第2話 美少女と席替え
昨夜は心春の思わせ振りな発言のせいで、なかなか眠れなかった。そもそも会話の内容があんな恋愛話になったのは、凌平が心春にコクった話をしたせいだ。つまり凌平が悪い。
凌平を恨みながら教室に入る。
「秋谷、おはよう」
「ああ、おはよう」
「おっはよー、秋谷くん」
「おはよう、七瀬」
クラスで密集している女子のグループの横を挨拶をしながら通りすぎる。もちろんその真ん中にいる美少女、すなわち俺の隠れ幼馴染とは挨拶一つ交わさない。軽いアイコンタクトが俺たちの挨拶の代わりだ。
「よお、光」
声の先には凌平が待ち構えていた。
「なあ、凌平。挨拶代わりに一発殴っても?」
「いや、意味がわからん」
お前のせいで昨日は全然眠れなかったんだぞ!
学校では心春と幼馴染であることは秘密にしているので、そんなことは当然口に出せるわけもなく、席に座った。
そのあと颯心も俺と凌平のところに加わって担任の先生が来るまで談笑していた。
「今日は突然だが、席替えをしようと思う」
「おぉー」
「えぇー」
担任の先生の一声に、クラスから喜びと不安の混じった声が湧く。まあ、そろそろ席替えの頃合いだとは思っていたけど、まさか今日だとは思わなかった。
でも正直誰と隣になっても問題はない。基本誰とでも仲が良いからな。
そう思っていた俺には席替えに喜びの感情も不安の感情も特に起こらなかった。
そして生徒たちが順番に先生お手製のクジを引いていく。俺の番が回ってきた。
42番。一番後ろの窓際の席だ。
「桜河さんは何番だった?」
「私は……」
さっきから男子が騒がしいと思っていたら、そういうことか。男子たちが心春のまわりに群がっていた。もしかしたら心春と自分が隣ではないか、そんな淡い期待を抱いているんだろうな。そんな自分がラブコメ主人公だなんて希望抱いていたら凌平みたいになっちまうぞ。
心春を囲む男子たちに嫌悪感を抱くと同時に、自分は幼馴染として彼女の特別なんだと思うと少しばかりの優越感もあった。でもああやって、心春が他の男子に取り囲まれているのにはやっぱりいい気はしない。
まあ、気にしても仕方ない。俺たちは学校では関わり合わないって決めたから。約束は守る。
決意を新たにしながらバックを持って自分の新しい席につく。
一体隣は誰だろうな?
「えっ……」
聞き覚えのある声が隣から聞こえる。嫌な予感がして隣の席を振り向く。
「心春……」
そこにはいたのは心春だった。心春の顔には「焦り」という文字が浮かび上がっているようだった。どうやらラブコメ主人公は俺だったらしい。
「ちょっと、下の名前で呼ばないで!」
心春が詰め寄ってきて小声で責め立てる。
「あっ、悪い……」
うっかりやってしまった。すぐに謝って周りを見渡す。幸運なことに誰にも聞かれていなかったようだ。
「桜河さんの隣は秋谷かー」
「いいなー、秋谷。羨ましいー」
周りから羨ましがる声が聞こえた。
「よろしくね、桜河さん」
視線が集まってきたので、気を取り直して心春に笑顔を向けて挨拶する。
「う、うん……」
心春はぎこちない笑顔で頷いた。不安なのは俺も一緒だった。
※ ※ ※ ※ ※ ※
「光、お前ってやつは羨ましい真似しやがって!! 何でお前が桜河さんの隣なんだよぉ!!」
「なんかごめんな、凌平」
「でも、フラれた後に近くになるのは気まずいから良かったような、でも出来るならやっぱり隣になってお近づきになりたいような、うわぁ何だこの複雑な気持ち!!」
泣き叫ぶ凌平。
「これを機に桜河さんと仲良くなったら?」
颯心が提案する。
「まあ、出来たらな」
そうならないことは俺が一番よくわかっていた。
※ ※ ※ ※ ※ ※
「それでここは……」
授業が始まっているが、隣が心春だとどうも落ち着かない。
横を見ると、心春の眼鏡姿があった。心春が眼鏡をかけるのは授業のときだけだし、学校のなかでは疎遠だったのでその貴重な姿を見る機会はほとんどなかった。
眼鏡をかけた心春の姿も新鮮で良いな。真面目に事業に臨む心春の凛々しいの横顔と、制服の首もとから覗く透き通るように白い肌のうなじも相まって、より一層綺麗に見える。
学校での心春は可愛らしい顔立ちは変わらないけど、どこか上品で真面目な雰囲気を漂わせていて、家にいるときみたいな無邪気で可愛らしい笑顔とかあどけなさとか、少し子供っぽい側面は一切見せない。それに眼鏡が加わったおかげで美しい佇まいという方が正しい気がしてくる。
