第6話 美少女と文化祭の居残り
「ご存知の通り近頃文化祭があります。私たちのクラス企画はお化け屋敷に決まりました。各々班ごとに割り当てられた作業を休み時間や放課後を使って頑張って進めてください」
学級委員長の心春が話し合いをスムーズに進めたおかげで、俺たちのクラスが文化祭にやる企画はお化け屋敷に決定した。
もう一人の学級委員長が欠席で、一人で司会をしなくてはならないのに本当によくこなせていたと思う。
久しぶりに見た。学校での完璧美少女、桜河心春。その姿はとても一昨日にホラー映画を見て涙ぐんで、抱き着いてきた女の子とは思えないくらいに堂々としていた。そんな心春を誇らしく思うと同時に、家での心春の少し抜けた姿がなんとも愛らしく思えてきた。
その姿はたぶん俺だけが知っているんだよな……
「文化祭楽しみだね」
颯心と凌平に肩をべしっと叩かれる。
「ああ」
「俺も楽しみだ」
「凌平、珍しく乗り気だな」
「当たり前だ、光。文化祭のときは人は恋に落ちやすい。この現象を利用しない手はない」
「すぐそういう話に持ってくよね、凌平は」
颯心が呆れたように言う。
「それに文化祭となれば他校からの美女も見込める……そこを颯心で一網打尽よ」
「友達である俺をエサにするのって発想はどうなの?」
「凌平、お前本当にそういうところだと思うぞ」
俺たちが教室で談笑していると、担任の教師が扉を開け入ってきた。
「学級委員長の人、ノート運んでほしいんだけど手伝ってくれる?」
「は、はい!」
担任の先生に呼ばれ、心春は大きな返事をして立ち上がった。
「そうか、今日はもう一人の学級委員長が欠席なのか……それじゃあ秋谷も手伝ってくれ」
「俺ですか!?」
えっ、俺?
「ああ、桜河の隣の席だから……頼む、職員室に来てくれ」
「分かりました」
俺と心春は顔を見合わせた。
つまりこれは心春と一緒に職員室に来いってことか!?
※ ※ ※ ※ ※ ※
今、驚くべきことに心春と二人で学校の廊下を歩いている。こんなことが起こるなんて、これは現実だろうか。学校では関わらないことを心掛けていたのに、まさかこのような形で隣を歩くとは思わなかった。学校の廊下を心春の横で歩くことの貴重さと来たら……
たまたま心春の隣の席だったから俺に白羽の矢が立った。それだけのことだ。
だからこうやって心春と二人で歩いていても何も躊躇うことはない。周りの目を気にする必要はないんだ。
「これなんだけど……二人で手分けして持っていってもらえる?」
「はい大丈夫です」
そう言って先生は職員室の外にある机に何冊ものノートを置いて職員室に戻っていった。
「じゃあ、俺が……」
「待って! 私が学級委員長だから私がやる」
そう言って俺を押し退けた心春は机に積み重ねられたノートに手をかける。
「よいしょ!」
心春は一気にノートを持ち上げた。だが、ノートの重さで足元が覚束ない様子で、よろめき、体を傾ける。
「うわぁっ」
心春が声を漏らすと同時に心春の体は前屈みになる。
「危ない!」
俺は素早く心春の手に積み重ねられたノートを支えた。
「大丈夫?」
「うん、ありがと」
「大丈夫なら良かった」
心春がキョロキョロと辺りを見渡す。何やら警戒しているようだ。
「ん? どうした?」
「いや、誰かに見られてたらいけないと思って……」
確かに不可抗力とはいえ今俺と心春はだいぶ至近距離にいる。
「あっ、ごめん。じゃあノート運ぶの頑張って」
「えっ? ちょ、ちょっと!」
俺が手を離すとノートの重さに引っ張られ、心春の体が前へと傾く。俺はすぐさまノートを支えに手を戻した。
「なーんてね。ごめんごめん冗談」
「…………いじわる」
多分無意識なんだろうが、上目遣いでそんなことを言ってくる心春に、俺はドキッとした。
「ちゃんと手伝うから許してくれ。なんなら全部俺が運ぶ」
「さすがに全部やってもらうのは申し訳ないよ」
「じゃあ、半分ずつにするか」
「ありがと」
半分と言いながら俺は半分よりやや多くの量のノートを取って、心春の少し後ろからついていく。
「心春はクラス企画で何をするんだ?」
「私は一応総括だけど、渚とゆずの手伝いをするつもり」
「じゃあ、俺たちと一緒だな」
「ひかるも二人と一緒の班なんだ?」
「ああ。心春とはこれから否が応でも関わることになりそうだ」
「バレないように気を付けないとね」
「まあ、それ以上に文化祭楽しもうな」
「うん……頑張ろうね」
「ああ、頑張ろうな」
※ ※ ※ ※ ※ ※
「ガムテくれる?」
「桜河さん、どうぞ」
「沖村くん、ありがとう」
「上原、上原! ちょっと手伝って」
「はいはい、どれどれ?」
みんなが各々協力して活動するなか、一人俺に近付いてくる藤島渚。
「どう? はかどってる?」
「それなりには……どうした?」
「ちょっと聞きたいことがあってね」
藤島からの質問? 一体何だろう?
