第95話 俺の気概

「使える、ねぇ。それじゃ、少年が魔法を使えると仮定して、その先に何を求めてるんだ?」


「仮定って……いや、いいや。求めるものっていえば、そりゃあ強くなることだよ」


「強くなって何をするんだい?」


「それはもちろん……」


 もちろん、母さんを守る。


 そう続けようとした俺は、自分の言葉が淀んでしまったことに気づき、口を噤んだ。


 俺が守りたいのは、母さんだけなのか?


「もちろん?」


 考え込む俺に向けて、ヴァンデンスが答えを促すように問いかけてきた。


 それでもまだ、答えあぐねている俺を見て何か思ったのだろうか、シエルが割り込むように話し出す。


「ニッシュ、前にも言ったと思うけど、何があっても私はあんたの味方だから」


 前回の記憶を持っているシエルなりに、気を遣ってくれたのだろうか。


 咄嗟にシエルのことを茶化してしまいそうな衝動をグッと抑えた俺は、微笑みながら礼を告げる。


「ありがとうな、シエル」


 そんな俺たちの様子を見て焦ったのか、母さんも話に割り込んできた。


「ウィーニッシュ、母さんもあなたの味方よ? あなたが何か望むなら、全力で協力するわ!」


「母さんも、ありがとう」


 母さんにもお礼を言いながら、俺は改めて考えた。


 こうして、母さんやシエル達と笑い合って暮らすために、俺がするべきこと。


 襲い来る脅威を、その度に退けていけば良いのか?


 そんな、場当たり的な考え方が、本当に通用する世界なのだろうか?


 やるならもっと根本的に、抜本的に、できうる全ての対策を取るべきなんじゃないか?