そんな彼女の横顔にうっとりと見とれていたおかげで、先生の話は全く頭に入ってこなかった。
これはずっと見ていられるな……寝不足の目も覚めそうだ。
「ちょっと、そんなに見ないで……」
心春が俺の視線に気付いたようで小声で注意してくる。ずっと見つめていたのがバレて恥ずかしくなる。
「ごめん、他の人にバレるとまずいしな」
「それもそうなんだけど…………そんなに見られると恥ずかしいよ……」
心春は顔を赤らめる。赤みがかって恥ずかしがっている心春をじっと見る。
恥ずかしがっている心春も可愛い……。
「ねえ、見つめないでって言ったよね? 聞いてた?」
心春は赤くなっている顔をプリントで覆い隠した。横から覗く耳もしっかり赤くなっていた。
はっ、と我に返る。またやってしまった。さすがに見すぎた。
「悪い……」
恥ずかしがる心春をもう少し見ていたい気持ちもあり、名残惜しかったがもうやめた。これ以上やると俺の方がもっと恥ずかしくなりそうだ。
さあ、気を取り直して授業に集中しよう――――って思ったんだが……
じーっ。
真横からすごい心春の視線を感じる。
「あの、あんまり見ないでくれるか?」
「同じことをしてるだけだよ、お気になさらずに」
「ねぇ、もしかして怒ってる? さっきのことは悪かったって」
「別に気にしてないよ。だからそっちも気にしないで」
これはもうやめる気はないらしい。それならこちらも……
「さっきのこと、気にしてないんだよな?」
「ええ、もちろん」
「そうか、なら問題ないな」
肘を机について目線を再び心春の顔に移す。お互いの視線がぶつかる。
意地になっているのか、少し睨むように俺を見つめる心春が可愛い。周りから見れば睨めっこしているようにも見えるかもしれない。
真っ正面から見ると本当に心春は綺麗な顔立ちをしていた。澄みきった茶色の目に柔らかそうな頬の白い肌。その白い肌にピンク色の絵の具が垂れて、ほんのりと白いキャンバスを赤く染めていった。
俺の顔も熱くなっているのがよく分かった。
「もう、見つめ返すのは反則……」
心春は頭をくるりと前に向け、顔を両手で覆い隠した。
よし、勝った。
俺は急いで前を向いて心春から顔が見られないようにする。危なかった。結構ギリギリの戦いだった。あと少し心春が耐えていたら先に俺がダウンしていた。自分の顔を触ってみると、熱くなっているのが分かった。
異性からあんなに見つめられたらこうなるのも当然だ。ましてや好きな異性なら尚更。こんな顔、心春には見せられない。
「じゃあ、ここ桜河やってくれる? 桜河?」
「は、はい!」
不意に先生に名前を呼ばれ、心春は慌てて顔を覆った手を外し、立ち上がった。
「すみません、聞いてませんでした……」
依然として顔が赤いままの心春は少し俯いて決まりが悪そうに答えた。クラス中が少しざわつく。
「珍しいね、次からは気を付けるように。じゃあ、その隣行って秋谷!」
名前を突然呼ばれたのに驚き、ビクッと肩を揺らして、ゆっくりと立ち上がった。
「すみません、分かりません」
「おいもう、二人とも! ちゃんと授業聞いとけよ? それじゃあ――――」
俺は席に座った。隣を見れば、心春はまるで俺のせいだと言いたげにこっちを睨んでいた。まあ、実際俺のせいなんだけど、睨んでいる心春もやっぱり可愛かった。
※ ※ ※ ※ ※ ※
「心春が授業聞いてないなんて珍しいね」
「なんかあったの?」
「まあ、色々ありまして……」
授業が終わると隣の心春の周りをクラスの女子たちが囲む。その勢力が俺の机にまでにも及んでいる。
「秋谷くんとはどうなの?」
ギクッ。
そこにいた女子たちの視線が一斉に俺に注がれる。
「ど、どうとは!?」
心春がすっとんきょうな声を出す。
「別に隣の席でどうかってこと。二人が話してるとこあんまり見たことないから」
「うーん、べ、別に普通だよ?」
あからさまに焦りすぎだ。
「本当に?」
その女子たちの一人の
「本当だ」
俺に話を振られたのでとりあえず否定しておく。このままここにいたらボロを出しそうだと思って、それから女子しかいないことに居たたまれなくなって、俺は席を立った。
※ ※ ※ ※ ※ ※
「もしかして、さっき二人で何かしてたから授業聞いてなかったとか?」
「ないない!! 本当にない! あり得ない!」
周りからの追求に私はブンブンと顔を横に振った。
「そんなに必死に否定しなくても……ただの冗談だよ」
「心春ちゃんなんか今日おかしくない?」
そんなにおかしいのかな? 私とひかるの関係がバレてるのかな?
