第67話 些細な仕草

 俺はトルテと言う男を、左程詳しくは知らない。


 正直、知りたくも無いというのが、最も俺の心情を現している言葉だろう。


 好きか嫌いかと問われれば、躊躇なく嫌いと言えるような奴。


 そんな奴だからこそ、俺は一つだけ、トルテのことを知っていた。


 多くの人が経験したことがあるのではないだろうか。


 些細な仕草のはずなのに、嫌いな人間がその仕草をしているところを見ると、やたらと苛立ちを覚える感覚。


 俺が思い出したのも、まさにそんな仕草だった。


 奴隷として生活した5年間、初めはそれほど気づいていなかったその仕草に、初めて気が付いたのはいつのことだったか。


 トルテは魔法を使う時、決まって剣を鞘に戻すのだ。


 その戻し方が妙に仰々しく見えて、無性に腹立たしさを覚えていた俺は、余程の短気なのかもしれない。


 状況によっては、剣を鞘に戻さない可能性も充分に考えられる。


 もちろん俺も、抱いた違和感がこれだけなら、簡単に見落としていただろう。


「お前のバディ、前に見た時よりも無口になったな」


 怪訝そうな目でこちらを見つめて来るトルテに対して、俺は言い放つ。


 突然話題を振られたトルテのバディは、少し顔を強張らせながらも、黙り込んでいる。


「なんだ? 俺がニセモノだと思ってるのか? ったく、どんだけ頭が悪いんだよ」


 呆れたように告げるトルテを俺は無視し、再び屋根の上に立っているカーズに目を向けると、口を開く。


「次にあいつに変装させるときは、バディを隠しておくべきだな。例えば、髪の中に」


「……覚えておこう」


 しばらくの沈黙の後、カーズはそう呟くと、俺と対峙しているトルテに頷いて見せた。


 そんなカーズの合図を見たトルテは、構えていた剣を鞘に納めると、俺を凝視し始める。


 途端、トルテだった男の姿が溶け始め、徐々にその姿を変化させてゆく。


 そして現れたのは、フードを深々と被った男、ゲイリーだった。


「どうりで攻撃に殺気が籠ってたわけだ……」


 未だに睨みつけて来るゲイリーの視線を避けるように、空を見上げた俺は、頭を掻きながらそう呟いた。


 そうこうしていると、屋根の上に立っていたカーズ達が、俺達の傍に歩み寄ってくる。


「で? 俺は合格か?」


「……さっさと行け」


 冷めた口調のカーズに、ため息で返事をした俺は、すぐ傍を飛んでいたシエルと顔を見合わせる。


「早く戻りましょ。皆が心配だわ」


「そうだな」


 シエルに短く返事をした俺は、チラッとゲイリーに目を向けると、南門に向けて歩き出す。


 背後から足音が聞こえるのを鑑みると、ゲイリーはちゃんと着いて来ているようだ。


 それだけ確認した俺は、全速力で大通りを走り出したのだった。




~~~~~~~~~~~~~~~~~~




「はぁ……」


 青を基調とした正装に身を包み、頭の後ろで持ち前の金髪を綺麗に束ねているその女性は、自身の部屋に入ると同時に、ため息を吐いたのだった。


 そんな彼女の様子を見て、部屋の中にいたフクロウ型のバディが頭を傾げる。


「アンナよ、そんなに落ち込んで、どうかしたのであるか?」


「クレモ~ン……」


 着ていた服を脱ぎ捨て、束ねていた髪を一気に解放した彼女は、肌着のまま、机の上にいるクレモンのふさふさとした羽毛に顔を埋め出す。


「何かあったのは分かるであるが、まず、その恰好をどうにかした方が良いのであるよ」


「そんなこと言わないで、私を慰めてよぉ」


 余りにずぼらなその恰好を諫めるクレモンに対し、頬を膨らませて抗議したアンナは、渋々服を片付け始めた。


 そうして、椅子に掛けてあった部屋着に着替えると、その椅子に腰を下ろす。


「して、国王陛下からの勅命とは、どのようなものだったであるか?」


「それがさぁ……ゼネヒットって知ってるでしょ? 今あの辺で、色々といざこざが起きてるらしくて~、収めて来いってさぁ~。もう、完全に雑用だよねぇ」


「なるほど……それで、出発はいつであるか?」


「一週間後~。はぁ……やだなぁ……行きたくないなぁ」


 椅子に座ったまま天井を見上げたアンナは、何度か溜息を吐くと、突然思い立ったように立ち上がった。


「だあぁぁぁぁ! なんか腹立ってきたぁ! ちょっと素振りしてくる!」


「それなら、私も付き合いますぞ」


 衣装ダンスを勢いよく開け、鎧一式を身に着け始めたアンナに対して、クレモンが告げる。


 そうして、準備を整えたアンナは、クレモンと共に部屋を出ると、廊下を速足で進み、訓練場へと向かい出した。


 訓練場では既に、多くの騎士や兵士達が汗水を流している。


 なるべく邪魔にならないように、訓練場の端っこに荷物を広げたアンナは、大振りの剣を両手で構えると、目を閉じる。


 アンナが目を閉じたのを見計らったクレモンは、音を立てないように飛び立つと、彼女の右肩に乗った。


「集中……剣に風がまとわり付くのを想像っと……」


 小さく呟いた彼女は、数秒間意識を集中させたかと思うと、おもむろに目を開け、剣を振り上げる。


 途端、彼女の件の動きに引き寄せられるように、上昇気流が発生した。


 そんなことはお構いなしに、アンナが剣を立て続けに振るうと、その動きに合わせて風が吹き荒れる。


「よしっ! それじゃあ次は、炎だねっ!」


 アンナが剣を振りながらそう告げると、その宣言の通り、灼熱の炎が剣を包みこむ。


 その後も、燃え盛る剣や凍てつく剣を振り回し続けた彼女は、ひとしきり汗をかいた後、部屋へと戻って行ったのであった。


 彼女の名前はアンナ・デュ・コレット。


 エレハイム王国に仕える新米の魔法騎士である。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る