でもこれ言ったら幼馴染だってバレるかもしれない。
ちらりと心春の方を見ると、さっきみたいに顔を逸らされた。
「いやー、二人とも可愛くメイクできて良かったよ」
藤島が自信気に額の汗を腕で拭う素振りを見せた。確かに二人とも、かつらさえ取ってしまえば、怖いというより可愛いお化けたちだ。
「可愛くメイクしちゃダメなんだけどな?」
「へえ、秋谷くんは可愛いって思うんだ?」
七瀬がニヤニヤして顔を近づけてきた。
「あー可愛い可愛い」
「もう適当だなあー」
七瀬は笑いながら不満を漏らしていた。
※ ※ ※ ※ ※ ※
三人の女子たちが控え室に戻ったところで、俺と颯心は自分たちの仕事に取りかかる。俺と颯心はお化け屋敷内の音響を担当する。恐怖を増幅させるためのBGMをタイミングを見て流すのだ。
しかし、突如目の前に現れた男の一声で、俺たちは作業の手を止めることになる。
「相変わらずお前らは俺抜きで女子といちゃいちゃしやがって……海に沈めるぞ!」
そこにいたのは凌平だった。
「逆恨みも良いとこだ」
「まあいいさ。それよりも颯心よ。一緒に美女狩りに行こうじゃないか」
「そのワードなんか嫌だね」
颯心は凌平の美女狩りという言葉に分かりやすく引いていた。
「悪いが、颯心と俺は開始早々クラス企画のシフトが入ってるから凌平には付き合えない」
「そうかそうか、友達より仕事の方が大事だと言うんだな?」
「まあ、美女狩りをしようって誘ってくる友達よりは……」
「言っているがいいさ。別に俺一人でも美女の一人や二人くらい余裕で捕まえられる。颯心、光。俺は今日、大人の男になる……」
「勝手に言ってろよ」
「また凌平の頭がおかしくなってるよ……」
「またってなんだ!? まあいい、好き勝手言ってろ! 後で後悔するのはお前らだからな。俺によくしておけば美女の一人や二人紹介してやらんでもないぞ?」
美女を捕まえられるなんて随分とお幸せな妄想なことだ。
「これは本格的にヤバイな……」
「病院に連れていってみる?」
「お前ら聞こえてんぞ?」
凌平は腕を組んで鬼のような形相でこちらを睨み付けてきた。
「どうやらお前たちには次元が高すぎたようだな……じゃあ、シフト頑張れよ。俺は一足先に大人の階段上ってくる」
「頑張れー(棒)」
凌平は一人で教室から繰り出した。たぶん明日には泣いて帰ってくるんだろうな……
「ちょっと二人とも! 早く用意してよねっ!」
「ごめんごめん」
「今やる」
七瀬の注意に、俺と颯心は止めていた手を再び動かし始めた。
「あと少しで始まるね……」
藤島が時計を読みながら呟いた。
「すっごい今さらなんだけどさ」
七瀬が言葉を紡ぐ間に、そこにいた俺たち四人の視線は七瀬に集まった。
「お化けって、どうやって人を脅かせばいいのかな?」
「別に普通でいいんじゃない」
心春は何を悩んでいるのか分からないという調子で言う。
「例えば? 心春、ちょっとやってみてよ」
「分かった」
心春がカーテンの中に身を隠す。そして勢いよく飛び出した。
「ばあっ!」
えっ、可愛い……。
「……」
「……」
「……み、みたいな?」
みんなが無言になってしまって、恥ずかしくなってしまったのか、かつらの隙間から見える心春の耳がみるみるうちに赤くなっていく。そしてついにはかつらで顔を完全に隠してしまった。
「全然ダメ! 怖くない!」
「可愛いんだよなー」
藤島と七瀬から苦言を呈されて、しゅんと沈んでいた心春だった。
※ ※ ※ ※ ※ ※
「ようやく仕事早く終わったね」
「ホントだねー。やっと文化祭見て回れるね! 一緒に行こ、心春ちゃん、なぎちゃん!」
七瀬が心春と藤島の腕に抱きついた。
「うん、一緒に回ろうか」
心春が可愛い子供を見るように七瀬の頭を撫でた。可愛いのは心春も一緒だからね?