そんな不安が心のなかを渦巻いていた。
「ちょっといい、心春?」
私の親友の
離れた場所で私の耳に顔を近づける。
「もしかしてさー、心春って、秋谷のこと……」
ドキッと心臓が高鳴ったのが分かった。
「嫌いなの?」
「え?」
あまりに予想外の質問に思わずすっとんきょうな声を出してしまった。
えっ、嫌いってどういうこと?
「いや、だってさっきもと話してることを必死に否定してるしさー。先生に当てられた後、秋谷のこと睨み付けてたし。ちなみに言っとくけど睨むのは意味ないと思うよ。心春、睨む姿も可愛いくて全然怖くないから」
「なっ!?」
か、かわいい?
ひかるにはどう見えたんだろう……?
いまだ心臓はドキドキと鳴っている。この音は渚には聞こえてないよね?
「それにさ、二人とも男女問わず色んな人と仲良いのに、二人は全然喋ってないじゃん? ずっとおかしいーなーって思ってたんだよ。でも、嫌いなら話さない理由も説明つくし……」
私はうーんと唸った。なんか変な方向に捻れてるなあ……幼馴染のことを話すわけにもいかないし……
悩んでいると渚が口を開いた。
「もしくは心春が秋谷のこと好きなのか」
「ええっ!? 何でそうなるの!?」
本当にどうして急にそういうことになるの!? ビックリするじゃない!?
心臓の鼓動の音がどんどん早くなっていくのが分かる。
「さっきの必死に否定してる姿は正直後者に近いと思った。嫌いか好きか、絶対どっちかだと思うんだよねぇー」
こうなったらもう仕方がない……ごめん、ひかる……
「そう、実は……秋谷のこと嫌いなの。好きとか不名誉だから二度と言わないで」
「なんで嫌いなの? 超優しいことで有名でしょ?」
確かに……あんなに優しいひかるを嫌いになるなんて考えられない。あんなに周りをよく見ていて、人のことを大事にする人は他にいない。
「色々あるの!」
言い訳が思い浮かばなくて、とりあえずそう言って無理やり話を終わらせた。
これ以上追求されたらもう、心臓が持たなくなる……
※ ※ ※ ※ ※ ※
「俺の話が出た時に慌てすぎだ。バレちゃうだろ?」
「一体誰のせいでこうなったと?」
心春がジト目で顔を覗かせた。
「すみません……反省してます」
「もういいよ。とにかく学校でこういうことはダメ」
「ん? 学校じゃなきゃ良いの?」
「なっ!?」
赤くなった心春が目を逸らして言った。
「学校じゃなくても、恥ずかしいからやめて……」
「お、おう」
質問した俺も恥ずかしくなって、それ以上は何も言えなかった。
「それと私、光のこと嫌いってことになったから」
「なるほど、突然すぎて意味がわからん」
突然どういうことだ? 話が全くつかめない。
「そのまんまの意味。渚に聞かれて、そういうことにした。だからこれからはそういう設定で行くから」
「いくらなんでもやりすぎじゃ? 『別に嫌いじゃないけど、仲良くはない』じゃダメだったの?」
「仕方なかったの!」
俺に有無を言わせるつもりはないらしく、心春は語気を強めてそう言った。不思議なことに頬がほんのり赤くなっているように見えた。
心春は言えない。
『嫌いか好きか、絶対どっちかだと思う』
その二択を踏襲してしまえば、自分が秋谷光を好きだということを隠していると思われてしまうことを。それが偽りのない心春の本心であったから尚更隠し切れないと思ったことを。それで嫌いという選択肢を選ぶほかなかったのだということを。
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