「秋谷はさ、心春のこと嫌いだったりする?」
藤島は少し深刻そうな表情をして、俺の目をを見つめる。
「いや? どうしてそんなこと聞くんだ?」
「そっか……二人が喋ってるところ全然見たことないからさ」
藤島は少し安心したような目つきで相好を崩した。俺と藤島はちらりと必死に作業する心春の方を見た。
「心春はさ、すごく良い子なんだけど不器用なところもあるの……もしかしたら変な勘違いとか、たまに秋谷に強く当たっちゃうこととかあるかもだけど、仲良くしてあげてくれると嬉しい……多分そのうち秋谷の良いところにも気付くと思うからさ」
「分かった。なんか桜河の母親みたいだな」
「そう?」
藤島は微笑んだ。
ちゃんと心春のこと見てる人は他にもいるんだな……決して俺だけじゃなかった。それに少し悔しさを覚えたが、それ以上に心春をちゃんと見てくれている人がいて、純粋に嬉しいと思った。
※ ※ ※ ※ ※ ※
「あちゃー、もう日が暮れちゃったね」
窓の外は赤く燃える炎に暗闇が混ざって重たく薄暗い色になっていた。
「そろそろ帰りますか」
「うん、そうしましょう」
「だな」
それぞれが各自の物を片付け始めた。
この流れは……六人で一緒に帰る流れだろうか?
まずいな……心春と家が近いことがバレてしまうかもしれない。
一握りの不安が頭をよぎった。
※ ※ ※ ※ ※ ※
「文化祭楽しみだねっ!!」
「そうだなー」
七瀬の甲高い声に颯心が相槌を打った。俺たち六人は道を歩きながら会話を弾ませていた。
「みんな部活とかで何かするの?」
「俺はサッカー部で屋台やるよ」
「何作るの?」
興味津々で颯心の話に食いつく七瀬。
「フランクフルトだよ。みんな食べに来てね」
「いくいくー」
「運動部は屋台やんなきゃいけないんだよな、大変だなー」
凌平は他人事のように呟いたが、こいつも運動部だよな?
「藤島も運動部だろ?」
さっきから七瀬が主体となって話が進んでいたので、さっきからあまり言葉を発していなかった藤島に話を振ってみる。
「うん、女子バスケ部。私はたこ焼きをやるかな」
「絶対いくよ、なぎちゃん!」
「うん、ありがとう。心春とゆずは吹奏楽部でしょ? それじゃあ、文化祭は発表とかで結構大変なんじゃない?」
「そんなに大変ってほどではないよ。まあ、クラスのシフトも合わせたら少し大変かもだけど」
「確かに、私も心春ちゃんも二日目の最後にクラスのシフト入っちゃってるんだよね……後夜祭に遅れちゃうかも」
七瀬が残念そうな声を漏らす。
「そもそも後夜祭って行く意味あるの?」
「何言ってんの、秋谷くん! 後夜祭にはダンスがあるじゃない!」
七瀬が必死な顔をして責め立ててきた。行ったことないけどやってるらしいな、ダンス。
「一緒に踊れば二人は結ばれるとか?」
「いやいや、そんなジンクスないでしょ。漫画じゃあるまいし」
七瀬がバカにした口調で笑う。漫画の読みすぎか?
