第55話 忘れるわけが無い
目の上に手をかざして、真上に上り詰めた日光を見上げていた俺は、ふぅ、と息を吐くと、眼下に視線を降ろした。
森を見下ろせるくらい高い場所に浮かんでいる俺の真下には、以前サラマンダーと対峙た川が見える。
その川周辺で、調達班の皆が色々と作業を行っているところだ。
川の水を壺に汲んだり、いたるところに散らばっているサラマンダーの鱗を拾い集めたり、茂みになっている小さな果実を採集したり。
それぞれが役割分担をして、仕事に取り掛かっている。
俺はと言うと、周辺への警戒と魔法の練習を兼ねて、一人で飛行訓練を行っているのだった。
ちなみに、シエルはアルマの傍で一緒にサラマンダーの鱗集めを手伝っている。
「なんか、俺だけサボってるみたいだよな……」
周囲の様子を一通り眺めた俺は、特に異変は無いことを確認すると、上に伸ばしている右手の先から螺旋を描いて降下するラインを思い描く。
発動した魔法に乗って、徐々に降下していく自分の様子を改めて見返した俺は、一人、微笑んでしまっていた。
こうして難なく魔法を使えるようになったのが嬉しいのだ。
「これも練習の賜物だな……けど、まだまだ応用できる余地はあるよなぁ……次はどんな魔法を練習しようか。後で師匠に相談しよう」
そんなことを呟いた俺は、近づいて来る地面を見て、取り繕うように笑みを消した。
微笑んでいるところをシエルに見られたら、何を言われるか分かったものでは無い。
ニヤケてるだの、気持ち悪いだの、好き放題に言われるに決まっている。
「まぁ、逆の立場なら、俺も言うけどなぁ」
無意識に呟きながらニヤケそうになってしまった俺は、左手で咄嗟に口元を覆いながら、シエルのいる方に目を向けた。
幸い、鱗集めに夢中のようで、俺の様子に気が付いていない。
ゆっくりと地面に降り立った俺は、足元に転がっている川原の石を踏みつけながら、モイラの元に向かう。
水が入って重たくなった壺を、一人で抱え上げようとしている彼女は、俺と目が合うと、小さく肩をすくめて見せた。
その仕草に揺られて、彼女の金髪が優しく動きを見せた。
一瞬、その金髪に見惚れそうになった俺だったが、髪の中から姿を現した彼女のバディ―――トムと目が合って、変な気まずさを覚えてしまう。
小さな妖精に恥ずかしい場面を見られる気分を、今まさに味わったと言っても良いのかな?
「俺が持ちますよ」
気まずさを紛らわすために、俺はそう言うと、置いてあった壺を両手で抱きかかえる。
体格が子供の俺が持つには、壺は幾分大きすぎる。しかし、俺にとって壺が重たいと言うわけでは無かった。
「悪いね、ウィーニッシュ」
「これくらい、大丈夫ですよ。力だけは無駄にあるので」
愛想笑いを浮かべながら応えた俺は、心の中で独白する。
『本当は俺が魔法で全部運べるようになればいいんだけど、まだそこまで繊細な事は出来ないからなぁ』
欲を言えば、俺以外の皆もそれくらい出来るようになるのが、理想的なのだろうが、まだまだ実現には程遠いようだ。
「そろそろ帰れそうですか? あまり長い時間、壁の外にいるのは危ないので」
「そうだね、水はこれくらいあれば、しばらく大丈夫だと思う。鱗も集まってるだろうし、そろそろ戻ろうか」
皆の様子を見わたしたモイラは、さばけた口調でそう言うと、洞穴への帰り道の方へと歩き出した。
そんな彼女に着いて歩く俺は、モイラの視線の先に母さんがいることに気づく。
「ひゃぁ!?」
大きな籠を片手に、木の実を集めている母さんは、突然悲鳴を上げたかと思うと、尻餅をついてしまった。
そのはずみで、手にしていた籠が地面を転がり、中に入っていた木のみが散乱する。
「何やってんだよ、母さん……」
「……いつもの事だよ」
俺の呟きが聞こえたのか、モイラは小さな声で俺に呟き返してくる。
「ははは……なんか、母がいつもお世話になっております」
「まぁ、アタシらも、アンタに世話になってるからね」
苦笑いをしながら告げた俺を、チラッと見たモイラは、自嘲気味にそう言った。
思ってもみなかった彼女の言葉に、俺が呆気に取られていると、モイラはズンズンと母さんの元に歩み寄って行く。
「セレナさん、大丈夫ですか? ほら、立ってください」
「あ、モイラさん! ごめんなさ~い! 実を取ろうとしたら、手元に虫さんがいて、びっくりしちゃったぁ」
「そうなんですね、ほら、散らばってる実を拾いますよ」
「は~い……あ! ウィーニッシュ! もう見張りは終わりなの?」
モイラに促されるままに、地面に転がっている実を拾おうとした母さんは、すぐに俺に気が付くと、はにかんだ。
はにかむ母さんの背後では、モイラとトム、そしてテツが実を拾い集めている。
その姿を見ながら、俺は母さんに応えた。
「うん、そろそろ戻るらしいから、これを運んでたところ。それより母さん、モイラさんだけに拾わせる気?」
「あらやだ! そうだった!」
慌てた様子で実を拾い出した母さんの近くに壺を置いた俺は、踵を返して川の方を向く。
他の皆もモイラの動きをみて察したのか、少しずつ俺達の方に歩いて来ているところだった。
鱗も水も、それなりに回収できたのだろう。
重たい壺や籠を抱えながらも、皆の表情はどこか満足げだ。
特に、大きな籠を両翼で抱えたアルマは、籠の中の大量の鱗に目を奪われている。
「アルマ、ちゃんと前を向いてないと、こけるわよ!? ほら! 危ないっ!! 足元に気を付けなきゃ!」
アルマの傍に浮かんでいるシエルは、アルマがつまずきそうになるたびに、声を上げた。
それでもキラキラと光るサラマンダーの鱗に夢中になってしまっているアルマは、もう少しの所で、前のめりにこけてしまった。
「ほぉらぁ! 何回も言ったじゃない! アルマ? 大丈夫?」
うつ伏せに倒れているアルマの背中をさすりながら、シエルが言う。
そんな二人を見ながら、俺は散らばった鱗を拾い集めて、籠に放り込んでいった。
俺やモイラが全ての鱗を集め終わった頃、涙目のアルマが、申し訳なさそうに歩み寄ってくる。
「アルマ、大丈夫か? そんなにこの鱗が気になるのか?」
「……アルマ」
俺の問いに小さく頷きながら応えたアルマ。そんな彼女の様子を見たモイラが、仕方ないとばかりに告げる。
「そんなに気になるなら、アルマにはこっちの籠を持ってもらおうか」
そう言ってモイラに手渡されたのは、木の実が大量に入った籠だった。
言われるがままに籠を抱えたアルマは、どこか残念そうに視線を落とすと、トボトボと洞穴の方へと歩き出す。
「モイラは厳しいな」
「そうね、それに、ちょっと楽しんでる気がするし」
「ウィーニッシュ、シエル、何か文句でもある?」
切なく歩いて行くアルマの後ろ姿を見ながら、ぼそぼそと言葉を交わした俺とシエルに、モイラが冷たく言い放つ。
「「いえ、ありません!」」
当然、俺達は文句を言うことなく、荷物を持って歩き出した。
自然と、他の皆も黙々と歩き出す。
と、もう少しで壁が見えるくらいの場所までたどり着いた時、先頭を歩いていたアルマが足を止めた。
怯えたように周囲を警戒し始める彼女の様子がおかしいと感じた俺達は、アルマを中心に寄り集まって、茂みに身を隠す。
荷物を置いた俺は全力で意識を集中させながら、壁がある方に目を凝らした。
「……誰かいる?」
俺の耳元で囁いたのは、シエルだ。
「分かんねぇ……けど、何かが動いたような……」
小声で呟いた俺が、少し先の方で動く影のような物を目にしたとき、思ってもみない場所から、声が掛けられた。
その声に、俺は聞き覚えがあった。
「あら? これは奇遇ですわね。やはり、私は運に恵まれていますわ」
咄嗟に振り返った俺の目が捉えたのは、木々の合間に立っている仮面をした婦人の姿。
忘れるわけが無い。
マーニャを凍らせた張本人なのだから。
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