 だとしたらそれは、ただ強くなるだけじゃなくて、その強さと手に入れた幸せを、守り通すだけの覚悟がいるはずだ。


 簡単じゃあないだろう。


 だからこそ、師匠に教わるんだ。


「整理はついたかな?」


「あぁ、決めた。俺は、ハウンズを……バーバリウスをぶっ倒して、ゼネヒットっていう腐りきった掃き溜めを、リセットする。そうしないと、皆を守れないから」


 そこで言葉を区切った俺は、改めてヴァンデンスに向き合い、その目を強く見つめながら告げた。


「だから師匠、1秒でも早く俺を、強くしてくれ」


「師匠? 勝手に弟子入りしちゃったのかい? まぁ良いけど。ということは、ゲイリー君は少年の兄弟子ということになるね」


 込めれるだけの覚悟を視線に乗せた俺の気概は、返って来たヴァンデンスの言葉によって、軽々しく散らされてしまった。


「は!? 兄弟子!?」


「うん。そうだよ。まぁ、それは後にしておこう。せっかくダンジョンにいるんだから、今から特訓を始めようか」


「すごく気になるんだけど……兄弟子って」


 どうしてゲイリーが弟子入りしたのか。


 いつから弟子だったのか。


 本当に弟子なのか。


 気になることだらけだが、俺は多くの疑問を飲み込んだ。


「これから話をする機会は増えるんだし、良いだろ? じゃあとりあえず、どれくらいできるのか見せてもらうために、モンスターを狩りに行こうか」


「狩りね……」


 気を取り直そうと、ヴァンデンスの提案をそのまま呑もうとした俺は、ふと思い出す。


 それは前回の記憶。


 ハウンズに捕まった俺は、奴隷にされたその日のうちに、ダンジョンに来たのだ。


 そこでは、色々なことがあった。


 例えば、ゴブリンに殺されそうになったり。


 例えば、トロールに殺されそうになったり。


 その時はなんとか、紋章の力で乗り切ったのだが……。


 今回、俺はその現場にいない。


 あれが、俺の5歳の誕生日のお話なのか、それとも俺が数日気絶していた後の話なのか、明確じゃない。


 ということは、今日おきる話の可能性もあれば、明日やそれ以降の可能性もある。


 それはつまり、マーニャの身に危険が迫っているわけで……。


「ちょっと待った! そうだ、そうだよ! 大事なことを忘れてた!」


 頭を掻き毟りながら叫んだ俺は、怪訝そうに俺を見るヴァンデンスに詰め寄り、問いかける。


「師匠、ここはダンジョンのどのあたりなんだ? できれば急いで上層まで上がりたい!」


「ここは中層の下の方だけど、上層に上がりたい? どうして?」


「助けなきゃいけない人がいるんだよ!」


「……ほう、さては少年の“これ”かな?」


 俺の慌てっぷりを見たヴァンデンスは、どこか楽しそうに右手を顔の前に出すと、小指をゆっくりと突き立てた。


 そのしぐさに苛立ちを覚えつつも、俺はすぐに否定する。


「ち、違う! 違うけど、女の子だ!」


 否定しながら、俺は自分自身が思っている以上に動揺していることに気づく。


 そして、この内容の話を動揺して否定する時点で、勘違いされるのは必至だ。


「ウィーニッシュ!? あなたもうガールフレンドがいるの!?」


「あぁ、あの娘ね……なるほど、そうだったんだ」


「あぁ、もう! みんなして俺を茶化しやがって! どうでも良いから、このダンジョンの大穴まで案内してくれよ! 師匠!」


 声を荒げる俺の姿を見て、ケラケラと笑うヴァンデンスは、仕方ないとばかりに話し出した。


「分かったって、それじゃあ、ゲイリー君はセレナ嬢とここでお留守番しててもらおうか」


「え? 私も行きます!」


 ヴァンデンスの言葉に、反射的に反応したのか、母さんは驚きの表情のまま言った。


 だけど、母さんを危険な場所に連れていくのは気が引ける。


 ここなら安全そうだし、待っててもらった方がよさそうだ。


「母さん、それはさすがに危険すぎるから、ここで待ってて。俺達なら大丈夫だから」


「セレナ、私もニッシュに賛成だわ」


「むぅ……分かったわ。分かったわよ」


 不服そうな顔をするものの、観念したのか、母さんはそう呟くと、足元の石ころをつま先でいじりだした。


 可愛いな、おい。


 だんまりを決めているゲイリーと、ふてくされている母さんを残し、俺達は出発する。


 進むにつれて暗くなってゆく洞穴の中を走っていると、ヴァンデンスが声を掛けてきた。


「それじゃあ少年、移動しながら簡単な授業をしようか」


「え!? 今するの?」


「そうだ。なんてったって、時間は有限だからね。無駄は極力削ぎ落としたほうが良いだろう?」


「無駄の権化みたいなあんたが言うのか……」


「何か言ったか?」


「いいや、何も言ってません。続きをどうぞ、師匠」


 ごまかすために敬語を使ったのがバレたのだろうか、ヴァンデンスは大きなため息を吐くと、話を進めた。


「今回は見逃してあげよう……で、話の続きだけど。少年が知りたがっているのはこれだろう?」


「うわ!?」


 ヴァンデンスが言葉を終えたと同時に、彼の身体が二つに分裂した。


 前回の記憶で、話には聞いていたが、実際に目にすると不思議な感覚だ。


 全く同じ姿かたちをしたおじさんが、俺と並走している。


 姿は同じだが、仕草や行動までも完全に同じになる訳ではなく、それぞれにちゃんとした意思があるように見えた。


「やろうと思えば、数十人単位で分裂できるけどね」


「その微妙な自慢要らないから……で、どうやったの?」


「なんか少年、師匠に対して辛らつだよね!? まぁ、いいや、これはリンクと言ってね、バディと疑似的に一体化してるんだ。だからほら」


 そこで言葉を切ったヴァンデンス達の背中に、巨大な一対の蝶の羽が現れる。


 背中から生えてきた、というよりは、見えるようになったと言った方が表現として正しいかもしれない。


「おっさんに生える蝶の羽って、誰も望んでないぞ?」


「それはおじさんも同感だ」


「で、そのリンクってのは、どうやったらできる?」


 そう尋ねた俺の言葉に、ヴァンデンスはいたずらっぽい笑みを浮かべたのだった。

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