「じゃあなんで踊るんだよ?」
「ロマンチックじゃん! 仄かな光が照らす夜の校庭で、勇気を出してダンスの相手を誘う……本当にロマンチックだよ……その相手が好きな子でも、大切な友人だとしてもさ」
七瀬はキラキラした女の子の顔をしていた。そういうのが憧れなんだろう。
「好きな子を誘うのとか普通に恥ずかしくないか? 誘ってる人とかいんの?」
確かに。凌平、鋭い質問だ。
「文化祭マジックってやつで、背中を後押しされちゃうんだよ。それに辺りが薄暗いから周りから誰と誰が踊ってるか分かりづらいんだー。
もちろん特定しようとする人たちもいるけどあそこで誰と誰が踊っているか詮索するのは野暮なことだよねー」
「凌平ならやりかねないな」
「やらねぇよ」
七瀬の明るさのおかげか、俺たちはそのまま会話が途切れることなく学校の最寄りの駅に着いた。
「私となぎちゃんはこっち!!」
「ああ、俺もそっちだ、一番線」
「うわぁ、良かったねっ! ハーレムだよ、上原!!」
「いや、もっと言い方あるでしょ……」
颯心は苦笑いをする。
「くぅー、羨ましい……でも俺にだってチャンスはあるはず……」
凌平が俺にだけ聞こえるくらいの声で何やら呟いた。
「俺は地下鉄なんだけど……もしかして桜河さん?」
「ううん、私は渚たちと反対方向の電車だよ?」
ブンブン顔を横に振る心春。それに俺も頷く。
「俺もそっちだ」
「分かってた……分かってたんだ……どうせ俺はボッチですよ……ぐすっ……」
「じゃ、じゃあな凌平。死ぬなよ」
「おう……」
とぼとぼ歩いていく凌平の後ろ姿はどこか哀しげな雰囲気を漂わせていた。
「沖村くん、何かあったの?」
凌平の悲しげな後ろ姿に七瀬がはてなマークを頭に浮かべる。
「知らない方がいい。可哀想な奴なんだあいつは」
「へえー」
俺が七瀬に凌平の悲しさを説明している間に藤島が心春の方へ寄って行った。
「心春、秋谷と二人で大丈夫?」
「うん、大丈夫だよ」
藤島と心春が何やらこそこそ話を終えて、それから藤島は俺の方へ駆け寄ってくる。
「秋谷、心春と仲良くね?」
「うん? ああ……」
藤島はそれだけ俺に囁いてから先を歩く颯心と七瀬の後を追った。
「それじゃあ」
「ばいばーい!」
「また明日ね」
上原、七瀬、颯心が各々手を振ってくる。
「じゃあね」
「また明日」
俺と心春も手を振り返す。三人が見なくなったところで、俺たちは幼馴染モードに入る。良かった、同じ方向が二人だけで。
「渚に何言われてたの?」
「心春と仲良くって」
「あー、そういうこと」
心春が納得したように大きく頷く。
「ごめんね、嫌いとか言っちゃって……私のせいで話がややこしくなってる」
「別にそれくらい大丈夫だ。嘘だって分かってるし。それにしても藤島はすごく心配してくれてるみたいだな」
「うん、渚は優しいから……」
「そうみたいだな。作業中にも言われたよ、『心春は良い子だから仲良くしてあげて』って」
「渚がそんなことを?」
「ああ、いい友達を持ったな」
「うん……」
心春は嬉しそうな優しげな笑みを浮かべた。友達を褒められて喜んでいるんだろう。
「やっぱりいつか伝えるべきなのかな? 私たちが幼馴染だって。特に渚とゆずには……」
心春は少し申し訳なさそう顔をしていた。たぶん自分のことを心配してくれる友達に嘘をついていることにいたたまれないのだ。
「そんなこと言ったら俺も凌平と颯心に言わなくちゃいけないよ。凌平に伝えたら多分大惨事になる……」
凌平は女に飢えているからな。美少女と幼馴染だなんてばれた日には死体になるだろう。
「?」
心春はきょとんと不思議そうに頭を傾げる。
「分からなくていいよ。まあだから、俺が言いたいのは、今はまだいいんじゃないか、ってこと」
「まだって、じゃあいつ言うの?」
「そのときが来たら……」
「……そのとき?」
「ああ、そうだ」
そのとき。
多分それは俺と心春がただの幼馴染ではなくなったとき。
「そのときは来るの?」
「ああ、俺が絶対来させる」
「何それ、変なの」
心春がクスッと笑う。それに釣られて俺も笑みを溢す。
「実はこうやって二人で帰るのって初めてだよね?」
「確かに。幼馴染のこと隠すため一緒には一度も帰ってなかったな。家は隣なのにね?」
「ホントにね。だからすごい新鮮だし、すごい不思議な気分。二学期にしてようやくずっと仲の良かった友達と話せたみたいな?」
「それ、どういう状況だよ?」
俺が笑みを溢すと、それに応ずるように心春も笑みを見せた。
俺たちは互いにたわいもない会話で笑いあった。心春と話しているとどうしてこう、心が温かくなるんだろう?
初めての二人の帰り道は家に着くまで、絶えず笑いに包まれていた。
皆さんのつけてくださる星やハート、コメントなどは、作者の創作の励みとなっています。ありがとうございます。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます