第4話 美少女とお弁当の中身
授業という学問のしがらみから一時解放される至福の時。そう、それが昼休み。
この時が学校生活における楽しみの一つだ。お弁当を開けるこの瞬間、今日は何が入っているんだろう、と童心に帰ってワクワクドキドキの気持ちを抱くことが出来る。だから俺にとってはすごく好きな時間だ。
お弁当箱を開けるワクワクドキドキは人生のワクワクドキドキと紙一重だ。『人生はお弁当箱のようなもの。開けるまで何が入っているのか分からない』っていう名言もあるし…………あれ、違ったかな?
ワクワクとドキドキという子供心で胸を一杯にして、いざお弁当箱を開ける。
さて、今日は――――
エビフライに、千切りのキャベツ。それにキュウリの叩きときんぴらごぼう、そして卵焼きだ。卵焼き以外は全部昨日の夕食の余り物だ。
まあ、別にいいけど。お母さんも毎朝大変だろうし。
「おっ、美味しそうなエビフライだね」
昼休みになって心春の回りに集まってきた女子たちの中の一人、
藤島渚は多分心春が俺と同じくらい心を許している心春の親友だ。心春より若干短い黒髪で、見た目はクールで大人っぽいだけど、話してみると意外に中身は明るい。スポーツ万能で、男女分け隔てなく話す友達気質だ。
「妹が昨日の夕食で作ったんだ」
「へぇ、凄いね秋谷の妹ちゃん。っていうか、妹いたんだ?」
「ああ、いるよ。中三の」
「もしかして可愛い?」
「いや、小生意気だ」
「えぇ、何それ絶対可愛いじゃん!」
「ねぇ、話聞いてた?」
「他の料理も妹ちゃんが?」
「いや、俺とか母親とか。ちなみにこのキュウリの叩きはわたくしが作りました」
「うわぁ、誰でもできそー」
「ひどいな、もっと誉めてくれてもいいのに……」
他の女子数人が椅子を持ってきて心春の机を取り囲む。すぐに心春の周りは埋まってしまい、藤島の座るスペースはないように見えた。
「渚、隣座る?」
心春の机の周りが埋まったのを見て、心春は自分の席を半分開けてに提案する。
「いいよ、私は立って食べる」
「この席使ってどうぞ」
俺は立ち上がって、藤島が座れるように椅子を引く。
「えっ、別にいいのに」
「良いんだ、俺は颯心たちの方へ行く。立って食べるのは行儀が悪いぞ」
「ありがと」
単純にあの女子のグループの側にいるのは居たたまれないしな。
俺は弁当箱をまとめて、颯心たちの席へ向かう。背後から女子たちがわいわい話す声が聞こえてくる。
「今日の心春ちゃんのお弁当は――」
女子たちがみんなして心春の弁当箱を覗き込む様子が目に浮かぶ。
「おお、エビフライだね。それから千切りキャベツに、きんぴらごぼうに、ミートボールに、トマトに、キュウリの叩きっと」
!?
「あれ? これ……」
藤島が驚きの声を漏らした。俺は思わず体を止めた。
これはまずい。俺のお弁当とほぼ同じじゃないか!?
どうやら心春もうちのお母さんも昨日の夕食の余りをお弁当箱に詰めてきたようだ。これじゃあ、昨日夕食を一緒に食べたことがバレてしまう。
一瞬振り返ろうかとも思ったが、それでは彼女たちに追求されてしまうだろう。そんな危険信号を受けた俺は何事もないように足を進めることにした。
一刻も早く颯心と凌平のところに行って、証拠を全て食べてしまえばいい。
「どうしたの、なぎちゃん?」
「いや、なんかさっき見たの弁当にそっくりだなぁって……」
余計なことを言いやがって!! でも、颯心たちの席まであと少し、あと少しなんだ!!
「えぇー? ほんとー?」
その女子のグループのなかでも明るくて活発な女子の
「ちょっ、顔近い……」
こういうことを無意識でやってしまうのが七瀬ゆずの悪いところだと思う。本当に。
「うわっ! ほんとーだっ!! 見た目までそっくりだよ!」
大声で心春の周りにいた女子たちに向かって身振り手振りで訴える。ちらりと心春の方を一瞥すると、何故か少し怒っているように俺を睨み付けてきた。
「嘘でしょー」
そう言って数人の女子たちが俺の弁当の中身を見に来る。
「わっ、マジだ」
さっきまで怒っているように見えた心春だったが、次第に焦りが顔に出てきているのが分かった。これじゃあ、昨日の席替えの時みたいなことになりかねない。同じ轍は踏まない。ここは俺がフォローするしかない。
「そんなに似てるのか?」
そう言って俺は心春の席の方へ行って弁当を覗き見る。
「あっ、ホントだ。桜河の弁当と凄い似てる……偶然ってあるもんだなぁ」
「ぐーぜんってレベルじゃないよ! 同じレシピってだけならまだしも、これは完全に同じものですよ! 同じ人が作ってる!」
七瀬が熱くなってそう言う。そんなに熱くなることか、これ。
「同じ人が作ってるわけないだろ。兄妹じゃあるまいし……偶然だよ、ぐーぜん!」
「ぐーぜんで済んだら警察はいらないよ!!」
「いや、何の話だ?」
七瀬の追及が止まることを知らない。そのせいで完全に女子たちの話の中心になってしまっている。
「秋谷、もしかして心春ちゃんにお弁当作ってもらったの?」
「んなわけあるか。言っとくがこれは俺が作ったキュウリの叩きだ。俺が誠心誠意を込めて作った唯一無二のキュウリの叩きなんだ!」
「そのキュウリの叩きに対する思い強すぎない?」
「にしてもお弁当の中身が同じって、なんか同棲したカップルみたいだね」
「同棲したカップルじゃねえ!」
「同棲したカップルじゃない!」
「わぁ、息ピッタリ!」
ニコッとして突然七瀬はそう言った。花恋みたいなこと言うな!
七瀬はこういう爆弾をさらりと投下してしまうから恐ろしい。ギラリと心春が俺を睨み付ける。
そんなに俺を睨むな。まあ、可愛いからいいけど。
「ちょっと、ゆず……」
藤島が七瀬の耳元で何やら囁く。
「えっ、そうなの!?」
大袈裟に驚いた顔をして、心春の方を見る。心春はキョトンとして、頭を少しだけ傾げていた。
「ごめん、心春ちゃん!」
「えっ? う、うん」
心春は何のことか分からないという様子で頷く。
何をいってたのかは分からないけど、さっきまで熱くなっていた七瀬が大人しくなった。今がチャンスだ。
「もう行っていい?」
「ああごめんねー、引き止めちゃって」
七瀬が手のひらを合わせて謝ってくる。
「いや別にいいよ」
なんとか乗り切ったけど、これは色々とまずいな。こういう細かいところにも気をつけていかないとバレる。
ようやく女子たちから解放された俺は早足で凌平と颯心のところまで行き、席に座る。
「モテモテなことで」
俺が席に座るなり、颯心の一言目がそれだった。
「多分その台詞は颯心が言うべき台詞じゃないと思うぞ」
モテモテイケメン野郎が言ったら嫌味にしか聞こえない。ちっとも嬉しくない。たぶん颯心も無意識なんだろうけど。
「ちぇっ! 女子に囲まれて羨ましい奴だ。でも、お前が女子の中で恋愛対象じゃないって思うだけで心がふわふわ軽くなってくるんだ」
「クズ……だからモテないんだよ」
「おいおい、その台詞は光が言うべき台詞じゃない!」
※ ※ ※ ※ ※ ※
授業が始まったのだが、隣の心春の様子がおかしい。
「消しゴム落とし……」
「大丈夫」
パッと心春は消しゴムを俺の手から奪い取るように取る。まるで触るなと言いたげな感じだ。
心春の俺に対する辺りが強い。嫌い演技をまだ続けているのか? にしては妙にリアルだ。
「なあ、さすがに今は演技する必要はないんじゃ……」
「話しかけないで!」
これは本気だ。心春は本気で怒っている。俺が気付かない間に何かしてしまったのだろうか。ならば謝りたい。
「あー、私が『同棲してる』なんて言ったせいで心春ちゃんが凄い不機嫌だよぉ……まさか心春ちゃんが秋谷くんのこと嫌いだなんて知らなくて……どうしよう、なぎちゃん?」
「普段はあんなに穏やかなのに……まさかあんなに露骨に不機嫌になるなんてよっぽど秋谷のことが嫌いなんだねぇ……あんな怒ってる心春初めて見た」
※ ※ ※ ※ ※ ※
心春が全然口を利いてくれない。こうなったら仕方ない、奥の手だ。
「おい、心春、五時間目終わったら屋上前の階段に来てくれ」
「何でそんなこと……」
「来なきゃ俺たちのことバラす」
「なっ!!」
強引な方法は心が痛むが致し方ない。心春に不可解な思いをさせてしまったなら、何が気に障ったのかを聞いて、しっかり謝らないと……
「脅してここまで連れてきてどういうこと!? 本当にバレたらどうするの?」
「それ以上にはっきりさせなきゃいけないだろ。俺が心春に何か嫌なことしたなら謝る。だから教えてくれ! どうして怒っているんだ?」
「……」
「頼む教えてくれ……ちゃんと謝るから」
「怒ってないよ……」
「絶対怒ってるだろ。頼む、理由を教えてくれよ」
「…………」
「…………」
「…………デレデレしてた」
「ん?」
「何でもない!! とにかく怒ってないから! 周りに気付かれないための演技だから」
「…………分かった。怒ってないなら良いんだ。ごめんな、呼び出して」
俺は教室の方へと向かって歩く。腑に落ちないが、心春が怒ってないと言い張るならそれでいい。しつこく追求する必要はない。
タッタッタッタ。
背後から足音が聞こえると思えば、突然左肩が下にぐいっと押される。何かが俺の左肩の上に乗った。
それは明らかに心春の顔だった。俺の肩を掴んでいた手がプルプルと震えているのを感じた。背伸びしているんだと思う。その手はしっかりと俺の肩にしがみついていた。
顔が近すぎて横を向くことは出来ない。顔が熱くなっていくのを感じる。微かに当たる心春の肌も熱くなっていた。
心春の息が吹きかかるのを肌で感じた。
「ほんとは怒ってた…………ゆずにこうされたときデレデレしてたから……」
「別にデレデレなんて……」
「二人がくっついてるのはいい気がしなかった……でも、ごめん。それで光に怒るのは間違ってた……もう本当に怒ってないから」
そう言った心春は肩から手を離して、俺の方を振り向くこともなく教室の方へ走っていった。走って靡く茶褐色の髪の隙間から赤くなった耳が覗いていた。
心春を抱き締めたいという欲求に強く駆られた。だが、俺たちはそういう関係じゃない。今のところはまだ……
『二人がくっついているのはいい気がしなかった』
それは心春が親友の七瀬ゆずを案じてのことなのか、それとも……
真実は闇のなかだ。
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