第77話 苦言を呈す

「立ち止まるな! 歩け!」


 そんな声と共に背中を押された俺は、二歩、三歩とつんのめりながら進み、再び足を止めた。


 当然、気を悪くした背後の兵士が、声を張り上げる。


「おい! 馬鹿にしてるのか!? 歩けって言ってんだよ!」


 怒鳴り上げている兵士のバディだろうか、牙をむいて唸る犬が三匹、俺を取り囲んだ。


 ゆらゆらと動く松明の灯りが、犬たちの鋭い眼光を、より鮮明に浮かび上がらせる。


 手を後ろで固定されている状態で襲われてしまえば、無事では済まないだろう。


 少し考えれば理解できる簡単な理屈を、俺は鼻で笑い飛ばし、同時に正面に立っている兵士を見つめる。


 目が合ったその兵士は、怪訝そうに俺を睨むと、腰に携えていた剣を抜き取った。


「何か文句でもあるみたいだな……」


「文句はないなぁ。興味もない。言ってしまえば、君らのことなんて、眼中にない」


「てめぇ!」


 俺の言葉を聞いた背後の兵士が、ザリッと音を立てて剣を抜き取る。


 瞬く間に充満した緊張感を、俺は楽しみながら、再び目の前に立っている兵士を挑発した。


「どうした? 何か文句でもあるのか? でも仕方がないだろ? やってることが小さすぎて、見えないんだからよ」


 言いながらゆっくりと左に一歩移動した俺は、左に立っている兵士に気を付けながら、背後を盗み見る。


 途端、俺が元々立っていた空間を二本の剣が貫いた。


 兵士たちが踏み込む足音だけが響き、そのあとを追うように、沈黙が訪れる。


「なっ!?」


 何が起きているのか、端的に言うならば、幻覚だ。


 おそらく二人の兵士たちは、間違いなく俺の腹や肩を剣先で突いたつもりだったのだろう。


 だが、既に俺はそこには居ない。


 必然的に混乱に陥った兵士達は、全員で武器を構えだすと、周囲の警戒を始めた。


 そんな兵士たちの中心で笑いを堪えていた俺は、気を取り直すと、一人の兵士の背後に貼りつく。


 その兵士は肩に雀のような鳥型のバディを乗せており、しきりに周囲を見渡している。


 悪いな。と心の中で呟いた俺は、右足を後ろに大きく振りかぶると、勢い良く、兵士の股を蹴り上げた。


「ぐぁはぁ!?」


「なんだ!?」


 突然の奇声に反応した兵士達は、股を抑えながら床を転がる兵士の姿を見て、顔を青ざめた。


 しかし、それで俺が手を抜くというわけではない。


「覚悟と準備はできたか!? 次はお前らだぁ!」


 呆けている兵士たちに向かって飛び掛かった俺は、足だけで攻撃をいなしながら、一人、また一人と気絶させてゆく。


 一応断っておくが、全員股を蹴り上げた訳じゃない。


 そんな鬼畜ではないのだ。まぁ、仏でもないけど。


「ふぅ……そろそろ出てきていいぞ、ラック」


 いつからか髪の中に姿を隠していたラックに告げた俺は、相変わらず手を後ろに拘束されたまま、アルマに目を向けた。


「ん? あんまりジロジロ見るなって? 良いだろ? 役得だ。それに、傷の具合は診ないといけないし……さてと、まずはこの手をどうにかしないとな」


 そこらに転がっている剣を足で蹴り上げた俺は、落下を始めた剣に、もう一度蹴りを入れた。


 蹴りと同時に甲高い音を立てて弾かれた剣は、複雑に回転しながら壁に深々と突き刺さる。


 剣身の部分が三分の一ほど刺さった状態だ。


「よし」


 思った通りの結果を一発で得られたことに満足した俺は、剣に背を向けてお辞儀をすると、その体勢のまま、手首のあたりを剣の刃に当てる。


「ん~? こんな……感じかな? お! 解けてきた! よしよ~し!」


 やっぱり俺はラッキーだなぁ。と思いながら、縄を解いた俺は、少し痛む手首をさすり、転がっている兵士たちに目を向ける。


「次は……彼らから鍵を入手ってところかな?」


 正直、男の懐を弄るのはあまり趣味ではない。できれば女性がいい。


「まぁ、今は贅沢言ってる場合じゃないよなぁ……あった。これだな? ん? どうしたラック? だんだん手馴れて来てるわねって? やめろよ、そんな風に見るなよ!」


 頭上を忙しなく羽ばたくラックに対して、俺は苦言を呈す。


 バディだとはいえ、誤解されるのは心地よくないだろう?


「よし、それじゃあ、アルマを助けて、逃げるとしますか……」


「随分と手馴れているではないか」


 手にしていた鍵を牢の鍵穴に入れようとした瞬間。階段に続く通路の方から聞き覚えのある声が響いてきた。


 はぁ……とため息を吐いた俺は、手にしていた鍵をズボンのポケットにねじ込むと、通路の方へと向き直る。


「ちょっとは空気を読んでくれよなぁ……今から、彼女とお話するところだったんだぞ?」


「貴殿にはその資格はない。何故だか分かるか?」


「分からないねぇ……なんでなんだ?」


 通路の暗がりの中をゆっくりと歩いてくる足音。


 その足音が近づくたびに、うっすらとしたシルエットが徐々に鮮明に浮かび上がってきた。


 先ほどとは打って変わって、兜を取ってしまっている様子のジャックが、左手で自身の頬を撫でながら姿を現す。


 短く整えられた赤髪を持った端正な顔立ちの男。


 そんな男は小さく失笑をこぼしながら、告げたのだった。


「貴殿のようなみすぼらしい男が、女性と会話する資格など、ある訳もなかろう?」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る