第94話 神のお告げ
相変わらず整えられていない頭をボリボリと掻きながら上体を起こしたヴァンデンスは、大きくあくびをして見せた。
そんな彼を見て、俺が驚くのは仕方のないことだろう。
なぜここに師匠がいる?
フードの男―――ゲイリーと師匠は、どういう関係なんだ?
こんなダンジョンの奥深くで、師匠は何をしている?
尽きることのない疑念を振り払うように、頭を激しく降った俺は、どこか楽しそうな表情の師匠を睨みつけた。
「少年、初対面の人にそんな目をむけちゃあダメだろ? ん? 初対面だよな? じゃあなんで、少年はおじさんの名前を知ってるんだ?」
ヴァンデンスのそんな言葉を聞いた母さんとシエルが、俺の方を見ながら次々に口を開く。
「ウィーニッシュ、知り合い?」
「ニッシュ、なんでこいつがここにいるの!? 私の目がおかしいの? それに、そこのフードの奴はゲイリーよね!? どうなってんの!?」
「はぁ……まぁ一応知り合いだよ、母さん。どうなってんのかは、俺もさっぱりだ」
俺達がそんな話をしている間に、ヴァンデンスは寝転がっていた岩に腰を下ろして座った。
そうして、小さく肩を竦めながら言葉を並べだす。
「まぁ、なぜ君たちがおじさんのことを知っていたのか、深く考えたところで何かが変わる訳じゃないしね。何か分かることはあるかもしれないけどな? で、一応初対面なはずだから自己紹介をしよう。おじさんはヴァンデンス。こっちはバディのラックと、なぜか名前を知られていたゲイリー君。君達は?」
ヴァンデンスの言葉に反応するように、髪の中から現れた一匹の蝶と、壁にもたれかかったまま黙り込んでいるゲイリー。
そんな二人を指さしながら告げたヴァンデンスは、言い終えた後、促すように俺に目を向けてきた。
「俺は……ウィーニッシュだ、バディのシエルと、母さん……」
「私はセレナといいます。それと、バディのテツです」
「よし、これでおじさん達は互いに知り合いということで、どうして知っていたのかなどというどうでもいい話はする必要がなくなったね」
「どうでもいい話なのか?」
「どうでもいい話さ。なにせ、おじさんがどうでも良いって言ってるんだからね。それよりも、なぜゲイリー君が君たちのことをここに連れてきたのか、そっちの方が大事な話だとは思わないかい?」
「……それはぜひ、教えてほしいな」
俺の言葉を聞いたヴァンデンスは、満足そうに笑みを浮かべると、仰々しく告げた。
「簡単な話さ、おじさんは君達を助けたいんだよ」
「ニッシュ。なんか怪しくない?」
彼の言葉を聞くや否や、シエルがオレの肩をギュッと掴みながら呟いた。
そんな俺たちを傍らに、母さんが話し出す。
「ヴァンデンスさん。助けて頂いたことは本当に感謝しています。ありがとうございます。ですが、できればその理由を教えて頂けないでしょうか?」
「ん~……レディのお願いとあらば、全力でお答えしたいところだが、話だすと長くなるから、簡潔に。神様のお告げってやつだよ。おじさんの家系は代々、お告げとして、未来が見えたりするんだ」
「神様、ですか?」
明らかに困惑する母さん。
同じように困惑と呆れの入り混じった声で呟いたのは、もちろんシエルだ。
「ニッシュ、やっぱりこいつ、怪しいわ」
困惑する二人を傍目に見ていた俺はというと、一人で驚愕していた。
神のお告げ。
普段であれば、その言葉を聞いた俺もまた、ヴァンデンスに対して呆れの感情を抱くのだろう。
また適当なことを言っている。と。
しかし、今は状況が違う。
俺は確かに、神とやらに接触している。
それはシエルも同じだと思っていたんだが、どうやらジゴクでの記憶はシエルには無いらしい。
よくよく考えれば、それも仕方がないことかもしれない。
なにせ、件の神が、シエルの身体を使っていたのだから。その間、シエルの意識が無かったと言われても、なんら不思議ではないよな。
そこまで考えた俺は、大きく息を吐いてヴァンデンスを見上げると、ゆっくりと呟いた。
まるで、何かを確かめるように。
「……ミノーラ、か?」
ぼんやりと青白く光る洞穴の中に、沈黙が漂う。
その沈黙を破ったのは、当然のごとく、ヴァンデンスだった。
「……少年、それをどこで?」
「強いて言うなら、ジゴク、かな」
正直に話してもいいが、それは今では無い。
出来れば俺も、もう少し情報を整理してから、誰かに話したいと思っている。
ヴァンデンスはそんな俺の考えを汲んでくれたのか、ため息とともに話し出した。
「ふん……まぁ良い、そこまで分かってるなら話が早いし、おじさんとしても文句はないよ。で、まぁ少年には色々とお願いしたいことがあってね」
「偶然だな……俺もあんたに教えて欲しいことがある」
「そうかい? じゃあ、先に言ってごらんよ」
色々と情報が足りない。
断片的な情報で推測をしていくことに疲れてしまった。
こんな時は、物事に優先順位をつけて、一つ一つ解決していくべきなんだ。
そして、今の俺が最も優先的にするべきこと。
それは、自身の強化だと、俺は考えた。
だからこそ俺は、ジゴクで閻魔大王と話をする前の―――前回の―――記憶を思い返し、ヴァンデンスに問いかける。
「あんた、羽が生えた人間とか、分身を生み出す人間とか見たことあるか?」
「う~ん……あれ? もうそんなレベルの話をするの? まだ君には早いんじゃないかなぁ? いやでもまぁ、最近の若い子は色々と成長が早いとも聞くし……大人の階段を上るのも早いってことなのかな?」
俺の言葉に対して、ヴァンデンスがそんな返しをする。
その言葉を聞いた瞬間、俺は咄嗟に母さんの方を見てしまった。
「え? ウィーニッシュ? どういうこと?」
キョトンとした目でこちらを見下ろしてくる母さん。
一瞬母さんと視線を交わした俺は、無性に居心地の悪さを感じ、それを振り払うためにヴァンデンスに食って掛かる。
「言い方が悪いよな、それ! ほら見ろ! 母さんが悲しそうな顔してるだろ! 撒いた誤解はちゃんと解けよ!」
「ははは、まぁ、あながち間違いじゃないだろ? どれどれ、そんな話をしてくるってことはつまり、少年はもう魔法を……?」
ごまかし笑いで逃げ切ろうとするヴァンデンスは、俺の睨みに気づいて苦笑いをしながら尋ねてくる。
その問いかけを聞いた俺は、仕方なく睨んでいた眼を閉じると、一つ息を吐いて、自信満々に告げたのだった。
「使える」
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