「ごめん、私女バスの方で仕事入ってるから二人で行ってて」
「分かった、渚あとで合流ね?」
「オッケー、じゃあーねー」
藤島は手を振って駆け足で教室を出ていく。
「じゃあ、デートだねっ、心春ちゃん!」
「ふふっ、そうだね」
心春はクスッと微笑んだ。
「ねえ、二人とも。よかったら一緒に文化祭回らない?」
えっ? 颯心どうしたんだお前? それは文化祭デートのお誘いか? イケメンでモテモテなのにどの女子にも靡かなかった颯心が、色んな女子からデートに誘われる側の颯心が、女子を文化祭デートに誘う側になっている!?
「うんいいよ! 一緒に行こうよ!」
七瀬がオッケーと手で丸を作る。七瀬も七瀬でこういうこと気にせずオッケーしちゃうから……
「でもこれじゃあデートじゃなくなっちゃうよ……いい、心春ちゃん?」
心春は一瞬不安そうな顔で俺の方を見た。だがすぐに目をそらして頷いた。
「うん、もちろんいいよ」
「やったー!」
七瀬はややテンション高めで歩き始めた。
「行くぞ、光」
「えっ、俺も?」
「当たり前だろ」
颯心にそう言われ、腕を引っ張られた。ってことは心春と一緒に回れる? 夢にまで見た心春との文化祭デート!?
「あれ、でも沖村くんはいいの?」
心春は俺と颯心がこの後凌平と合流すると思ったんだろう。
「ああ、あいつは…………うん」
「知らない方がいいと思うよ」
「えぇー逆に気になる~」
この場にいない凌平のことを心配するなんて優しい心春。だが、
意気揚々と心春の腕を引っ張っていく七瀬の後ろ姿に俺と颯心は微笑みながらついていった。
「これ、ダブルデートだねっ!!」
おい、七瀬……その言い方やめてくれ……
心春も少し俯いてしまったのが分かる。
「私たち回る前にお手洗い行ってもいい?」
七瀬がくるりと体を回転させて俺たちの方を見て言った。
「もちろん」
「待ってるよ」
二人がトイレに入ったのを確認して、俺は颯心に目を向けた。
「颯心、お前七瀬のこと好きなんだろ?」
「えっ!? どうしたの突然……」
少し動揺する颯心。
「いやさすがに見てれば分かるよ。ずっと七瀬と颯心って仲良いなーって思ってたんだ」
「えっ、俺ってそんな分かりやすかった?」
「仲良いとしか思ってなかったけど、さすがにあの颯心がわざわざ文化祭一緒に回ろうなんて誘ったら分かる。まさか多数の女子の告白を断って泣かせてきたイケメンの好きな人が七瀬だったとは……」
「何だよ、悪いか?」
「いやいや、良い趣味してるんじゃない? 七瀬は明るくて、笑顔も可愛いし、良い娘だし……」
「まさか光も好きだったり?」
颯心は不安そうな、疑るような目で俺の目を覗いた。
「いやそれはない」
安心しろ、俺は心春一筋だ。
「颯心は顔はもちろんのこと性格も良いんだから容易くいけるだろ?」
「いやそんなこともないよ。ほら七瀬って誰に対してもあんな感じだからさ……積極的に話しかけたって何したって、七瀬からしたら他のみんなと同じなんだ。俺のことは気づいて貰えない……七瀬にとって特別にはなれてないだ……」
颯心が沈んだ顔をしたのが分かった。颯心に恋の悩みがあるなんて、正直意外だ。
「俺はそんなことないと思うけどな……」
「ん?」
「七瀬は俺のことを『秋谷くん』って呼ぶけど、颯心のことは普通に『上原』って呼び捨てだろ? だから少なくとも俺と颯心が七瀬のなかで同じってことはないと思うんだけどなあ……」
俺から見れば颯心と七瀬は息もピッタリで、とても仲良いように見える。
「そうかな……」
颯心はまだ納得がいかない様子。仕方ない、そんな顔してたら助けたくもなる。
「…………分かった、俺がアシストしてやるよ」
※ ※ ※ ※ ※ ※
「あっ、二人ともお待たせ~」
軽快なステップで駆け寄ってくる七瀬と、それを小走りで追う心春。
二人が来たとき、颯心が不安そうな目でこちらを見た。
「大丈夫だ、俺に任せろ」
俺は颯心にだけ聞こえるように呟いた。
「じゃあ、どこ行く?」
心春がパンフレットを広げて尋ねる。俺は寄りかかっていた壁から立ち直って、心春の広げるパンフレットを前から覗き込む。
少し心春が引き下がったのが分かった。この行動は嫌い演技のはずだよな? 違ったらすごい傷つくやつだ。でも、今は考えないでおこう。
「ここへ行こう」
パンフレットを指差す。
「これは……お化け屋敷?」
※ ※ ※ ※ ※ ※
「一年C組の『仮面の館』にようこそ。ルールは簡単です。今から懐中電灯を持って教室のなかを進んでいただくこと……それだけです。
館のなかに一度に入れる人数が三人までなんですけど……」
教室前にいる後輩の受付係が丁寧に説明し、俺たちの顔を順番に見渡した。
「じゃあ、上原一人、他三人にする?」
七瀬がまたもいたずらっ子の顔を浮かべる。
「えぇ、なんで俺ボッチなの!?」
颯心は明らかに焦り出す。作戦に支障が出るからだ。
「単純にグーとパーで分かれるか?」
落ち着けよ、颯心。それは七瀬の冗談だ。俺は落ち着いて、グーとパーに持ち込む。
「そうしよっか」
心春はうんと頷いた。
颯心がこちらをちらりと見た。
そう、ここまでは全部俺の予想の範疇だ。
数十分前――――
「…………分かった、俺がアシストしてやるよ」
「ホントに?」
「ああ」
「でもどうするんだ?」
「そうだな……」
俺は文化祭のパンフレットを開き考え込む。何か使えそうなネタはないだろうか……おっ、これならいいんじゃないか?
