第78話 ハネ休め

「会話する資格ねぇ……」


「何が可笑しい?」


 ジャックの言葉を聞いた俺は、失笑を零した。


 そんな俺を見た彼は、あからさまに顔をしかめると、右手を腰の剣に添える。


 思った以上に刺激してしまったようだ。


 このまま無防備のままやられるわけにもいかないので、俺もとりあえず身構えてみる。


「丸腰のまま戦うつもりか? 拾え。その程度の時間であれば、待ってやろう」


 言い方がいちいち癪に障るやつだ。


 とはいえ、願ってもいないジャックの提案を快く受けた俺は、傍に転がっている一本の剣を拾い上げると、切っ先を彼に向ける。


 刹那。


 音もなく抜剣して見せたジャックは、突きの構えを取ると、ゆっくりと身構える。


 流れるような一連の動作からは、彼の並々ならぬ技量がにじみ出ているようだった。


「へぇ……」


「ゆくぞ」


 宣言をしてくれるなんて、ご丁寧な騎士さんだ……。


 そんな軽口が俺の口から出てくる前に、ジャックの切っ先が俺の元に到達する。


 繰り出された突きの尋常ならざる速度に、危うく回避しそびれた俺は、なんとか身を捩じって突きを回避する。


 左後ろに体勢を崩す俺は、再び繰り出されようとするジャックの突きを避けるため、無理やり後ろに跳んだ。


「ラック!」


 後ろに滑りながら全身のバランスを取った俺が、短く叫ぶと、ラックが俺の眼前を舞う。


 途端、俺を中心に深い暗闇が広がり、牢全体を包み込んでいった。


『よし、これで少しは時間を稼ぐことができる。今のうちに……っ!?』


 次の手を繰り出すため、新たな魔法を構築しようとイメージをわき上げようとしたその時、闇の中から笑い声が響いてきた。


 どうやら、ジャックが笑っているらしい。


 ひとしきり笑った彼は、大きく息を吐きだすと、短く呟いた。


「アラン、出番だぞ」


 その瞬間、まばゆい光が、牢の中に突然現れ、隅々まで照らし出し始めた。


「くっ!」


 あまりの眩しさに、俺が左手で視界を覆った直後、わき腹に猛烈な痛みが走る。


 咄嗟に視界を落とした俺は、がら空きになった左のわき腹に、ジャックの剣が突き刺さっているのを目の当たりにした。


 傷口からは真っ赤な鮮血が流れ出し、痛みが全身に迸る。


「思っていたより、大したことないな。どうした? 調子でも悪いのか?」


 剣を抜きながら煽り文句を放つジャック。


 眼前に立つ彼を睨んだ俺は、その隣に立っている巨大なバディに目を向けた。


 金色に輝く巨大な獅子。


 全身から光を放っているその獅子が、ジャックのバディなのだろう。名前はアランか。


「調子は良いはずなんだけどな。強いて言うなら、相性が悪いな。なんだそのピカピカのライオンは。松明代わりによさそうだな」


「ジャック、今こやつは儂を松明呼ばわりしたのか? だとするならば、こやつは儂にやらせろ。儂は儂を侮辱する者を許しておけるほど、懐の広い男では無い」


 傷口を押さえながら痛みに耐える俺を睨みつけるアラン。


 よほど俺の言葉に気分を害したのだろう、鼻筋を立てて唸るその姿は、普通の人ならば腰を抜かしてしまうだろう。


 ただ、その威圧感は俺には通じない。


 そこはまぁ、経験の差というやつだ。


「痛めつけるのは構わないが、殺すなよ。こいつには吐いてもらうことがあるのでな」


「そうか、ならば、儂が遊んでやろう。ジャック、お前は手を出すな」


 傷を負った俺が簡単に動き出すことはできないと踏んだのか、ジャックとアランはそのようなやり取りを俺の目の前で交わした。


 まぁ、その推察はあながち間違っていないんだが。


「くそ……痛てぇな」


 血液と共に体力もこぼれだしているような錯覚に陥った俺は、首をぶんぶんと振って、意識を保つことに専念した。


 そんな俺を心配するように、ラックが眼前を舞い踊る。


 このまま気を失ってしまっては、計画が全て台無しになる。


 それだけは全力で避けなければならない。


「気を失うのはまだ早いぞ」


 声と同時に眼前に姿を現したアラン。


 咄嗟に両手で頭部をガードした俺だったが、それを予期していたように、アランは俺の胴に攻撃を仕掛けてきた。


 強靭な腕が右の脇腹に打ち付けられ、勢いのまま、俺は吹き飛ばされる。


 壁に衝突した衝撃で、左半身に痛みが走る。


 そのまま力なく床に突っ伏した俺は、痛みや疲れで荒れ始めた思考の中で、鮮明な声を聞き取ったのだった。


「ヴァンデンスさん! ヴァンデンスさん! まだ!? まだ聞こえないんですか!? 本当にもう、危ないですよ!」


 その声を聞き取った俺は、痛む体に無理を言って、立ち上がった。


 が、すぐにバランスを崩し、その場で尻餅をついてしまう。


 背後にある壁にもたれかかることで、何とか倒れこむことを防いだ俺は、眼前にゆっくりと迫りつつあるアランを睨みながら、右手を前に突き出した。


 人差し指だけを立てて伸ばされた俺の腕を、警戒したのか、アランは即座に身構える。


 その様子を見た俺は、一つ笑みをこぼすと、小さく呟いた。


「聞こえてるぜ……これでやっと、本気を出せるな」


 一瞬訪れる沈黙。


 その沈黙のさなか、ひらひらと舞い降りてきたラックが、俺の伸ばしていた人差し指の先端に止まったのだった。

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