「これなんかどうだ? 一年生がやってる『仮面の館』。お化け屋敷だな」
「お化け屋敷? そこでどうするんだ?」
「定員は三名までと書いてる。このメンバーで行けば必然的に二、二で分かれるだろう。ここでグッとパーを提案する。きっと七瀬ならノッてくれるだろう。そこで俺と桜河、颯心と七瀬に分かれれば良い」
すごい私欲のチーム分けに見えるが、あくまで颯心のためだ。断じて自分のためではない。
「分かれたあとでどうすればいい?」
「怖がってる七瀬をしっかりリードすれば良いんだよ。女は頼りになる男に惚れるもんだ」
たぶん。俺の頭の中の薄っぺらい恋愛辞書に、吊り橋効果って項目があるはずだ。
「なるほど……じゃあ、俺がグーで、光がパーにする?」
「いや、俺がグーにする」
「なんで?」
颯心は純粋に疑問だという顔を見せる。
「そっちの方が来る気がする」
「分かった信じるよ、先生」
「先生って、俺彼女いたことないんだが……」
―――――
「じゃあ、私と上原、心春ちゃんと秋谷くんね」
やっぱり心春はグーを出したか。本当に昔から変わってない……心春はじゃんけんの時、いつも最初にグーを出す癖があって、昔から何度も俺が負かしてすごく悔しがっていたのを覚えている。
その後このことを本人に教えたはずだけど、癖は抜けきってなかったようだ。
そういう単純なところも可愛いな、もう……
「それじゃあ、行ってくるね」
「うん、行ってらっしゃい」
「頑張れよ、颯心」
「うん、ありがとうな」
颯心は七瀬に腕を引っ張られながら教室に入っていった。七瀬が颯心の腕を掴んでる。脈があるんじゃないかと思いたくなる行動が、七瀬なら人に関わらず無意識にやっている方が可能性としてある。
頑張れよ、颯心。
一方、俺と心春は順番が回ってくるまで教室の前の椅子に腰かけていた。
「これ一緒に座ってて大丈夫かな?」
心春は不安そうに言葉を口にする。
「確かに……顔を見られるとまずいな」
「まさか上原くんが誘ってくるなんて思ってなかったよ。ゆずも了承しちゃうし、断る理由もないし……」
「まあ良かったと思うけどな」
「良かったって何が? ばれちゃうかもしれないんだよ?」
咎めるような口調で心春が言う。
「だってせっかくの文化祭だろ? こういう時くらい人目を気にせずに心春と一緒に回りたいと思った……」
ああ、恥ずかしい。咎める心春に少しむきになってつい本音を漏らしてしまったが、顔から火が出そうなほど恥ずかしい。
「…………そう……」
心春は俯いていて表情を見ることは出来なかったが、横から見える心春の耳は赤くなっているように見えた。
「次の方々どうぞ」
「行こっか」
心春はその場から逃げ出すようにせわしなく立ち上がって教室に入っていった。俺もそのあとを追った。
「楽しんでくださいね」
そうとだけ言い残すと受付の生徒は教室の扉を閉めた。すると光は完全に遮断され、教室のなかは真っ暗になった。次第に目が冴えてきて、多少周りにあるものが見えるようになってきた。隣には心春がいる。
カチッ。懐中電灯をつける。
「進むか」
「うん……」
道を進むにつれて、どこからともなくガタガタという不穏な物音が聞こえてくる。ぎゅっと袖が後ろへ引っ張れる。見ると心春が服の裾を掴んでいた。
俺と心春はその音が鳴り止むことなく、それどころか次第に大きくなっているのに気付いた。ということはそろそろ現れるか?
現れたのは仮面をつけた男だった。仮面の男が現れるところは『仮面の館』の名に恥じていなかったが、これは怖がらせるというより、驚かせるという方に近く、『お化け屋敷』という名には合致していなかった。だから一瞬ビビるようなことがあっても怖がることはないだろう。
「きゃっ!」
そんな俺の予想に反して心春が俺の肩を掴んだ。
「もしかして、心春怖い?」
心春はコクコクと頷く。
心春は本当に怖いものが苦手みたいだ。ホラー映画のときもそうだった。
仕方ない……
俺は心春の方に手を伸ばした。心春はこれが何の手か分からないという顔で俺を見た。
「目瞑ってていいから」
それがこの手の意味の全てだった。心春は最初こそ迷っていたものの、最終的には控え目に俺の手に触れた。俺はその手をギュッと握りしめた。
心春の手は柔らかくて温かった。
「それじゃあ進むから……」
「……うん」
心臓の音が鳴り止む様子がない。このまま心臓が胸から飛び出してしまうんじゃないかと不安になるほどだ。
心春の手を握るなんていつ振りのことだろう? 昔はいつでも気兼ねなく握ることができたのに、いつからか恥ずかしくなって握れなくなってしまった。次第に握ることが怖くなった。
でも今、俺は心春の手を握りしめている。
こうして彼女の手を握りしめたいとずっと思っていたのは、俺だけなんだろうか?
このままずっと離したくないと思うのは俺だけなんだろうか?
※ ※ ※ ※ ※ ※
「私たちのところのお化け屋敷に比べたらまだまだだね」
「怖かった……」
七瀬が批評の言葉を述べている背景に、息を切らしている心春がいた。
「大丈夫、心春ちゃん? そんなに怖かった?」
「心臓がばくばくしてる……」
二人が話しているのを横目に見ながら、俺は颯心のそばに近寄って尋ねた。
「颯心、どうだった?」
「どうもこうも、そもそも七瀬が全然怖がらないんだ……」
颯心は悔しそうな声を漏らした。
「あらら……」
本当に俺ばっかりが得したチーム分けだったようだ。でも、決して私欲じゃない! 全て颯心のためだ。だから俺は悪くない。
手にはまだ心春の手の感触と温もりが残っていた。
※ ※ ※ ※ ※ ※
「そう落ち込むなよ、颯心。まだいくらでもチャンスはあるから」
ガックリと肩を落とす颯心の肩を叩いて慰める。
「それじゃあ、そろそろお昼食べに行こうか」
「そうしよ!」
そんな颯心の様子に気づくことのない女子二人組はどんどん先へと進んでいく。
「頑張れ、颯心」
「ありがとう」
しかし、その後も空振りを繰り返す颯心。何かをしても全く動じない七瀬。本当に颯心を男として見てないんじゃないかってほど、颯心の一回一回の行動に意識している様子がない。本当に仲の良い友達って感じだ。
颯心の気遣いを見せる行動にも、間接キスにもドギマギする様子を見せない。
颯心はことごとく打ちのめされ、がっくりと項垂れていた。
「お前はよくやったよ、颯心……」
颯心が悩んでいた理由がよく分かる。男女どちらともに仲の良い七瀬だからこそ、無防備というか、相手を男として意識していないんだろう。これには颯心も傷付くだろうな……
「俺そろそろサッカー部の方へ行かなきゃいけないから……」
颯心は落ち込んだ様子の暗いトーンで手を振った。
「頑張ってね!」
七瀬が溢れんばかりの笑顔で手を振ったことで、颯心の顔が明るくなった。
七瀬からの激励を受けた颯心ならこの後の仕事もすごい頑張れるんだろうな。
「じゃあ俺もそろそろ……」
「秋谷くんももう行っちゃうの?」
「さすがに女子二人に対して男子一人は辛い」
「大丈夫、もうすぐなぎちゃん来るよ?」
「増えてるだろ!」
もっときつくなるわ。
「俺は適当に凌平でも探すよ」
「じゃあね」
「またね」
結局そのあとは凌平も見つからず一人悲しくで文化祭を回っていた。でも、心春と一緒に回ることができたという喜びだけで、今日の思い出は埋まりそうだ。
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